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媚薬

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それは、事故のようなものだった。
いつものように帰宅すると要がパタパタと音を鳴らして駆け寄ってきた。

「お帰りなさいっ!」

今日は仕事の後、少しだけ仲間でお酒を飲む時間があり、楽しみにしていた要のご飯はお預けとなった。控えめな要は、あまりわがままを言わない。
だから、つい、先回りして喜ぶ顔を見たくなる。
惚れた弱みだとは思うが、そんな愛しい存在が出来たことに喜びを感じる毎日だ。

「はい、これ、最近話題になっているプリン。 一緒に食べようか」

一気に目を輝かせている要に箱を渡し、いつものように帰宅時のルーティーンをこなす。
そう言えば、仲間から珍しい物を手に入れたのだ。
だが、はっきり言ってあやしい物。要の目に触れることの無いように処分しようと思っていた。

「あれ? こんなところに、栄養ドリンク? ミハルさん、疲れてるの?
 今日は早めに休む?それとも、台本見る?」

捨てようと一度、キッチンのカウンターに置いていたあやしい飲み物は要の手によって冷蔵庫の中に片付けられていたことにミハルは気づかなかった。
そのまま、要の呼び声に応じ一緒にプリンを食べて他愛のない話で2人笑って夜を明かした。いつものように満たされた一日を終わらせていた。

要の仕事は繁忙期が発生するようになってきていた。BL業界も範囲を広げ、レーベルだけでも両手だけでは収まらなくなっていた。要の帰宅が遅い日も続き、疲れている様子は見ても分かった。

帰宅するといつも駆け寄ってくれる要の姿がない。今日も遅いのかと思いながら足元を見ると要の靴があった。
今日は早いんだ。
疲れているのを傍で知っているから、ずっと触れることができなかった。
労わることが先決だと思ったからだ。
でも、今日ぐらい、要の意志を尊重すれば...
そう思って要の元にたどり着くときには、彼の異変に気付いたのだった。

「...ミハルさぁん、ここ、ここ、ぶっ刺してぇ...」

バサバサと持っていた本たちを落としてしまった。
要の度肝を抜く光景に頭の中が真っ白になった。

要は灯りのついていないリビングのソファーの前にいた。
床に座り込み、着ていたシャツのボタンは、ほとんど外されている状態だ。
逆上せたように顔を赤らめ、上気したように息を乱している。
オマケに前の要からは触れていないのにゆるゆると透明な物が流れ、床に溜まりを作っている。
これは...。
ー!
ソファーの前に置いてあるローテーブルの上に茶色の瓶があった。
しまった。

「要、もしかして、冷蔵庫の中の...」

訊ねている間も要は瞳を潤ませて何かに耐えている。
いつから、この状態だったんだ。
無意識に指で秘孔をクチュクチュと鳴らしている。

「...んへ? 今日、すごくちゅかれたから、中のドリンクをのんら。
 そしたら、ポカポカして、ジンジンして、ドキドキって...。
 ねぇ、もういい?俺、頑張ったよ? ねぇ、はやく...」

要が、涎を垂らしながら迫ってきてあれよあれよという間に押し倒されてしまった。

捨てようと思ったドリンク、片付けるの忘れてた。
媚薬だとは聞いていた。
ただ、事情を知らない仲間は一緒に住んでいる相手が同性だとは知らない。
なので、女性用だとは把握している。

“すんごくエロエロになるから。 もう、離してくれそうにない感じ。”

男性への効果がどうなるかなんて聞いてなどいない。
要の望むようにして過ごした。
いつもははしたないからと声を殺すのに、今夜の要は違う。

「あぁぁ、もっと。 すごいっ!ねぇ、ミハルさん、奥をもっと擦ってっ!...」
「だめ、こんなのじゃ足りない。 ミハルさん、もっと痛くしていいから...」

あぁぁぁぁぁ、感謝...。違う。
そうじゃない。よくわからない成分を要に取らせてしまった罪悪感。
こんな風になるなら、自分がそうさせたかった。
搾り取られるまで、相手した。

今日の要は、ヤバかった。
汗の量がすごいので一度水分補給をしようと言っても、
「…だめ。今日の俺は、ミハルさんから離れたくないの。」

・・・・そんなことを言われると、心が揺らいでしまう。

「...だ、だめ。 …も、もう、ムリ、か...も...」

要の要望に応えて下から思いっきり突き上げて喘がせていた。
すると、突然、中が締まり要が呟いた。
ぐらッと要の身体が揺れたと思ったら、そのまま、気を失ったのだった。
無理もない。
仕事に追われてベッドに潜っても眠りにつくまでに時間がかかっている日もあったのだ。体調は疲れを除いては悪くないが、愛する人のことは、細かいことも気になってしまうのだとミハルは悟った。

要を寝かせ、身体を清めて辺りをみた。
リビングやベッドは酷い状態になってしまった。
これは...要にも相当な負担がかかっているのではと思った。

ピピピピ…と、いつものように目覚ましが鳴る。
はやく...とめなくっちゃ...。
...あれ。
う、腕が動かない。
ン?????

