初めてできた恋人は、最高で最悪、そして魔女と呼ばれていました。

香野ジャスミン

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39海外前夜の現実

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―ハッと回想していて、顔は真っ赤だ。
そうだ、ミハルさんは、明日から海外だ。
一人でのんきにエロイことを考えているなんて…
なんだか…


「…要君、顔が真っ赤。
 なに?
 エッチなことでも考えてたの?」

「はい」って答えることを期待しているミハルさんの目。
―俺は、‥‥認めない。

「…ミハルさんのことを考えてたんです…」
―中途半端に答えてしまった。
だって、嘘もあまりつけないんだから…

とりあえず、バレずに済んだようだ。
「お土産を買ってこようかな?」
ミハルさんが嬉しそうに話すので、俺も顔が緩んでくる。
「…無事に、帰ってきてください」
チュッと唇にキスを落とす。
ミハルさんは、俺の顔を目に焼き付けるかのように、見つめる。
―カッコいいミハルさんに見つめられると、照れてしまう。
「…野菜の水は…今は、何も育ててないんだった」
クスリと笑ってしまう。
「水やりを任せてくださいって、言えませんね」

こんな何も楽しさの欠片も含まれていない会話でも俺は幸せを感じることができたんだ。
「…離れるの嫌だって思ったの、初めてだよ。
 初めて、仕事に行きたくないって思った」
仕事人間のミハルさんにそんなことを言われると、俺は少しでも近くにいたいと思ってしまった。
勇気を出して、俺は、ミハルさんを押し倒す。
ドサッ
じっと見上げるミハルさん。
少し髪を長めにしているので、会った頃と雰囲気が変わってる。
でも、カッコイイ。
いつもは、俺がほとんど、見下ろされている。
「どうしたの?
 僕、倒されたんだけど…」
嬉しそうなミハルさんが、俺の表情を見るかのように言ってくる。
俺は、顔が赤くなっているけれど、今日は頑張った。
「…少しでも、俺を忘れて欲しくなくって…」
全部言って、限界だった。

俺はミハルさんの腰の辺りに座ったまま、彼の肩に額を当てるように縮こまる。
「ふふふ、かぁわいっ!」
―女言葉のミハルさん…
顔を上げると、はにかんだ顔もなぜか、女の人のようになっている。
ズキッ
胸で痛みを感じた。
どうして?
どうして今?
こんな時に、誰かを演じれるだけの余裕がミハルさんにはあるってこと?
寂しいのは、俺だけ?


その瞬間、積もっていた物が零れていった。
「…やだっ!」
俺は、咄嗟にそう言っていた。
起き上がって、彼から離れる。

限界…だった。
込み上げてくる涙を止められなかった。
「どうして?
 ミハルさん、俺をからかってるの?

 俺、ずっとミハルさんの声を聴けてないっ!
 もう、俺には聞かせれない?
 良い声ばかりに反応する俺じゃ、やっぱりだめ?

 めんどくさい?

 誰かを演じれるのは知っているよ?
 …でも、俺はミハルさんといるんだっ!」
― 言っちゃった…
たぶん、俺のことを思ってしてくれたんだろう。
いい声が好きだから、良い声だとミハルさんが思っているやつをしてくれているんだと思う。
でも、俺は声優の白鳥 三春と住んでいるんじゃない。
白鳥 ミハルと住んでいるんだ。

爆発してしまった感情を、落ち着かせるために、顔に自分の腕を当てる。
濡れるのも構わずに、堪えようとする。
―俺、こんなに泣き虫だったっけ…
小さく身体が震える。

人は、貪欲な時も、涙が出るんだと気づく。
わがままだと思う。
彼は俺を喜ばせようと声を作ってくれる。
でも、俺はそんなことを望んでいなくって…

人と恋愛などしたことがない俺はこれが、なんていう感情なのか、わからない。
でも、今、目の前のミハルさんは、俺が望んでも本当のミハルさんを見せてはくれない。
また、揶揄わるように違うミハルさんを演じるんだろう。

苦しい…

―やっぱり…

「汚らわしい」
母の声を思い出す。
!!!!!
ミハルさんが、起き上がり俺の様子を伺っている。

耳の辺りを俺は、手でふさぐ。
―そうか…俺…

息が浅くなる。


こんなにも、俺は弱くなってしまった。


「要くん?」
明日、ミハルさんは日本を離れるんだ。
こんなことをいうつもりじゃ、なかった。
俺、ミハルさんと繋がりたかった。
「要君!?」
俺を呼ぶ声がする。


どうすればいいのか、わからず…
俺は、急いで自分の財布とスマホを持ってマンションを飛び出してしまった。
「…要!」
閉じられたドアが開きそうなのを横目で確認して、俺は階段で降りた。
途中で、エレベーターのボタンを押して、妨害をする。

そうして、俺は、必死に駅の方に走って逃げたのだった。

慌てて出て、気付いた。
俺、行くところが‥ない。

でも、駅には探しにくるかもしれない。
俺は、電車にのり、会社の方に行った。
会社は、すぐに見つかる。
そう思いなおして、公園の近くを通っていた。

夜の公園は、以前、京助と寄ったときのように所々、灯りがついている。
ぼんやりと浮かぶ椅子には、人の影があった。

少し離れた場所に、空いている椅子があった。
俺は、少しでも頭の中を落ち着かせようと座って上を見る。

夜になると、寒さを感じ始めるこの時期。
時折吹く風が冷たく感じる。
家を出る時は、必死だったし、電車の中は寒さをあまり感じなかった。
でも、今は…
「…っさむっ!」
身体を擦って温かさを作ろうとするが、追い付かない。
行儀が悪いが、椅子の上に足を置き、抱きしめる。

PRRRRR
スマホが鳴り、画面に「ミハルさん」って出ている。
無視することはできない。
俺は躊躇いながら出る。
「…はい」
『今、どこ!』
ミハルさんの感情のままの素の声がする。
でも、会ったら…聞かせてくれないんだろうな…
『迎えにいくか「いりませんっ!」
それでも、電話を切ることができなかった。
『要君、家の鍵はある?』
落ち着かせるようなミハルさんの声…
「…はい」
『そう、よかった。
 …風邪をひいちゃうよ?』
「…はい」
『……』
何も話さずに、ただお互いの存在だけを確かめるだけの通話。
―寂しい。
ただ、どうしたらいいのわからなかった。

俺は、一人、椅子の上で小さくなったまま、通話を続けながら‥‥
涙を流していた。
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