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花街の中に入るゲートに来た。
「ここまでだ」
男はそう言って、花街の前で引き継がれる。
「お待ちしておりました」
艶やかな黒の着物を着て、花街のゲートの前で、往来の目を引き付ける人。
それは、花街の白菊の街。
通称 男街の色子、黒須だった。
『おい、あそこにいるの、男街の黒須だろう』
誰かが言う。
『白菊とはいえ、綺麗だよな・・・』
花街に入らないと会えない色子。
その中でも、白菊の黒須は断トツの売れっ子だった。
黒須は、白菊の中で最年長。
『おい、売れっ子が何でここに?』
噂を小さい声で話をしていたら聞こえていないのに、興奮した者は声を大きくして話をする。
嫌でも、耳に入ってくる。
周りの視線が黒須から、自分にうつるのを感じた。
ゆっくりと黒須に近付く。
少し膝を折り、頭を下げる。
「これから、よろしくおねがいします」

雪柳 翼、18歳。
今日、花街の色子としての第一歩を踏むのだった。

黒須が白菊の街へと続く道を歩きながら話をする。
「あなたの名前は、今日から雪柳。
 翼という名前はしばらく閉じ込めておきなさいね。
 ・・・ここをでるまでは、忘れていなさい。

 今日、私が来たのは、あなたを育てるからよ。
 これから一か月。
 あなたは、私の元で見習いをしてもらいます」
翼は、頷く。
「花街の話は、母から教わりました。
 それでも、分からないことがたくさんあると思いますのでよろしくおねがいします」
黒須が歩みをとめ、翼を見る。
「まさか、あなたがここに来るなんて・・・・
 雪は、今・・・」
尋ねられてつい、暗い顔をしてしまう。
「父は、事故でずっと病院にいます。
 母は・・・知人の所で働いています」
黒須と翼の父は、幼馴染。
歳は離れているが、兄のように慕っていた。
同じ色子として働いていたが、父は母と心を通わせ、花街を出た。

その時に身ごもったのが翼だ。
花街を出た者は、花街には足を踏み入れることはできない。
全て手紙、もしくは、申請をして花街の外と面会ができる場所の時のみだった。
「まだ、若いのに・・・」
子どもが生まれた時、父はこの黒須に翼を会わせた。
まさかあの時の子どもが・・・
母親に似ているこの子は、よく見ると、所々に、知っている幼馴染の面影が残っている。
黒須の悲痛な顔に翼もつられそうになる。
「黒須さん、俺・・・頑張りますから・・・」
その翼の表情がより、黒須を悲しませた。

「ここが白菊よ。
 念のために言っておくわ。
 紅椿と恋愛はしてもいいわ。
 でも、どちらも沼にはまる物よ。
 あまりお勧めはしないわ。
 ・・・・もちろん。
 白菊でもね」
翼は黒須をじっと見つめる。
「あの・・・
 俺は、もう恋はしません」
その表情は諦めを含んだ顔。
「では、ここを出る時、恋をしてでるつもりはないのね」
翼は、静かにうなずく。

黒須もそれ以上、何も言えない。

一歩踏み入れる。
そこは、昔からあるような趣のある佇まいの宿・・
宿と言っても、いつもは、個室で色子と食事をしたり話をしたり。
泊ることは、色子を花街から連れ出す前夜のみ。


ここが、白菊。
男の色子が買える場所。
父も過ごした場所。

「ただいま戻りました」
黒須の言葉で、中から一人の男性が出てきた。
この人は、黒須のように、煌びやかな着物を着ていない。

「初めまして、私はここを仕切る前田だ。
 ここの者には、前田さんや、前田のおやっさんと呼ばれている」
そう言って、ちらりと黒須を見る。
「驚いた・・・雪とそっくり・・いや、それ以上だわ・・・」
黒須も頷き
「この子、売れるわよ」
翼は、何も言えず、固まっている。
「名前、勝手に決めたから。雪柳」
前田も納得する。
「こりゃ・・・馴染みだったもんに声をかけたくなるなぁ・・・」
翼は、その言葉に反応した。
「たくさん稼ぎたいんです!!
 お願いします!!」
事情を知っている黒須と前田は複雑な顔をする。
「まずは、ここに慣れることよ」
優しく諭す黒須に、翼も頷く。

履いてきた靴、下着、眼鏡、服全てを着替えて、用意された着物に着替える。
籠にいれたその脱いだ物を見て、翼、改め雪柳は気合を入れる。
この籠を前田に渡す。
それは、雪柳 翼を封印し、雪柳となる始めの慣わし。
『世捨て』と呼ばれるもの。
「前田さん、これをお願いします」
渡された籠の中にある眼鏡に気付いた前田が尋ねる。
「おいおい、眼鏡は入れなくてもいいぞ」
言われた翼は、横に首を振る。
「何もかも捨てなければ・・・」

小さくため息をつき、前田は完了の言葉を言う。
「雪柳、励め」

色子見習い、雪柳。
「はい」
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