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鮫島が世間を騒がしている頃、鈴宮によって運ばれている雪柳は、病院にいた。
目覚めた時、見たことのある情景で雪柳もすぐに馴染んだ。
ただ、一つだけ・・・
一つだけ以前と違うことがあった。
自分の横に、拓人がいたのだ。
色子と客の時のような距離ではない。
手を伸ばせば、届く距離。

いくら目が悪い雪柳でも、このくらいの距離は見える。
「あの・・・・」
声をかけるが、反応はない。
寝息が聞こえる。
どれくらいの時間、自分の傍にいたのだろう。
拓人は疲れた様子だった。
ワイシャツは皺が付き、ネクタイを緩めて首元のボタンは外されている。
― 夢ではなかった・・・
自分の都合のいい夢だと言い聞かせた。
過去の反省で、慎重になった。
当然だ。
もう、あんな勘違いは、繰り返したくない。

雪柳は、じっと、大人の雰囲気を纏っている拓人を見た。
なんてカッコイイのだろう。
まつ毛も相変わらず長い。
耳も、少し髪に隠れているが、あの頃のままだ。

雪柳は、ゆっくりと起き上がる。
腕には・・・今回は、何も刺されてない。
手首には、患者を管理するICタグ。
拓人のいない方向に身体を向け、ベッドから立ちあがる。
― ぐらッ
目がまわる。
目を閉じ、落ち着くのを待つ。
こんな場所は、雪柳には耐えられなかった。
目の奥から、押し込めていた感情が溢れそうだった。
一刻も早く。
そう思って、部屋を出ていこうとする。
「どうして、置いて行くのです」
―・・・・!!!
扉の近くで雪柳が足を止める。
何も言えない。

拓人の声がする。
色子と客の距離では、似ている声だと思った。
それだけで、満足したのだ。
昔、絵本の中で見た、話のようだった。
もう、何もいらない。
誰もいらない。
今の自分には、何もいらない。

頼りない声を少しでも虚勢を張りたかった。
「何のことでしょうか?」
そう言って、雪柳は息を吸い込み、拓人の方を見る。
!!!!
ベッドの横にいたはずの彼は、自分のすぐ傍に立っていた。
皺のついたシャツから上に視線を上げていく。

― ・・・・あっ
目があった。
自分に向ける熱い眼差しの意味が何なのか、雪柳にはわからない。
目を逸らして、その絶えれない空気を脱したかった。
虚勢を張ろうとした勢いが、拓人の視線で奪われるようである。
胸の鼓動が耳に響くようにトクン・・トクンと打っている。

拓人は、ゆっくりと近づき、雪柳の頬に触ろうとする。
「いけません。
 触れては、いけません」
まだ、花街を出る一夜を共にしていないのだ。
花街に再び戻り、一夜を過ごさねば、色子は花街をでれない。

―・・・ぁぁ・・
違った。
この人も、今の雪柳には、がっかりするだろう。
まさか、願いをきいて準備を整えたのに、勝手に身体を変えているのだ。
不履行だろう。
「拓人様、申し訳ありません。
 折角ですが、雪柳は、拓人様とは、一緒に花街をでることはできません。
 本当に、申し訳ありませんでした」
そう言葉にし、雪柳は病院の冷たい床に膝をつけ、頭を床につける。
手をそろえて、少しでも気持ちを分かってもらおうと、身体をちいさくする。
「!!!!
 何を言っているのですか?!

 それに、あなたは、まだ身体が戻っていません。
 早く、ベッドに戻ってください」
触れるなと言っているのに、拓人は、腕を掴みベッドへ連れて行く。
少しでも抵抗しようと、足を踏ん張る。
その様子に気付いた、拓人は、雪柳の身体を抱き上げた。
― えっ!?
身体が浮いて、強制的にベッドに連れ戻されるのを抵抗する。
「・・・いけません!!お願いします」
首を振って意志を示す。
それでも、拓人は強く抱く。
徐々に、雪柳の表情が歪んできた。
泣き声で訴える。
「嫌だ・・・ 離してっ!・・・お願い!
 このままじゃ・・・・
 本当に・・・ほんとうに・・」
本格的に涙が流れ始め、拓人は抱きしめたまま、ベッドに腰掛ける。
「・・・本当に?それから後、なんていうんですか?」
その言葉を、拓人から直に聞かれる。
身体をビクッと反応させて、雪柳は、躊躇う・・・
「・・・・から」
小さく言葉を繋げる。
拓人は
「よく聞こえませんからハッキリ言ってください。
 それで、私も納得します」
涙を流し、拓人の目を見て、ウンと頷く。
「・・・本当に、会えなくなるのは、嫌だから・・・」
顔の表情が見えないように俯いて聞こえるように話す。
「分かりました」
そう言って、拓人は雪柳をベッドに寝かせる。
密着した拓人の熱が離れ、雪柳は寂しいと思った。
寝かされた状態で、指の届く場所にある、拓人のシャツを掴む。

布団を掛けようと動いていた拓人は、引っ張られる感覚の方に目を向ける。
―・・・
「・・・あっ」
自分が無意識に掴んていたシャツを、気付き、離す。
離した手を布団の中に入れようとした時、ゆっくりと視界に拓人の手が伸びてきた。
雪柳の手を拓人の大きく骨ばった手が包み込む。
―・・・あったかい・・
手を触れることも許されない花街の掟を破っているのにも関わらず、その手を振りほどけない雪柳だった。
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