状況についていけない俺を他所に、横で眠っていたミハルさんが代わりに目覚まし時計をとめてくれた。
目を開けると、ミハルさんが心配そうに見ていた。
「...要、大丈夫?」
あれ?いつの間に?
「...わかんない。」
ミハルさんは、俺を抱き寄せてホッとした様子だ。
「...ごめん。仲間から貰った媚薬を冷蔵庫の中に入れたままだった。
 捨てようと思ったのに、昨日、要が飲んだみたいで...」
ー!
思い出した。
普段はあまり栄養ドリンクを飲む習慣がない俺とミハルさん。でも、ミハルさんは仕事場で貰ってくることが時々ある。昨日は仕事の区切りがついたので、時にはいいかなと思って、その中の一つを飲んだ。その後...。どうしたっけ?
媚薬?
「身体、きつくない?」
「え?う、動けない。腕もまともに。」
「だろうね?」
ミハルさんは、動けない俺の後ろをそっと指でなぞった。
「っっ」
嘘。
マジか。
「昨日はたくさんしたから、念のために薬を塗っておいたけど、まだ、違和感があると思う。 どうする? 今日、傍にいようか?」

ミハルさんは、そう言ってくれるけど、俺はその言葉だけで十分だ。
「ありがとう。 今日は家でゆっくりしておく。 ミハルさんの仕事、今日もあるんだよね? 行ってくださいね。 待ってますよ、ファンも、俺も。」

そう言って送り出したけど、動けないまま、恥ずかしい時間を過ごしていた。

ど、どうしよう。
だんだん、思い出したかも。
「あぁぁん、今日はしゅっごいこれ、すき~」
「ミハルさん、舌をたくさん可愛がって? いっぱいだよ?いっぱい」
「見て?ここが、ミハルさんが入る場所。 ほら、奥、おいでって言ってる。」
ー!!!!
「うそうそ、冗談きついって。媚薬怖い、媚薬怖いっ!」

この一件以来、ミハルが持って帰った栄養ドリンクはすぐに誰かの物に渡るか、静かに排水口の中に流れていくのだった。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
「おっ! この前のヤツ。アレ、どうだった?」
スッと頭の中の温度が下がるのをミハルは気づいた。
貼り付けたような笑顔で、
「まぁ、普通かな。 そうそう、近々、お礼をしておくよ」

ミハルは静かに怒っていた。
薬を飲ませてしまった自分に対しても。
とりあえず、姑息ではあるが、仲間には犠牲になってもらおう。
媚薬を渡してきた仲間は、実は公けにしていないが既婚者。
すでに子どもも大きくなっている。
自分の仕事が声優だとは言っているが、恥ずかしいからと作品を家に持って帰ることをしていなかった。
ならば。

3日後。

「...白鳥くん...君ね。 どうして、こういうことをする? 俺、家ですげー、弄られるようになったんだけどっ?!」

文句を言う電話が録音で残されてた。
そう言えば、子どもが大きくなって家族の会話が少なくなったと話していたから、少し役にたったのかなとは思う。
出演していたBL作品を揃えた箱を送っておいた。

「よかったですね。会話が沢山できるようになって」

仕事を終えた後、簡単にメッセージだけ送っておいた。
仲間の涙を流す光景が頭に浮かんだ。


2019.06.26 追加

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感想 1

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みんなの感想(1件)

優
2018.05.04

はじめまして!優と言う者です。
作品に感動したのでコメントしました。
主人公に共感できる所があって
作品に惹かれました!
話の更新が楽しみです。
体調に気をつけて頑張って下さいね

香野ジャスミン
2018.05.04 香野ジャスミン

はじめまして。
そして感想を書いてくださったことに、感謝しております。
作者の妄想を言葉にあらわすのは、難しい物だと気づきましたが
誰かに共感をしていただける部分があると
腐女子魂が育つことを知りました。
今後も、宜しくお願いします!

解除

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