昇華混じりの雪柳 淡い恋の白い肌

香野ジャスミン

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「雪柳と申します」
手をそろえて身体を低くし、各部屋の色子に挨拶をする。

白菊と呼ばれる場所には、6人の色子が存在している。
「みんな、仲がいいのよ。
 しっかり、相談に乗ってもらいなさいね」
黒須の言葉を胸に、初顔合わせとなる挨拶をする。

どの人も、個性がある。
黒須のように艶やかな着物姿の人もいれば、スーツ姿の人もいる。
「昔のように、着物だけではないのよ。
 でも、ここは日本よ。しかも、花街。
 私は意識して着物を着ているの」
自分はどのような恰好で過ごすのか、それを自分で考えていくことが始めの課題となった。

「みんな、ここに来たら、最初に悩むことよ。
 仕事の服だからね。
 あ、勘違いしないほうが、いいわよ。
 いくら女装しても、女には、なれないから…」
… 一瞬、心の奥を読まれたのかと思った。
だが、違うようである。
黒須の表情が、とても切ない顔をしている。

それ以上、声をかけることは、出来なかった。
ここには、いろんな事情を抱えている人がいるのだから。
自分でも、どう言葉をかけていいのかわからなかった。

「あの…」
聞いてみたかった。
「黒須さんは、願いって何ですか?」
その質問、自分がされたら…怖いと思った。

黒須は、一瞬驚いた顔をして、そして笑った。
「願いって…
 ここを出る時の、願い?

 そうね…
 幸せにしてくれる人って、前は思ってたわ。
 他人任せよね… 

 でも、今は違う。
 私と一緒にいて、幸せだって思ってくれる人。
 自分を飾らないでいいって言ってくれる人。
 その人の傍にいることが、私の願い…かな。
 ま、自己満足なんだけれどね」

じっと顔を見られる。
「あなたは?」
―・・
俺は、この花街をでる時。
願いを聞いてもらえる人を選ぶつもりだ。
「女に…
 俺を女性にしてくれる…
 そういう人を選びます」
・・・
黒須は、目を見開いて目の前の雪柳を見る。

ここには、いろんな事情を抱えて入ってくる。
その事情は、様々だ。
ただ、雪柳のような願いは今まで、聞いたことがない。

高校を卒業するまでに、この子はどうしてこのような選択をするようになったのだろう。
知りたいと思った。
「あなた、心は男よね。
 身体も男だわ。
 男が好きなの?
 なら、なぜ?」

雪柳は、ただ静かに、首を横に振り、答えられないままだった。
ここにいる間に、この子は、どのくらい悩むのだろう。
そして、本当に自分が、この街をでる選択をするとき、何を選ぶのだろう。
黒須は、自分が見届けることのできない未来の雪柳の姿が、とてもしんぱいだった。

一緒に過ごしてきている黒須がある時、尋ねた。
「あなた、眼鏡がなくても見えるの?」
その問いに、雪柳が応える。
「あまり見えませんが、また機会があれば、作ろうと思っています」
一緒にいて、時々、見えていない時があるのではと、気付くことがあった。
「この花街にはほとんどの物が間に合うようになっているの。
 だけれど、眼鏡だけは手に入らないのよ。
 いいかしら?
 眼鏡がいる時には、前田が手配するから」
たぶん、風貌に合うようなものを選ぶのだろう…
特に、こだわりもない。
ただ、金が稼げればいい。
自分の心には、何も見えなくていいのだから。
「わかりました」
これから先、自分には一体、自分の目には何がうつるのだろう。
客との駆け引きに心を踊らされるのかもしれない。

閉鎖された空間、世間から情報は入ってこず、ただ、自分の芸を磨く。
限られた時間の中で、鮫島さんへのお金はどれぐらい返せるのだろう。
具体的な金額も、期間もなにも知らされていなかった。


勉強をしている時、黒須がつぶやいた。
「ここは、住めば都よ。
 昔は、客と寝なくては金子を貰えなかったっていうじゃない。
 今は、お話をしたり、私たちの芸を見たりするだけで貰えるじゃない。
 …まだ、私たちは恵まれているわ」
じっと話を聞いて考える。
―そうなのかも、知れない
身体をゆだねられるのは、この街を出ていく時のみ。


ぞくりと鮫島に触られた時の感覚がよみがえった。
時間がたっても、不快だ。
嫌だ… 
ただ、この街を出る時、それは、誰かに抱かれる時か抱くとき。
それが、女の人でも、男の人でも…

「そうそう、入った子に聞くんだけど…
 あなたは、お客を女性だけにする?
 それとも、男性だけにする?
 もちろん、両方もいいわよ。
 お金はたくさん稼げるわ。

 ただ一つ。
 この街を出る時、女の客なら、あなたが抱くの。
 男なら、あなたが抱かれるの。
 もちろん、どちらを選ぶかで、ここの勉強も変わるの。
 女性を選ぶなら女性の抱き方を学ぶの。
 男性を選ぶなら男性に抱かれるときのことを学ぶの。
 あ、抱くときのことも一応、教えてもらえるわ。
 時に、抱かれたい願望がある人、いるらしいから。

 両方の客をとるなら、両方勉強をするの。
 …見習いが終わるまでに決めておきなさい」

…女性を抱く?
女になりたいのに?
女の人になりたいのに?
抱く?
それは、無理だ。

俺は…女になりたい…
女になれば・・・好きになってもらえる。
…女性になれば…好きでも、迷惑をかけることはない…

心を決める時間など、意味もない。
「待つ必要はありません。
 男の人だけでお願いします」

黒須は何か言いたげに見ている。
意志を伝えるためにも、視線を離さない。

「…もう一度、終わるときに、聞くわ」
結局、保留という形で終わってしまったのだった。
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