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22結局、恋人…

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多くの濡れ場があるわけではない。
作品自体は、派手さなどはない。
ただ、主人公が苦しみ悩み、そして自分の幸せを見つけていく。

「EMOTION」
ミハルの言葉に、要が驚く。
ミハルは、その反応に嬉しく思う。
「...僕の作品だ」
―!?
うそ...
要は、再び、驚く。
偶然?
それとも、たまたま?
どちらにしても、凄い事である。
「...俺は、その作品で、多くの物語を知るきっかけになりました。
 良い声を聞いて、どんどんダメになっていったけど…」
要は、大きく息を吸い込んで、
「それと同時に、どんどん望めなくなってしまった」
要は身体を小さくし、頭を抱えるように俯く。

「物語には、主人公を導いてくれる優しさがある。
 でも、現実には、転がっていないです。
 望んではいけないんです」
要の壁は、何度も甦る。
それは、多くの戒めだと自分を傷つけた数だけ頑丈だ。

ミハルは、要の手を取り、キズを見る。
「これだけ傷ついた要君を誰か見つけてくれた?」
要は、横に首を振る。
「見て、古い傷の後もある」
ミハルが指で触れると、皮膚が硬くなっている。
「僕は、要君が好きだよ?
 真っ直ぐで、傷つきやすくて、弱虫な君が好き」
ミハルの告白を、涙を浮かべながら聴いている。

要は、言葉を発せずに、頷いているだけ。
「仮の恋人は、嫌だ。
 距離を置けば、要君は僕から逃げるよね。

 言ったよね?
 もう、諦めて。
 僕、君の側にいると決めたから」
―!
―何?
そのずっと続くような言葉...
―期待をさせないで欲しい...

今は、良くても一度緩めた心を始めから築き上げるのは、とても時間がかかる。
それ以上に、甘い蜜を知ってしまった者はそこから抜け出すことは出来ないだろう....

堕ちていくの...?

俺を、この人はどこに落とすの?

幸せには、なってはならない....
母さんを思い出さなくては....

でも...きめたと言った。
諦めて、とも言った。

この人は恋人になりたいの?
まだ、何も知らないのに?
分かり合える?...どうやって?

ずっと一つ屋根の下で暮らしてきた家族ですら、あんな感じなのに...
要は、静かに話をし始めた。
「俺は、ゲイなのかな?
 ‥‥それも、本当は分からない…」
どこを見ているわけでもない。
言葉を探しながら、自分の気持ちを形にしていく。

「人を好きなったことはないんだ。
 だからっ!…・?」
表情を確認しようとした要は、ミハルと目が合う。
「真面目・素直・臆病・純粋…」
柔らかい表情のミハルが言葉を並べる。

―?
要が首を傾げると、
「どれも全て要君に当てはまるよ」

胸の中が温かくなっていく。
震える心が穏やかになっていく。

リリリン

ミハルが、音に気付き、玄関の方に向かう。
「要君、手伝って?」
呼ばれて急いで向かうと、先ほどお店で見た店員さん。
「はい、これを運んで?」
渡された籠を受け取り、思わず、
「はい。わかりました」
そう言って、要は店員に会釈をする。
ミハルと店員が親し気に話をしている。

渡された物をリビングの机に置く。
ほんのり温かさを感じ、何となく中身は食べ物だと気づいた。

前に来た時に、何となく部屋の場所は、把握している。
要は、鞄からポーチを取り出し、洗面所に向かう。
あの時のことを思い出して、赤面するのは、仕方がない。

親元を離れ、誰にも頼らないように自分の身体を見直した。
喉が弱い自分には、声優が行っている方法を取り入れてみた。
体調を崩さなくなってずっと続けているこの習慣。

会社でも始めは潔癖症だと思われていた。
でも、自己管理のできない自分を許せることもできず、続けてきた。
じっと、自分の唇を見る。
―…また、キスしたいな‥‥

何度も何度も築いた壁も、ミハルの前では、役目を果たさない。
―ミハルさんの声は、断トツだ…

リビングに戻ると、ミハルが食器を用意していた。
―…要は、自然とその手伝いをして、並べている。

ミハルは、その行為をとても嬉しく思ったのだった。

準備を済ませ、要とミハルが向き合って座る。
なんだか、照れるけど、ちょっと…・嬉しい。

食卓を彩る照明が、食べ物を食欲をそそられるように、目の前のミハルを魅力的に見える。
―これって、恋のフィルター?
一人でそんなことを考えて、また顔を赤くしていく要を、ミハルは見守る。

楽しい時間を味わっているときは、心をそのことだけに向き合っていられる。
要は、物心ついたときから、楽しむ時に心がけていることだ。
それを心掛け過ぎて、誤解させたかもしれないのが、京助だ。

でも、京助のことは、嫌いでもない。
ま、好きでもないけど…
兄弟がいれば、こういう感覚なのだろうなと、思う程度だ。

まさか、再会して告白されるなんて、考えたこともなかった。
好きという言葉には、多くの意味が込められている。
・気になるの好き。
・好ましいの好き。
・愛してるの好き。

二十歳の男が、同性を好きと言ったら、たぶん、最後の好きに誤解されるのだろうな…
でも、その時にも、まだ誰も好きになったことがなかった要は、その違いが判らなかった。

今、その違いが判るのかと聞かれると、正直、まだ応えれない。

ミハルさんのことが気になるのは、彼の声が好きなのか…
それと、彼自身に興味があって好きなのか…

でも、ミハルさんは、俺のことを好きだと言ってくれる。
それは、単純に嬉しい。

京助に好きだったと言われても…へぇ…という、無感動だったのを、今でも思い出す。
それに比べて、ミハルさんには、ドキドキと胸が騒がしくて口から出てしまいそうである。
単純に嬉しい。

この違いは何なの?
スマホで検索して答えは出るの?
調べないけどね…
自分で見つけなくては…

ミハルさんって、一応、芸能人でいいのかな?
要は、一人考え事をしながら、ふと気になったことを聞いてみた。
「ミハルさんって、芸能人ってやつですか?」
突然の質問に、食事をしている手が止まってしまった。
―ごめんなさい…

うーんと、唸っているミハルさんは、慎重に言葉を選んで
「一応、そうなるのかな?
 昔は、声優は写真とか出さないほうがいいって傾向だったんだけど…
 最近は色々と時代が変わってきたからね。

 何か、イベントがあれば、ステージの前にでて演技をしたりするときもあるからね」
幅が広い…と、思うと同時に、目の前の人の凄さがわかる。
だって、俺の持っているBLCDでお気に入りのCDの大半が、白鳥さんが絡んでいる作品だということだ。
―どうしよう…
俺は、本気で悩んでいた。

目の前にいるお気に入りの声優が、自分を恋人にしようとしていることを…
そして、彼の部屋に二人っきりで、今夜は帰れませんって宣言されていると言うことを…

篠田 要 26歳。
かなり嬉しい…でも、ピンチな状況です。
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