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翼は、あれから、数日発熱が続いていた。
長きにわたる薬の影響で、身体の内臓にも負担が見られていた。
翼自身への説明は、まだ様子をみてからという医師からの判断だった。
その間、翼の傍には、鈴宮が傍に付き添っていた。
拓人は、夜遅くに翼の顔を見に寄り、傍で休む。
その日々が続いていた。
拓人が、時間が出来れば祖父の元で、翼のことについて相談していた。
「ほぉ・・・
雪柳も、少しは元気になっておればいいのじゃが・・
では、まだあの話は・・」
拓人の表情に影が見える。
「そうか・・・」
拓人が祖父に頼んだこと。
それは、養子縁組の話だ。
翼には、本来、母方の親がまだ存命である。
ただ、父親との結婚を機に縁を切っている。
それに、鮫島の影響で資産家だったはずが、破産寸前である。
現在、会社は親の代ではなく、母親の兄の代になっている。
その兄が、ここにきて不穏な動きをし始めていた。
もし、翼があちらに渡ってしまった場合、どんな扱いを受けるか想像ができる。
そのため、祖父は一族の誰かの養子なることを進言しようとしているのだ。
祖父の心配もわかるので、なるべく早めに話をしようと思っている拓人だが、翼の心をどこまで開ける自信がなかった。
その日、夕食の時間に病院に寄ると、翼は起きていた。
ただ、食事中であったのだが、拓人がその様子をみて驚いた。
「いりません」
「いえ、あともう一口」
鈴宮を睨みながらも、口を開けて食べ物を待っている翼。
じっと鈴宮を見て、拓人は、驚いた。
― 楽しんでいる・・・
従兄として頼れる男の鈴宮だが、一族の一人が愛人に産ませた私生児だ。
引き取り、兄のように傍にいてくれる鈴宮を拓人は信頼していた。
もちろん、鈴宮がいなければ、翼を助けることができなかった。
いつも無表情でどんなにも動じない男が、表情を緩めている。
・・・・嫉妬・・・
翼のどんな表情も自分の物にしたい。
ただ、自分ではできないことを鈴宮に支えてもらっているのも事実だ。
このもやもやとした霧のような気持ちが何という物なのか、拓人には、わからなかった。
扉を鳴らし部屋に入ると翼が嬉しそうに笑っている。
その笑顔だけで、鈴宮への感情が昇華されていく。
「きちんと食べてる?
困らせてない?」
拓人は様子をみていたのを誤魔化すように尋ねる自分に、腹黒さを感じる。
「熱が下がってきているですが、あまり食べようとしないんです。
困ったものです」
鈴宮が横から口を挟む。
その言葉に、翼の表情が変わる様子をみて、昇華した感情が沸き起こるのを感じる。
拓人は、その感情を悟られないように話を合わせる。
「しっかりと栄養を取らないとまた熱がでるぞ」
仕方がない。
薬の副作用が出ているのだろう。
薬を飲まずに過ごして何日か経ち、その影響が出始めているのだろう。
「鈴宮、あとから食事を取るので、片づけをして2人にしてくれ。
翼の状態を説明する」
拓人の言葉に、鈴宮がチラリと拓人の方を見る。
―・・・お前に任せれるか・・・って言ってるのか。
目の前の翼は、鈴宮の用意した浴衣を着ている。
肩には、同じく用意された羽織り物。
そのことが、拓人の感情を複雑に動かしていった。
病室に拓人と翼が残り、ベッドの横に座る。
「あの・・・
拓人様。
何かお話があるのでは?」
久しぶりに聞く翼の声は、拓人の胸のざわめきを確かな物にしていった。
口調も、どちらかというと、まだ色子の時の話し方だ。
それが、拓人と翼の距離のように思えた。
「翼、もう君は、色子ではない。
それに、俺も客ではない。
名前を呼んでほしい。
拓人でもなんでも」
その言葉に、翼がゆっくりと拓人を見る。
「では、拓人さんって呼んでもいいですか?」
少し、勇気が必要だったのか、口にした瞬間、声がだんだんと小さくなっていく。
そして、顔を真っ赤にして照れている。
「いいね、もっと呼んで?」
拓人の言葉に、翼は、困惑する。
「?えっ・・・拓人さん・・・」
嬉しそうに、拓人は笑う。
その様子を見て、緊張もほぐれ、翼も微笑みが出てきた。
翼の手を握り、
「翼は、自分の今の状態を誰かに教えてもらった?」
俯いていた拓人が、顔を上げながら本題を切り出す。
「熱が出ていたので、教えてもらっていません。
・・・教えてもらえるのですか?」
翼の言葉に戸惑いを見せる拓人。
―・・このことを知らせたら、君はどんな決断をするのだろう・・・
黙り込む拓人を見て、翼も、深刻な内容なのだと悟る。
「・・・鮫島が渡していた薬はやはりホルモン剤だった。
医療が発達していても、一度、体内に取り入れた女性ホルモンを外に出すということはまだできない。
この前、聞いたけど、翼は、本当に女性になりたいの?」
― やはりという感想が浮かんでくる。
聞いていた話は、鮫島が一生と言った意味が分かった。
翼は、首を横に振る。
「・・・女性・・には、なりたくは、ないです。
でも、今までは、女として生きたほうが自分には、生きやすいのだと誤解をしていました。
・・・でも、身体は、元に戻らない・・・
せめて、自分の納得できるように覚悟をできていたら、薬を飲ませた鮫島を許せるのかもしれません。
・・・もう、どうすればいいのか・・・わからない・・・」
ため息をつき、思い悩む姿の翼を拓人は、じっと見守る。
