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そう答えてはぐらかす。
しかし、拓人も譲れない。
「お願いです。
 教えてください」
―・・・いえるわけがない。
雪柳は、口を開いては閉じて言葉を選んでいる。
再び、拓人が口を開く。
「一条寺 拓人」
自分の名前を言う。

拓人に抱きしめられている身体が小さく震える。
「あなたを傷つけた人の名前は一条寺 拓人」
唇が震えて言葉を出せない。
頷いたらだめだ。でも、頷いたら・・・
「あなたに、話を聞かれていると知らなかったのです。
 それだけではありません。
 話をしていた友人が、あの鮫島の息子でした。
 彼は、普段から調子のいいことを言っていたので、話を合わせていたのです。

 休み時間に、あなたが教室に来てくれるのを待っていたのです。

 あの後ですよね。
 公園で・・・」
その言葉に、今、目の前にいる人が先輩だと実感する。
「あの後、自分の態度を見直し、あなたの言葉は耳から離れませんでした。
 今でも、その言葉にこだわっていると知った時、正直嬉しく思いました」

嬉しい?
雪柳は身体を離し、拓人の顔を見る。
「だって、今でも、自分のことを好きだからこだわっているのでしょう」
そう指摘され、一気に顔が赤くなる。
「やり直させてくださいという言葉は、適切ではないかもしれません」
そう言って、拓人は顔の赤い雪柳の頭を撫でる。
「翼、まだ私のことを好きでいてくれていますか?」
見上げて、拓人と視線が合う。
目が合うだけで、幸せな気持ちになる。
ぽかぽかと陽気な波が広がっていく。

「・・・はい」
視線を合わせたまま、無意識に返事をしていた。
―!!ハッと気づいて雪柳は、慌てる。
「あっ・・・
 でも、身体が・・・!!」
拓人が、
「翼、私はね、あなたを女だったらとか、女になればとか思っていませんよ」
―・・・えっ・・・
その言葉で、雪柳は自分の身体から何が空高く飛んでいくのを感じた。
「私はね、そのままのあなたが好きなんです」
素直に言葉を受け入れれたらどんなに簡単なんだろう・・・
しかし、そういうわけにはいかない。
ずっと耳の奥でこびりついた錆のように徐々に徐々に広がっていく言葉。
「だって・・・女じゃないって・・・そうだねって・・・」
その言葉を聞いて、拓人は複雑な顔をする。
「翼、よくきいて?
 翼は女の子じゃない。
 だから、そうだねって答えた。
 ・・・それに、あの時、彼には答えたんだ。
 男の子でも、かわいい子がいるよって」
―!!!
可愛い・・・いやいや、それよりも、自分は、勘違いをしていたのだ。
「じゃあ、女の子だったらとか思っていないの?
 男でよかったの?」
目を開いて、拓人に尋ねる。
雪柳としての言葉ではない、素の自分である翼の言葉で聞く。
その瞬間、色子 雪柳は消えていなくなり、雪柳 翼に戻る。
「そうだな・・・
 翼に謝らないといけない」
そう言って、拓人は翼の手を握る。
「翼が好きだと言ってくれた時、俺は逃げたんだ。
 男を好きなっている自分も、男に好かれている自分も。
 『傍にいさせてください』
 その言葉は、曖昧にとれたんだ。
 卑怯な自分が勝ったんだ。
 だから、《 いいよ 》なんて言葉で濁したんだ」
あの頃のことを思い出すと、翼は胸が苦しくなる。
息もできないほど、と、表現される感覚がこれなのだと、知った。
それぐらいに、自分は、彼のことが好きだ。

「翼、ごめんな。
 勇気を出して気持ちを伝えてくれた翼の気持ちを軽く見ていたんだ。
 いや、もちろん始めから軽く見ていたと認識していたんじゃない。
 振り返ってみて思ったんだ。
 ・・・・
 まさか、こんな風に、翼に想いを伝えれるとは思っていなかった。
 あの時、学校から翼がいなくなって、鮫島の息子から事情を聞かされてショックだった。
 一方的に別れを告げられた原因も知らずに翼への想いも、一度は捨てようとさえ思った。
 でも、どうしてこんなに翼の事を思うのだろうと、ふと考えたこともあったんだ。

 忘れることは、無理だった。
 様子を知るだけでもと思って、勝手に調べていたんだ。
 そしたら、鮫島が妨害してきたんだ」
鮫島・・・
この名前は、嫌だ。
!!!!
自分は、鮫島に何をされた?
自分の首筋、唇を指でなぞる。
身体が拒絶反応を起こしたかのように、がくがくと強張る。

ねっとりとした舌で、舐められた。
―!!!
そう思ったら、翼は、ベッドの上から飛び降り、病室にあるシャワーを浴びる。
温度の設定など、どうでもいい。
服が濡れるのも構わずに、頭からシャワーを浴び、首筋を指で思いっきり擦る。
あの臭い息と共に、ねっとりとした悪寒。
思い出したら、まだされた直後のように嫌悪感で一杯だ。
汚れた場所を洗い流したい!
「翼っ!」
―ハッと我に返る。
頭が沸騰したようだったのに、一気に温度を失っていく。
「・・・汚い・・・鮫島なんかに、触られた・・・」
力を失うように、浴室の床に座り込む翼。
シャワーの水が容赦なく、翼を濡らしていく。
指でこすった場所は、少し赤くはなっているが、爪を使っていなかったのだろう。
傷ついている様子は見られない。
もし、この場に、先回りをして物を用意をしていたら・・・
そう思うと、拓人は、背中がヒヤリとした。

「翼、汚くないよ」
拓人の言葉が翼を動かせる。
彼の方をみて、
「本当に?俺、汚れていない?」
絶望が混じった表情を生き返らせるように言葉を重ねていく。
「うん、汚くない」
徐々に、拓人が濡れるのも構わずに、翼を抱きしめる。
2人、ずぶ濡れの状態だ。

コンコン
病室の扉を叩く音が聞こえる。
「入れ」
拓人の言葉で、誰かが入ってくるようだった。
―!!
「あっ・・・」
拓人の後ろには、腕に包帯を巻いた鈴宮が立っていた。
?!?!
思わず、翼は身体を後ろの方に下がろうとする。
拓人は、混乱気味の翼に紹介する。
「翼、知っているだろう。
 一条寺 鈴宮だ。
 俺のいとこになる」
!!!
どこか似ていると思っていた彼だ。
一緒にいて、先輩を重ねる自分を認めさせてくれた人だ。
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