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翼の身体は、鮫島の与えていた薬の影響で、男としての機能を失う結果となっていた。
生殖機能としては、ほぼ、役に立たず、睾丸は平均の男性より、かなり小さく、陰茎部も小さくなっていた。
身体は女性のように、だが、完璧ではない。
そして心は男として、どちらでもない身体は、しばらくの間、翼を苦しめていった。
洋服を選ぶにしても、女性の物を着ると、女性になろうと思って逃げていた自分にまた、なってしまうのではないだろうかという不安を抱いていた。
その不安は、この先、ずっとついてまわる。
男の服を着るが、胸や体のラインが気になる、そして、男性らしくない女性らしい顔つきでは、違和感がでていた。声も、本来の声は、いつの間にか、変わっていた。
今は、低く出せば男のように、高めに出せば、女の声に聞こえていた。
病室には誰もいない。
翼は退院のめどが見え、それに向けて準備のため、服を着てみたのだった。
鏡に写る自分の姿を見て、翼はとても複雑だった。
鮫島の所で行った時の様に、自分で命を絶つようなことを考えるほど追い詰められてはいないが、やはり前向きに考える気持ちを持っていくのには、時間が必要だった。
洋服を着ることは諦めよう…
部屋の外で待っている鈴宮に声を掛けるために、翼は、浴衣を手に取る。
じっと見つめて、着替える。
やはりこの先、着物の方がいいのかもしれない。
浴衣では、身体の線が目立つが、上に羽織っていくと、誤魔化せる。
男性用でも、着ることは違和感がないのかもしれない。
女性になることにこだわりを持っていた頃、避けるようにしていた男性用の着物を着てみようと翼は、心の中で選んでいく。
そして、着物を着て、病院を出るその日、また鏡の前で、翼は悩んでいた。
傍には、鈴宮が静かに様子を見ている。
小さくため息をつく翼。
「鈴宮さん、もうマスコミって病院の外には張っていませんか?」
鈴宮はその問いに、
「表向きは、もう鮫島の悪事のみを取り上げるようにと、規制をかけています。
…ただ、やはり人間、自分より特異な体験をした者に関心があるようで…
いつの時代も、狙ってくるものいるでしょう…
大体の者は金をチラつかせればいいのですが…」
口を濁す鈴宮の様子を翼は見る。
「―お金を渡すのも、繰り返すことになるんでは…
あと、お金では片付けれない人もいるということでしょうか?」
その最後の問いを、翼が口にした後、鈴宮の表情が深刻さを現す。
「―…それは…」
口を濁したまま、鈴宮はそれ以上、話をしてくれなかった。
鈴宮は、全てを言えなかった。
いつもの自分なら、平気で相手が傷つこうが事実のみを伝えるのに・・・
翼に知らせていない事実。
それは、花街の色子として、そして白菊の人気だった雪柳に関わる事実。
男としてより女のような身体だった。
噂という物はどんなにとめても流れていくものであった。
女だけに興味がある者も、男に興味がある者も、そのどちらにも興味を持つ者から関心を持たれていた。
SNSでは、当然のように、削除を要請しても、雪柳に関する記事は消えることがなかった。
むしろ、その削除要請がより関心を広げる原因になっていった。
雪柳の姿を一度でも見たいという人間が世間には多くいる。
その状態で、このままの翼を表にだしていいのか、鈴宮は悩んでいた。
「…今は、もう雪柳ではないから、着物を着ても化粧をしなくていいよね…」
じっと自分の着物姿を見ていた翼が、ポツリと独り言をこぼした。
―・・・そうだ。
隠しても隠しても、暴かれるときには暴かれる。
なら、世間には事実を知ってもらうのもまた、翼のためなのでは・・・
鈴宮は、考えを改めて翼に言葉をかける。
「化粧はいりませんが、髪をどうされますか?」
そう言って、鈴宮は翼に近付き、一つに後ろで纏めている長い黒髪の束を手に取る。
そして、静かに唇を落とした。
―…鈴宮さん…
翼は、その行動を鏡越しで見ていた。
まるで、愛しい物を労わるような…
伏し目がちのその姿は、拓人によく似ている。
この人は、俺の中で眠る先輩への想いを呼び起こしてくる。
まだ、一条寺先輩からの想いは受け取れない。
あの頃、翼が勇気をだして伝えたあの頃・・・・
淡い恋を抱いていた何も知らない自分なら、どれだけよかっただろう・・・
長い黒髪は、翼が女性になるために、それだけを目標にしていた象徴だ。
「あの・・・」
翼が、躊躇いながら鈴宮に声をかける。
鏡越しで合う視線。
―・・・目元も、先輩に似てる・・
ふっと視線を逸らし、翼が切なく笑う。
「髪を切ってほしいのです」
翼の言葉に、一瞬、髪を持ってた手が止まる。
「・・・本当に、いいのですか?」
鈴宮が確かめる。
翼は、小さく頷き、そして
「女性には、もうなる理由はなくなりましたから…」
自分で放った言葉に、翼自身がドキッとした。
女性として生きなくても、自分には幸せになれるのだろうか・・・
伏し目がちに、沈んでいく翼を静かに鈴宮が見守る。