「あなたに、提案があります」
長きにわたる薬の影響で、身体の内臓にも負担が見られていた。
翼自身への説明は、まだ様子をみてからという医師からの判断だった。
その間、翼の傍には、鈴宮が傍に付き添っていた。
拓人は、夜遅くに翼の顔を見に寄り、傍で休む。
その日々が続いていた。
拓人が、時間が出来れば祖父の元で、翼のことについて相談していた。
「ほぉ・・・
雪柳も、少しは元気になっておればいいのじゃが・・
では、まだあの話は・・」
拓人の表情に影が見える。
「そうか・・・」
拓人が祖父に頼んだこと。
それは、養子縁組の話だ。
翼には、本来、母方の親がまだ存命である。
ただ、父親との結婚を機に縁を切っている。
それに、鮫島の影響で資産家だったはずが、破産寸前である。
現在、会社は親の代ではなく、母親の兄の代になっている。
その兄が、ここにきて不穏な動きをし始めていた。
もし、翼があちらに渡ってしまった場合、どんな扱いを受けるか想像ができる。
そのため、祖父は一族の誰かの養子なることを進言しようとしているのだ。
祖父の心配もわかるので、なるべく早めに話をしようと思っている拓人だが、翼の心をどこまで開ける自信がなかった。
その日、夕食の時間に病院に寄ると、翼は起きていた。
ただ、食事中であったのだが、拓人がその様子をみて驚いた。
「いりません」
「いえ、あともう一口」
鈴宮を睨みながらも、口を開けて食べ物を待っている翼。
じっと鈴宮を見て、拓人は、驚いた。
― 楽しんでいる・・・
従兄として頼れる男の鈴宮だが、一族の一人が愛人に産ませた私生児だ。
引き取り、兄のように傍にいてくれる鈴宮を拓人は信頼していた。
もちろん、鈴宮がいなければ、翼を助けることができなかった。
いつも無表情でどんなにも動じない男が、表情を緩めている。
・・・・嫉妬・・・
翼のどんな表情も自分の物にしたい。
ただ、自分ではできないことを鈴宮に支えてもらっているのも事実だ。
このもやもやとした霧のような気持ちが何という物なのか、拓人には、わからなかった。
扉を鳴らし部屋に入ると翼が嬉しそうに笑っている。
その笑顔だけで、鈴宮への感情が昇華されていく。
「きちんと食べてる?
困らせてない?」
拓人は様子をみていたのを誤魔化すように尋ねる自分に、腹黒さを感じる。
「熱が下がってきているですが、あまり食べようとしないんです。
困ったものです」
鈴宮が横から口を挟む。
その言葉に、翼の表情が変わる様子をみて、昇華した感情が沸き起こるのを感じる。
拓人は、その感情を悟られないように話を合わせる。
「しっかりと栄養を取らないとまた熱がでるぞ」
仕方がない。
薬の副作用が出ているのだろう。
薬を飲まずに過ごして何日か経ち、その影響が出始めているのだろう。
「鈴宮、あとから食事を取るので、片づけをして2人にしてくれ。
翼の状態を説明する」
拓人の言葉に、鈴宮がチラリと拓人の方を見る。
―・・・お前に任せれるか・・・って言ってるのか。
目の前の翼は、鈴宮の用意した浴衣を着ている。
肩には、同じく用意された羽織り物。
そのことが、拓人の感情を複雑に動かしていった。
病室に拓人と翼が残り、ベッドの横に座る。
「あの・・・
拓人様。
何かお話があるのでは?」
久しぶりに聞く翼の声は、拓人の胸のざわめきを確かな物にしていった。
口調も、どちらかというと、まだ色子の時の話し方だ。
それが、拓人と翼の距離のように思えた。
「翼、もう君は、色子ではない。
それに、俺も客ではない。
名前を呼んでほしい。
拓人でもなんでも」
その言葉に、翼がゆっくりと拓人を見る。
「では、拓人さんって呼んでもいいですか?」
少し、勇気が必要だったのか、口にした瞬間、声がだんだんと小さくなっていく。
そして、顔を真っ赤にして照れている。
「いいね、もっと呼んで?」
拓人の言葉に、翼は、困惑する。
「?えっ・・・拓人さん・・・」
嬉しそうに、拓人は笑う。
その様子を見て、緊張もほぐれ、翼も微笑みが出てきた。
翼の手を握り、
「翼は、自分の今の状態を誰かに教えてもらった?」
俯いていた拓人が、顔を上げながら本題を切り出す。
「熱が出ていたので、教えてもらっていません。
・・・教えてもらえるのですか?」
翼の言葉に戸惑いを見せる拓人。
―・・このことを知らせたら、君はどんな決断をするのだろう・・・
黙り込む拓人を見て、翼も、深刻な内容なのだと悟る。
「・・・鮫島が渡していた薬はやはりホルモン剤だった。
医療が発達していても、一度、体内に取り入れた女性ホルモンを外に出すということはまだできない。
この前、聞いたけど、翼は、本当に女性になりたいの?」
― やはりという感想が浮かんでくる。
聞いていた話は、鮫島が一生と言った意味が分かった。
翼は、首を横に振る。
「・・・女性・・には、なりたくは、ないです。
でも、今までは、女として生きたほうが自分には、生きやすいのだと誤解をしていました。
・・・でも、身体は、元に戻らない・・・
せめて、自分の納得できるように覚悟をできていたら、薬を飲ませた鮫島を許せるのかもしれません。
・・・もう、どうすればいいのか・・・わからない・・・」
ため息をつき、思い悩む姿の翼を拓人は、じっと見守る。
「あなたに、提案があります」
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