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一条寺?!
そんな、一条寺・・・
雪柳は、身体の力を失って座り込む。

一条寺 拓人

それは、淡い恋心を散らしてもなお、自分の心に住み続ける先輩のなまえ・・
前田は言葉を続ける。
「雪柳。
 そなたは、そなたは、花街をでられるぞっ!!」

言われた言葉を嬉しく思った。
雪柳が心から笑う表情を見せた・・・

多分、都合のいい夢・・・
「やっと、願いが・・・―・・・ぅぐっ」

突然、激しい胸の痛みと共に、目が開けることのできない眩暈、そして吐き気が襲ってきた。
身体を激しく萎縮させたと思ったら、その時には、床に倒れていた。
「雪柳!!!」
部屋の外から鮫島の声がする。
「なんだこれはっ!」
鮫島の怒号が響く。
ただ、前田も拓人もそれどころではない。
前田は、急いで雪柳の傍に近付く。
拓人は、その様子を見守る。
前田の表情が、強張る。
―・・・
花街には、診療所がある。
あるが、この状態は、それでは済まされないように思う。
拓人がスマホを取り出し、どこかにかける。
「病院につれていく」
拓人の言葉に前田が反応する。
「おやめくださいっ!!
 まだ、雪柳は外に出れませんっ!!」
「では、この状態で、診療所が対応できるのか?
 体調がずっと悪かったのをそちらも気づいていたはずだ。
 なのに、何もしていなかったではないかっ!!」
― 前田は何も返せなかった。

拓人の言葉は正しい。
色子の管理をするのも、前田の仕事だ。

例え、それを色子が嫌がってもそれを行うべきだった。

「雪柳は、私が買うのだっ!!
 はっ。遅かったな・・・
 ひひ・・・・この雪柳は・・・ひひ」

拓人は、目の前の鮫島を見て言う。
「残念だったな。
 お前は、まだ完遂していない。
 私は、たった今、承諾を得たところだ」
そう言って、拓人は、倒れている雪柳の身体を抱き上げる。
―!!!!
前田が止める。
「いけませんっ」
拓人が冷たい目で返す。
「まだ、続けるつもりか・・・」
ぐっと、言葉に詰まった前田を見て拓人は足を進める。

白菊の街の前に車がつけられる。
一条寺家の紋が入った車。
「病院へ」
その一言で、その先の行動を準備される。

鮫島は、その様子を見てふと、気付いた。
色子が外に出る・・・
これはこれで、また・・・

秋から冬へとうつるこの時期、夜の寒さは気まぐれだ。
この日は、少し寒さが落ち着いているようで、紅葉のライトが照らされ、街の色どりを鮮やかに変えていってくれる。
ただ、一条寺家の車の中では、その景色も色がうつしだされることはない。
拓人の腕の中で、雪柳は、顔色も悪く、時々、震えている。
「雪柳・・・」
拓人の声に、雪柳の閉じた瞼が震える。
微かに目を開いたように見えた。
唇がかすかに動く。
言葉になることのない、唇の動き。
ただ、拓人にはわかった。
― せんぱい ―
眉間に皺を寄せて目尻には、涙が溜まっている。
その涙を、拓人は指で拭う。
確かにあの唇の動きは、自分のことを指している。
拓人は胸が締め付けられるような悔やみと、それと同時に、自分を想っている歓びに心を揺らいでいった。
― 何を見て涙を浮かべる・・・

一条寺家が運営する病院。
そこは、最先端の医療を受けることができる体制の整った場所だった。
「この子は、いったい何をどれだけ飲んでいたのだ」
雪柳の状態は、医療関係者を驚かせた。
いや、拓人も驚いた。
血液検査を受けてその出されたデータを見て、専門家は言葉を失った。
「この子は、長い間、ずっと女性ホルモンの薬を飲んでいたようだね。
 通常の男性では考えれないような数値が出ている。
 髪や爪、それだけで大体の年月がわかる・・・
 身体も・・・

 そうだね・・・・
 2、3年は飲んでいただろうね。
 しかも、強めのだ。
 普通、こんな物は手に入らない。
 あと、途中から、何か他の物も飲んでいたようだ・・・
 あぁ・・・」
眼鏡を外し、拓人に向かう。
「この子の恰好から、色子と見た。
 この子を買うのか?」
その問いに、
「今日、それを承諾してもらったんだ・・」
専門家は話を聞き、躊躇しながら話を続ける。
「・・・身体は、薬の影響で女のようになっている。
 これに、心あたりは?」
首を振る。
「花街を出るときの願いをきいたんだ・・・
 女になりたいと・・・
 その願いをきけるよう、準備を整えたのに・・・」
しばらく沈黙が続き、
「では、まだ何もしていないと?

 薬の出所に心あたりがあるなら教えてくれ」
確信は一切ないが、勘はある。
「大切にしたいんだ。
 本人がまだ、医師とも話をしていないのに、勝手に薬など渡せるわけがない。
 出所としては鮫島カンパニーの鮫島」

「・・・・分かった。
 いくら医療が発達しても、取り入れた女性ホルモンを身体から抜くことはまだ出来ない。
 ホルモン以外の薬は、体内から取り除くことができる。
 点滴でしばらく、治療だ。
  この子には、悪いが、ホルモンの他に飲んでいる薬を体内から抜くことを進める」

頷き、任せる。
雪柳の身体は、限界だった。
薬で女性らしさを求めたあまり、身体が悲鳴を上げていたのだ。
本来、男としての身体で生まれてきたのだ。
身体が薬に適応しようとする。
当然、痛みを伴うのだった。
眩暈や吐き気、それだけではない。
身体は丸みを帯び、胸には膨らみが、そして、性器。
特に、睾丸が小さくなる。
雪柳の場合、生殖器が小さくなっていた。
生殖機能は、失っているかもしれない。


その影響から身体を持ち上げた時に気付いた。
痩せている。
着物で隠していたようだが、持ち上げて気づいた。
どうしてこんな迄に、女になることにこだわるのか・・・・

拓人は、あの時、鮫島の息子、義明の言葉を思い出した。
身体は安全だ。
どこがだ・・・。
もう、この子は、この身体のまま、人生を歩むこととなる。

いや、自分が悪い。

この子は、今でも、想われていると知ったらどう思うだろう。
あの時から、随分と時がたっている。
新しく誰かを想っているのかもしれない。
それでも、この子は、自分が客として通っている間、あの頃のように、心を交わせたと拓人は思っている。
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