初めてできた恋人は、最高で最悪、そして魔女と呼ばれていました。

香野ジャスミン

文字の大きさ
上 下
57 / 81

57戻る

しおりを挟む
「ところで、サイトってどうするんです?」
腐女子の彼女としては、気になるのだろう。

ミハルさんが、そのことについて話を始めた。
「今日は、彼を捕まえる罠だったが、本当の申し出でもあるんだ。
 だから、運営を続けることは、可能だと思う。

 実は、高木さんに、その申し出た社員の人を集めてもらっていたんだ。
 成功したら、スポンサーを受けるって言ってある。

 あとは、篠田くん次第ってことになるかな…」
―!?
いきなり話を振られて、俺は戸惑う。
「…でも、個人の判断だけってのは…」
今日だって、緊張して挑んだんだ。
作品を聴くことだって、負担を感じてしまいそうになるかもしれない。

「実はね、サイトのスポンサーとかの知識は、僕が彼女に頼んだんだ。
 君は、しっかりと仕事をすることができてるよ。

 どの作品の評価も、一切声優を傷つけていない。
 それは、CDに関わってきている役者なら、とてもナーバスなことだ。
 原作者の意向を組んで作り上げた作品なのに、一方的に声優が傷つけられるんだからね。

 でも、君の評価は違う。
 役者の意識を保つと同時に、レーベルのスタッフたちにも、いい刺激を与えてくれているんだ。

 だから、他のレーベルからも支援の申し出があったんだ。

 もちろん、一切の手加減をしないとわかっているよ」
そんな風に、みんながとらえてくれていたとは、知らなかった。
始めた頃は、作品を勝手に評価しているから、『何様だ』など、激しい批判をコメントに残されたこともある。
でも、それは作品自体を支えるスタッフに向けての評価だと気づいた者は、同調してくれる人もでてきていた。
―続けてみようかな…

そう思ったら、前向きに考えるようになっていった。
「続けよう…かな」

俺の独り言に近い呟きを聞いて、ミハルさんは嬉しそうに笑う。
目の前の彼女は、一人、ブツブツと言っている。
え?
気になる?
「やった、やった、っ!!
 BLの神作品が生まれるかもっ!!
 めっちゃ、テンション上がるっ!!」
…はい、完全に腐女子モードです。


こうして、俺は、ミハルさんの傍にいることができるようになった。
住ませてもらっていた店には、事情を説明すると、安心してくれた。
俺が驚いたのは、ミハルさんが、ここのパンを買いにきてくれていたことだ。
俺は、仕込みが終わったら次の仕事に向かっていたので知らなかったが、何度か来ていたらしい。
「そうかぁ。
 寂しくなるね」
ミハルさんに、マンションに戻るのを2週間待ってもらうために、店の事情も説明した。
大切にしていたお店をたたむ決意をした夫婦の助けになればと、俺は最期の日まで住むことにした。

そんな俺の気持ちを知って、ミハルさんは止めたりなんかはしない。
むしろ、応援してくれるんだ。

店の前には、昨日から店をたたむことを知らせる張り紙をしている。
その辺に大量生産しているパンとは違うので、品数は限られているが、一つ一つのパンは、気持ちが込められている。
そういう商品は、食べればわかる。
そんなファンは、店の事情を知って、みんな残念そうにしている。
もう、食べれないのだと知ると、人は、心残りがないように通ってくれるようになってきた。
おかげで、仕込みの量も少し増やし、じいさんのパンの味を一人でも多く味わってもらった。

「店をたたむ前に、こんなに年寄りを働かせおってっ!」
と、相変わらず素直じゃない言葉も、あと数日でお別れだ。
そう思ったら、寂しさを感じてしまう。

仕込みが終わってからネカフェに向かうまでの道のりは、俺の朝食の時間でもあった。
父さんのために少しの時間でも収入につながればと、時間を詰めていた生活も、お別れだ。

「「ありがとうございました」」
パン屋の最終日。
やはり、じいさんの味を惜しむ人たちが、パンを買いに来て、用意していたパンは全て売り切れてしまった。
近所の子どもから、寄せ書きを書かれた色紙を貰っている様子は、流石にぐっとくるものがあった。

じいさんは、ちょっと照れているが、
「ありがとう」
と、力仕事のパン作りで鍛えた大きな手で、子どもの頭を撫でていた。

たまたま知り合うことができたこのじいさん夫婦の人生の一コマに、俺は関わることができた。

それは、貫き通す覚悟と言うものを教えてもらったように思う。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

処理中です...