その様子は、心がまだ決まっていない迷子の子どものように見えた。
生殖機能としては、ほぼ、役に立たず、睾丸は平均の男性より、かなり小さく、陰茎部も小さくなっていた。
身体は女性のように、だが、完璧ではない。
そして心は男として、どちらでもない身体は、しばらくの間、翼を苦しめていった。
洋服を選ぶにしても、女性の物を着ると、女性になろうと思って逃げていた自分にまた、なってしまうのではないだろうかという不安を抱いていた。
その不安は、この先、ずっとついてまわる。
男の服を着るが、胸や体のラインが気になる、そして、男性らしくない女性らしい顔つきでは、違和感がでていた。声も、本来の声は、いつの間にか、変わっていた。
今は、低く出せば男のように、高めに出せば、女の声に聞こえていた。
病室には誰もいない。
翼は退院のめどが見え、それに向けて準備のため、服を着てみたのだった。
鏡に写る自分の姿を見て、翼はとても複雑だった。
鮫島の所で行った時の様に、自分で命を絶つようなことを考えるほど追い詰められてはいないが、やはり前向きに考える気持ちを持っていくのには、時間が必要だった。
洋服を着ることは諦めよう…
部屋の外で待っている鈴宮に声を掛けるために、翼は、浴衣を手に取る。
じっと見つめて、着替える。
やはりこの先、着物の方がいいのかもしれない。
浴衣では、身体の線が目立つが、上に羽織っていくと、誤魔化せる。
男性用でも、着ることは違和感がないのかもしれない。
女性になることにこだわりを持っていた頃、避けるようにしていた男性用の着物を着てみようと翼は、心の中で選んでいく。
そして、着物を着て、病院を出るその日、また鏡の前で、翼は悩んでいた。
傍には、鈴宮が静かに様子を見ている。
小さくため息をつく翼。
「鈴宮さん、もうマスコミって病院の外には張っていませんか?」
鈴宮はその問いに、
「表向きは、もう鮫島の悪事のみを取り上げるようにと、規制をかけています。
…ただ、やはり人間、自分より特異な体験をした者に関心があるようで…
いつの時代も、狙ってくるものいるでしょう…
大体の者は金をチラつかせればいいのですが…」
口を濁す鈴宮の様子を翼は見る。
「―お金を渡すのも、繰り返すことになるんでは…
あと、お金では片付けれない人もいるということでしょうか?」
その最後の問いを、翼が口にした後、鈴宮の表情が深刻さを現す。
「―…それは…」
口を濁したまま、鈴宮はそれ以上、話をしてくれなかった。
鈴宮は、全てを言えなかった。
いつもの自分なら、平気で相手が傷つこうが事実のみを伝えるのに・・・
翼に知らせていない事実。
それは、花街の色子として、そして白菊の人気だった雪柳に関わる事実。
男としてより女のような身体だった。
噂という物はどんなにとめても流れていくものであった。
女だけに興味がある者も、男に興味がある者も、そのどちらにも興味を持つ者から関心を持たれていた。
SNSでは、当然のように、削除を要請しても、雪柳に関する記事は消えることがなかった。
むしろ、その削除要請がより関心を広げる原因になっていった。
雪柳の姿を一度でも見たいという人間が世間には多くいる。
その状態で、このままの翼を表にだしていいのか、鈴宮は悩んでいた。
「…今は、もう雪柳ではないから、着物を着ても化粧をしなくていいよね…」
じっと自分の着物姿を見ていた翼が、ポツリと独り言をこぼした。
―・・・そうだ。
隠しても隠しても、暴かれるときには暴かれる。
なら、世間には事実を知ってもらうのもまた、翼のためなのでは・・・
鈴宮は、考えを改めて翼に言葉をかける。
「化粧はいりませんが、髪をどうされますか?」
そう言って、鈴宮は翼に近付き、一つに後ろで纏めている長い黒髪の束を手に取る。
そして、静かに唇を落とした。
―…鈴宮さん…
翼は、その行動を鏡越しで見ていた。
まるで、愛しい物を労わるような…
伏し目がちのその姿は、拓人によく似ている。
この人は、俺の中で眠る先輩への想いを呼び起こしてくる。
まだ、一条寺先輩からの想いは受け取れない。
あの頃、翼が勇気をだして伝えたあの頃・・・・
淡い恋を抱いていた何も知らない自分なら、どれだけよかっただろう・・・
長い黒髪は、翼が女性になるために、それだけを目標にしていた象徴だ。
「あの・・・」
翼が、躊躇いながら鈴宮に声をかける。
鏡越しで合う視線。
―・・・目元も、先輩に似てる・・
ふっと視線を逸らし、翼が切なく笑う。
「髪を切ってほしいのです」
翼の言葉に、一瞬、髪を持ってた手が止まる。
「・・・本当に、いいのですか?」
鈴宮が確かめる。
翼は、小さく頷き、そして
「女性には、もうなる理由はなくなりましたから…」
自分で放った言葉に、翼自身がドキッとした。
女性として生きなくても、自分には幸せになれるのだろうか・・・
伏し目がちに、沈んでいく翼を静かに鈴宮が見守る。
その様子は、心がまだ決まっていない迷子の子どものように見えた。
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