初めてできた恋人は、最高で最悪、そして魔女と呼ばれていました。

香野ジャスミン

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「ところで、サイトってどうするんです?」
腐女子の彼女としては、気になるのだろう。

ミハルさんが、そのことについて話を始めた。
「今日は、彼を捕まえる罠だったが、本当の申し出でもあるんだ。
 だから、運営を続けることは、可能だと思う。

 実は、高木さんに、その申し出た社員の人を集めてもらっていたんだ。
 成功したら、スポンサーを受けるって言ってある。

 あとは、篠田くん次第ってことになるかな…」
―!?
いきなり話を振られて、俺は戸惑う。
「…でも、個人の判断だけってのは…」
今日だって、緊張して挑んだんだ。
作品を聴くことだって、負担を感じてしまいそうになるかもしれない。

「実はね、サイトのスポンサーとかの知識は、僕が彼女に頼んだんだ。
 君は、しっかりと仕事をすることができてるよ。

 どの作品の評価も、一切声優を傷つけていない。
 それは、CDに関わってきている役者なら、とてもナーバスなことだ。
 原作者の意向を組んで作り上げた作品なのに、一方的に声優が傷つけられるんだからね。

 でも、君の評価は違う。
 役者の意識を保つと同時に、レーベルのスタッフたちにも、いい刺激を与えてくれているんだ。

 だから、他のレーベルからも支援の申し出があったんだ。

 もちろん、一切の手加減をしないとわかっているよ」
そんな風に、みんながとらえてくれていたとは、知らなかった。
始めた頃は、作品を勝手に評価しているから、『何様だ』など、激しい批判をコメントに残されたこともある。
でも、それは作品自体を支えるスタッフに向けての評価だと気づいた者は、同調してくれる人もでてきていた。
―続けてみようかな…

そう思ったら、前向きに考えるようになっていった。
「続けよう…かな」

俺の独り言に近い呟きを聞いて、ミハルさんは嬉しそうに笑う。
目の前の彼女は、一人、ブツブツと言っている。
え?
気になる?
「やった、やった、っ!!
 BLの神作品が生まれるかもっ!!
 めっちゃ、テンション上がるっ!!」
…はい、完全に腐女子モードです。


こうして、俺は、ミハルさんの傍にいることができるようになった。
住ませてもらっていた店には、事情を説明すると、安心してくれた。
俺が驚いたのは、ミハルさんが、ここのパンを買いにきてくれていたことだ。
俺は、仕込みが終わったら次の仕事に向かっていたので知らなかったが、何度か来ていたらしい。
「そうかぁ。
 寂しくなるね」
ミハルさんに、マンションに戻るのを2週間待ってもらうために、店の事情も説明した。
大切にしていたお店をたたむ決意をした夫婦の助けになればと、俺は最期の日まで住むことにした。

そんな俺の気持ちを知って、ミハルさんは止めたりなんかはしない。
むしろ、応援してくれるんだ。

店の前には、昨日から店をたたむことを知らせる張り紙をしている。
その辺に大量生産しているパンとは違うので、品数は限られているが、一つ一つのパンは、気持ちが込められている。
そういう商品は、食べればわかる。
そんなファンは、店の事情を知って、みんな残念そうにしている。
もう、食べれないのだと知ると、人は、心残りがないように通ってくれるようになってきた。
おかげで、仕込みの量も少し増やし、じいさんのパンの味を一人でも多く味わってもらった。

「店をたたむ前に、こんなに年寄りを働かせおってっ!」
と、相変わらず素直じゃない言葉も、あと数日でお別れだ。
そう思ったら、寂しさを感じてしまう。

仕込みが終わってからネカフェに向かうまでの道のりは、俺の朝食の時間でもあった。
父さんのために少しの時間でも収入につながればと、時間を詰めていた生活も、お別れだ。

「「ありがとうございました」」
パン屋の最終日。
やはり、じいさんの味を惜しむ人たちが、パンを買いに来て、用意していたパンは全て売り切れてしまった。
近所の子どもから、寄せ書きを書かれた色紙を貰っている様子は、流石にぐっとくるものがあった。

じいさんは、ちょっと照れているが、
「ありがとう」
と、力仕事のパン作りで鍛えた大きな手で、子どもの頭を撫でていた。

たまたま知り合うことができたこのじいさん夫婦の人生の一コマに、俺は関わることができた。

それは、貫き通す覚悟と言うものを教えてもらったように思う。
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