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44偽りの俺、本当の俺

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俺は父の元に向かった。
「…来たのか…」
父はそう言ったまま、硬い表情でいる。

元々、父と母は、母方の反対を押し切って結婚したというのは知っていた。
どういう事情で反対されたのかまでは知らない。
家庭が壊れるまでの篠田家は、近所でも羨ましがれれるぐらい親子関係、夫婦関係がよかった。
母を大切にしている父の様子は、俺にとっても尊敬できる大人としていた。

壊れてしまった経緯を知っているのかはわからないが、あの眼差しから、知られているのだと思う。
「…母さんに…会うか?」
その言葉を父はどんな気持ちを抱えていったのだろう。
悔しいのだと思う。
俺は、その悔しさを導いた引き金だ。
『俺は、ゲイでは…』
ゲイではない。
そう言いたかった。
あの頃は確かにゲイではなかった。
声フェチだということも、今になって自覚をしている。
それは、確かなことであり、こんな人間は世の中にはたくさんいる。
表には出さないが、それを自覚している人間もいるだろう。

でも、今、俺はミハルさんと恋人同士だ。
―!!
母が嫌悪を抱いていた同性愛者だ。
『…汚らわしい…』
徐々に広がっていく心のざわめきを抱えたまま、俺は母と対面した。

父があの頃からだいぶ様子を変えたと同じように、母もあの頃の面影はなかった。
長かった髪は、手入れのしやすい様に短くなり、白髪の中に、微かに黒髪が残っている状態だった。
世の中の同年代の人からすると、かなり老いを重ねていた。
それでも、綺麗に化粧を施された母は、眠っているようだった。

俺は、その様子を…
父が母の傍に寄り添って、俺に会わせてくれたその様子を見て…
これ以上、近づいてはいけないと思った。
「…どんな思いか、お前はわかるか…」
棺の中の母を見ながら、父は、声を絞って尋ねた。
「…」
誤解だと言えば、簡単に済む話なのかもしれない。
でも、あの頃から、母を苦しめた俺のその行いが、父を、母を苦しめていった。
「…母さんの身内はな、お前のことを詳しくはしらない。
 でも、訪ねてくるたび、見舞いに来てくれるたびに、「要、要」と言われてみろ。
 ‥‥どうして、お前は訪ねてこなかったかぐらい、予想つくだろう。
 親子の不和で片付ければいいが…」
それ以上は、言葉にできずに母から離れた父は、苦しい表情だ。

今でも、俺の背中には母の身内と思われる人からの視線を感じる。
不和の話をしてもいい。
俺の評価が下がるのは、仕方がない。
でも、ずっと父は母を支えてきた。
父には、誰からも酷い扱いなどを受けることなのないのだ。
「葬儀の支払いをできるように担当の人に会ってくる」
俺は、そう言って、父の元から離れていった。
一瞬、父は俺を止めようとした。
でも、俺はそれを知ったうえで離れた。

担当の人に、支払いの手続きをして父の元に行こうとした。
「ちょっと、あなた」
一人のご婦人が俺を引き留めた。
「…なにか?

 どちらさまでしょうか?」
俺の対応は間違っていない。
社会人として、普通は呼び止めた者が先に自分の名前を名乗るのがマナーだ。

ただ、このご婦人は、その態度すら気に入らないという感じでご立腹だ。
「んまっ!失礼だわ。
 あなたのお母さんの妹よ。
 …おばさんとか呼ばないで欲しいから、その呼び方はしないでほしいわ」
―あぁ、敵意むき出し。
俺のことをいいように思っていないのはわかった。
じっと、彼女の話を聞くために静かに聞いてみる。
「姉さんをこんなに早くに死なせて、この親不孝者がっ!
 何が原因かしらないけど、こんな終わり方は許さない。

 そもそも、あんたの父親が、誰も身内がいないっていうことすら、私どもは気に入らないのにっ!

 姉さんの手前、あんたの父親も、こっちで面倒見てやろうって思ったのに…
 こっちの一族として、あんたの父親の面倒は見ませんからね!」
そう一方的に言い散らして、集団が集まる場所に帰っていった。
みんな、ニヤニヤとしている。
―母がずっと身内に会わせなかった理由が分かったかもしれない。

俺は、特に動じることもなく父の元に戻った。
「…言われてたな…」
―!
さっき止めようとしたのは、このことがあったからか…
俺は父を見て小さくため息をつく。
「…母さんは昔から自分の身内に俺たちを会わせようとしなかった。
 少し、分かった気がする…
 父さんは、どうするつもり?」
今、こんな話をするべきではないのは、わかっている。
でも、今まで断絶だった親子関係をなかったかのようにするわけにもいかない。
それに、とても大切なことだ。
「…父さんは…仕事を一年前に辞めたんだ。
 母さんの傍にいてやりたかったから…
 でも…もう…」
俯いて肩を震わせている父を俺は躊躇いながらも抱きしめる。
「…ごめんな」
俺は、ミハルさんとのこと以外を全て父に打ち明けた。
「あの頃は、変に大人ぶっていたからさ、誤魔化す方法も下手だった。
 今なら、少しはマシかもしれないけど…母さんには…酷いことをしたと思っている」
俺は、自分で初めてその想いを口にした。

同じ男なら、その立場に立った時にわかるとも父は言ってくれた。
けれど、母は昔から思い込みの激しいところがあり、それが原因で精神的に病んでいた。
父はそんな母だけれど、ずっと愛していたと語ってくれた。

ただ、俺はミハルさんとの関係を父には一切知らせることはできなかった。
俺は、結局、自分を偽って隠し過ごすことを選んでしまったのだった。
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