昇華混じりの雪柳 淡い恋の白い肌

６

「何も、スマホまで変えなくてもいいんじゃない？」
母の言葉に、
「新しく友達を作るんだから、未練たらしくしていたら、いけないだろ？」
微妙な説得でも
「ま、あんたがいいなら、いいんじゃない」

スマホを新しくして、新居の片づけをする。
「まだ、2年だったからよかったわね。
　来年は、受験よね。
　…いいのよ、好きにしたら」

母の言葉に、首を振る。
「母さんも、大変だろう。
　俺、頑張るから…」

俺は、高校を卒業したら、進学はしない。
働く場所が、決まっている。

花街で色子として働く。
母に似て、比較的容姿は恵まれている。
目が悪いので、眼鏡をかけているせいか、そのことも誰にも触れられることがなく今まで過ごしてきた。
父が事故に遭い、その病院でかかる治療費などを母の知人だという鮫島さんが肩代わりをしてくれている。
母は、そのお礼に、住み込みでその鮫島さんの所で働いている。
住み込みでも、俺は入れない。
なので、小さいアパートで二人暮らしという名の一人暮らしをている。
ま、母はほぼ住み込んでいるので、実際には一人暮らしなのだが・・・

その知人から、転居を言われ、新しい場所にやっていた。
俺も、出来ることをしようと母の助けになればと、その人から言われたように覚悟を決めた。



「今日は君に話をしたかったんだ」
帰宅途中に、黒塗りの車が横で停まり、中から母の知人、鮫島さんが顔を見せた。
車の中で話がしたいと言って、公道でずっと車を停めることもできず、乗り込んだ。

黒塗りの車の中は、趣味の悪い内装。
至ることに、金をあしらい、白いファーのようなものが敷かれている。
・・・・趣味が悪い・・・
居心地が悪く、身体を縮ませていると、鮫島さんが親しそうに近寄ってくる。
身体が密着しそうな距離・・・・

それ以上、身体を近づけたくない一心で、膝を鮫島さんの方に向ける。
少しでも、身体を触れていたくなかった。
嫌悪感が激しく襲ってきていた。

「あの・・・」
話を早く済ませたくて声をかける。
「君は進路をどうするつもりかな？」
・・・・
そういきなり尋ねられ、戸惑う・・・
「母は、大学に通うように言ってくれています。
　ですが、鮫島さんに少しでも返せれたらと、働こうと思っています。
　まだ、仕事を探してはいませんが、そのつもりです」
答えると、少し間を置かれて深刻そうな表情で話をする。
「・・・・そうか・・・
　こちらとしては、いつも、お母さんが頑張ってくれているからねぇ。
　感謝をしているんだよ。
　色々とね。

　ただ、やはりこれからもとなると・・・
　お母さんだけでは、正直足りなくなるんだよ」
話ながら突然、膝に手を置かれて擦られる。
「いや・・・
　君は、お母さんに本当によく似ている。
　・・・どうだろう・・・
　高校を卒業してもすぐに高収入を得られる働く場所があるんだが・・・
　それが、条件があってね・・・
　君は、お母さんによく似ている。
　―　君が、男なのが残念だよ・・・・
　・・・女の子なら・・・

　時期がくれば、仕事を辞めても構わない。
　どうだろう・・・
　君のやる気さえあれば、紹介するよ・・・」

一瞬、声のトーンが変わったように思った。
ニコニコとしているのに、目が笑っていない。
ぞくりとする背筋の悪寒は、何を指すのか・・・

ただ、耳に残る言葉。
・・・君が、男なのが残念だよ・・・
―　女の子なら・・・


胸の奥が苦しくなった。

まただ・・・

男で産まれた俺には、どうすることも・・・！

テレビで、男の人から女の人になって生きている人の話を見たことがある。
その人は、何年もかけて自分らしい生き方をできるようになったと言っていた。
俺の自分らしさ？
女に生まれていれば・・・そう言われ続けるのが、俺の・・・
・・・それ、良いかもしれない・・・
胸に眠らせた傷がじわじわと動き出す。

そうして、気が付けば、卒業が近くなっていた。

・・・・そうか、もう一年が過ぎてたんだ。
俺の心の中には、まだ、先輩がいた。
ふっとした瞬間に、思い出す淡い記憶。
どこか先輩と重なる場所を探してしまう自分が、苦しかった。

それも、俺だけが思っていた幸せ。

でも・・・その成就することのなかった恋心を経験することができたのだ。
恋を知らずに、花街に入るのは嫌だった。
その経験は、実ることはなかったけれど、いつまでも大切にできる記憶。