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45生きるということは

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その日は、通夜となった。
特に親しい友人もいるわけでもなく、すでに集まっている親族のみとなった。
雰囲気も悪く、亡くなった母を思うと可哀想なことだと思う。
それも、自分が原因だと思うと、胸が苦しくなってくる。

ここでも母の身内が無謀なことを言い出し、ずっと棺のそばにることはできなかった。
追い出されるかのように、父と俺は、その場を離れる。
辺りは暗く、ひっそりとしている。
同じ東京都は思えないほど、静かなところだった。
「…俺、まさか東京にいるとは思わなかった」
俺の言葉に、父が頷く。
「…ずっとあの場所にいるつもりだった。
 母さんも、お前が家を出てからは、寂しいけれど落ち着いていたんだ」
父は、躊躇うように続ける。
「…ある日、母さんの妹が家に来たんだ。
 その日は、体調を崩していた母さんを見て、母さんを勝手に東京の実家に連れて行ったんだ」
―!!
「母さんの病気は、環境をいきなり変えることが一番の悪化の原因になる。
 それを父さんも母さんもわかっていたから、あの家にお前がいなくても住んでいたんだ。
 …でも、勝手に連れ出したまま、返そうとしなかったんだ。
 その日は、どうしても会社から離れることができずにいた父さんは、慌てたさ。
 …近所には、見なかったかと尋ね、警察にもすぐに探してもらうようにお願いした。

 台所に、東京のお菓子があったんだ。
 始めはお前が帰って来たのかと思った。
 でも、明らかに、母さんの物がなくなっていて普通じゃなかった。

 父さんが、実家に尋ねたのはそれから二日後だ。
 ‥‥その時は、すでに家にいた母さんではなかった。

 外を見れば「要、要」を繰り返す。

 ずっと見ていた父さんだから気づいた。
 あぁ、母さんはお前と一緒に住んでいたあの家を探しているんだって。

 でも、母さんの様子を妹が許さなくてね。
 条件をだしてきたんだ。
 頻繁に様子が見えるように東京にくること。
 それから母さんをかえしてもいいが、一切の援助はしない」
俺は、耐えきれず涙が出ていた。
ずっと縁を切られていたと思っていた。
でも、そうではなかった。
父も母も一生懸命だった。
「…父さんは、会社に無理を言って東京の方に異動をしてもらった。
 この歳の異動は、きつかったがそれでも、母さんの傍にいれるなら頑張れた。
 …あの家を離れる前に、お前の物や思い出もある物はすべて東京に持ってきた。
 まぁ、あの頃みたいな広い部屋ではない。
 本当に小さな家だ。

 でも、母さんは喜んでくれた。
 父さんも頑張れたし、母さんも徐々に元に戻っていったんだ。

 …でも、限界が近かったんだろう…
 父さんが、会社を辞めて家にいるようになってしばらくだ。
 久しぶりに、安定していた母さんは、「あの子にも悪いことをしたわ」って、言ったんだ」
―!!!
思わず、俺は息を止めてしまった。
体中に、震えが走る。
―母さん…
相変わらず、涙が出ている。
それでも、父は、どこか遠くを見ながら情景を浮かべながら話をする。
「どういう意味で、母さんが話をしたのかは、わからない。
 でも、確実にお前のことを受け入れようとしていた…のかもしれない」
ポロポロと、涙が零れ落ちる。
顎に溜まった涙は、足元や服を濡らしていく。
「「今日は天気がいいから、あの子の服を片付けましょう」
 そう言って、片づけを始めたんだ。
 …
 …父さんは、そんな様子を久しぶりに見れたから、嬉しくなってしまったんだ。
 買い物に行くと言ったら、「いってらっしゃい」と返してくれた。
 …もう何年も会話が一方通行だったんだ。
 嬉しくなる。

 
 ‥‥帰ってきたら…」
―!!!!
「父さん、もう…わかったから。
 …もう、いいから…」
気が付けば俺は、父さんと一緒に一軒の小さな家の前にいた。
とてもあの頃とはかけ離れた、古くて小さな家。
それでも、玄関からは小さな庭があり、よく手入れをされているようだった。
「…2階の部屋がお前の部屋として使っていた。
 それから…・」
それ以上、言葉にすることはできなかった。
父は、家の中に入っても、食卓に備えている椅子に座ったまま、無表情だ。
「…でも…」
父は、俺の心配しているのに、気が付いたのだろう。
「ふふ。
 父さんは、そんなことをしないよ。
 …いっておいで」
俺は、戸惑いながらも頷き、ゆっくりと二階に上がる階段を一歩一歩進める。

その部屋は、本当に小さかった。
でも、俺の残していった服を綺麗に畳んだ物が積み重なっていた。
残していった勉強机。
埃すら被っていない。

俺は…
耐えれなかった。
―やはり親不孝な息子だ
離れてもなお、俺を思ってくれた母、それを守ろうとした父。

父は、たぶん母を思ってずっと一人だ。
そんな父を俺は、ほっとけなかった。

下に降りたら、父はお茶を入れてくれていた。
「…どうする?
 泊っていくか?
 …それとも、戻るか?」
俺は、
「できたら、泊まらせて」
そう答えた。

父は、少しホッとしたような表情をした。
「…わかった」
いれてくれたお茶を飲んで、俺は父に申し出た。
「…父さん、一緒に住もうか…」
俺の言葉に一瞬、驚きの表情を見せた父。
でも、すぐに笑う。
「いいさ、落ち着いたら、仕事をまたするつもりだ。
 …母さんには、言ってたんだ。
 安定してきたから、今度は、病院に入ろうって」
―!

でも、出来なかった。
母も、限界だった。
父も、限界だった。
俺は…
「…なら、俺は少しでも力になれるようにさせて欲しい。
 …母さんも、父さんの為ならってわかってくれるだろ?
 ‥‥身内の悪口を言いたくないけど、たぶん、母さんは俺たちの元には戻ってこない。
 …でも、それでも、母さんはここに住んでいたんだ」
俺の一人で話をしている言葉に、父は耳を傾けてくれている。
「あぁ…」

俺は、ある覚悟を決めていた。
今は、ミハルさんの家に住ませてもらっている。
でも、それは本当に甘い待遇だ。

家賃も払うことはなく、せめて料理をと、俺が無理やり料理を作っているのも、そのせいだ。
でも、俺は、その生活を捨てようと思う。
ミハルさんなら、許してくれるだろう。
でも、俺はそんないい加減なことをすることはできなかった。

家賃を削って仕事を掛け持ちすると、金は貯まる。
今の仕事だけだと、俺だけの金しかたまらない。
でも、俺は父に少しも返せればと、金を貯めるようにしたかった。

以前、いた部署は定時に仕事が終わらせることができていたので、その空いた時間を俺は、資格を取る時間に費やしていた。
元々、食べることは生きることだと思っていた俺は、調理師の資格を取ることができていた。
資格を取るまでには、それなりに時間はかかった。
仕事を終えてから、また身につけなければならない技術などもあり、簡単ではなかった。

調理師として、来て欲しいと何件か誘いがあったが、ずっと断っていた。
その場所は、繁華街であり、仕事が終わるのが、夜中だったからだ。
でも、迷うことはない。
俺は、ある人に頼んで、その仕事ができるように頼んだのだった。
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