初めてできた恋人は、最高で最悪、そして魔女と呼ばれていました。

香野ジャスミン

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21口説かれる、脆い壁

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要は、無言のまま、あの日の夜、幸せな時間を残してきたはずの部屋に連れてこられた。
手を引かれて彼の背中を見る。

今なら、まだ戻れる…
微かな囁きが心の中で浮かんでいく。

要は、手を引いてみる。
込められた力が強さを増し、彼の方に引き寄せられる。

―トン…
彼の腕の中におさまった要は、動けずにいた。
頬が熱くなる。
…っ
もう…
これ以上、俺を弱くしないで欲しい…
どうして?
この人とは、あの時だけ…
あの時、俺を受け止めてくれただけの人…

優しさに気付いたらダメだ…
そう、思わないと…

「捕まえた…」
抱きしめられる力と、彼の優しい声が、再び要の壁を脆くしていく。
小さく震え始めている要は、心の中の叫びを口にし始めていた。
「…どうして?
 珍しいから?
 ちょっと酔っぱらって弱音を吐いただけじゃん…
 そんなに俺が珍しい?
 …男なのに、あなたと…キスをした。
 はははっ
 俺ね、男が好きな人なの。
 …だから、勘違いさせないで?

 あなたが優しくしてくれると、俺、勘違いしちゃうからさ…
 俺、良い声にダメなの。

 あなたの傍は、ダメだ。
 俺が、俺じゃなくなるっ!
 ‥‥
 いいよ。
 酷いことを言われるって覚悟してるから…

 だから、もう、忘れてください
 お願いします…
 もう、俺のことを忘れてください…」
足ががくがくと震え始める。
―言えた。俺がゲイってことも言った。

自分で言葉にすることなんて、今までない。
心の中で思っているのと、口に出すのとは現実味が違う。
―自分で言って、傷ついてるなんて…
 どうしようもない…
要は、ミハルに対してより、自分への嫌悪感で一杯になっていく。

「忘れたりなんかしないよ」
静かに、優しく、でも確かに…
ミハルは、目の前でもがくように自分を再び傷つけている要を離さないように唱える。
その言葉は、本当に魔法だと思った。
厚く強固に作り上げた要の心の壁をゆるゆると、柔らかくしていく。

「絶対に忘れたりしない。それに酷いことも言わないよ。
 男が好きなの?
 だったら、僕を好きになってくれるよね?
 良い声が好き?
 僕の声も?嬉しい…すごく嬉しい‥‥
 珍しい?何が?」
唱えられた魔法は、要の身体から、抵抗する術を失っていく。
ただ、要は、目の前のミハルを見上げるだけだった。
揺れる瞳。
涙を流していないのが、不思議なぐらい、彼は今、傷づいている。

心の中は、涙で溺れそうなのだ。

ミハルは、要の顔に手を添えて、しっかり自分と視線を合わせる。
じっと、要は、ミハルを見ている。
その瞳には、感情は垣間見えない。

それでも、ミハルは要に新しい魔法をかけていく。
「僕ね、あの時の事を本当に後悔しているんだ。
 どうして、閉じ込めれるようにしておかなかったんだろうって。
 逃げれないように、物を隠してもいい。
 でも、しなかった。
 すごいね、要君って、本当にすごい。
 あまり人に執着しないんだよね、僕。

 ねぇ、もうたくさん傷ついたよね。 
 どこまでも、自分を傷つけて、他人を守ろうとする。
 でも、要君は自分で守らないでしょ?

 だから僕が、守る。違うな‥・守らせて?
 前も言ったでしょ?
 僕は君が好きなんだって」
要の奥に届くように…
そんな願いを込めてミハルは言う。

「…でも…あなたのことを…俺は何も知らない…」

仮の恋人って約束したあの時、少しで距離を置こうと咄嗟に繕ったルール。
ミハルが、あの時の彼の想いを教えてくれる。
「クスクス…そうだね。
 あの時は、あれが最大の譲歩だったんだ。
 でないと、君は、逃げちゃうでしょ?
 結局、逃げたけどね…」

―!!
ギクッと、要はいたたまれない気持ちになる。
そんな様子も、ミハルには起爆剤になる。
この子を、手に入れるなら、どんなに時間をかけてもいい。
頑固な気持ちも時間をかけて、僕が融かせばいい。

ミハルは、要をリビングに連れて行く。
「ゆっくり、話そう?
 お互いのことをしって、逃げたりしないで?
 …お酒も飲んでないでしょ?」
―その瞬間!
「グゥゥゥ‥‥」
お腹の鳴る音が大きく聞こえた。
要は、赤面する。
「…ごめんなさい…」
―恥ずかしい…
ミハルはどこかに連絡をして要に伝える。
「さっきの所で、ご飯を作ってもらうから、一緒に食べよう」
その言葉に、戸惑いながらも、要は頷いた。

ミハルは、要の傍に行き、隣に座る。
「要君…」
呼ばれて要は、彼を見る。
「…はい」

間を置いて、彼は、要に自分の名前を教えた。
「僕は、白鳥 ミハルと言います。
 白鳥は、白い鳥。
 ミハルはカタカナ。
 だけど、仕事では、別の名前を使っているんだ。

 白鳥 三春。
 仕事は、声優をしてます」
―!!?
え?
要は、衝撃的なミハルの正体に驚きを隠せない。
―…だから、聞いたことがある声だったんだ…

要は、今、自分の目の前にいる人を改めて見る。
自分が虜になっている世界を作り出している人物の一人。
それ以上に、目の前にその本人がいることに信じられなかった。
「…声優?」
―・・・じゃぁ、今日の作品もミハルさんが?
「…ミハルさんが声優?
 俺、勘違いだとずっと思っていた…」
目を丸くして驚きを隠せていない要をミハルは微笑ましく見てる。
「要君は、作品を結構聞いてるの?
 気づかなかった?」
その問いに、要は、苦笑いを浮かべる。
「…まぁ、聞いてはいますけど‥
 気づいたというか、似ているなとは、思いました。
 でも…、本当に本人だとは‥‥。
 それに、俺、声優さん?には、あまり興味がないんです」
要の意外な意見にミハルは、単純に興味を持った。
「声優に興味がなかったら、どうしてBLCDに?」
ミハルは、知りたかった。
この子の心を捕らえた物を。

要は、少し表情を変え始めた。
泣きそうな顔になっている。
「…偶然だったんです。
 注文ミスして聞いてみたらBLCDでした。
 …でも、聞いていて、その世界に引き込まれていったんです。

 境遇が似ていたのもあるんです。
 同性にしか心が動かない主人公が、悩んでいる姿が自分と重なったんです」
―…ミハルは、微かに残る記憶を思い出す。
初めてミハルが主役として関わった作品は、とても難しい役だった。
それまでは、脇役などを任されていた仕事に、初めて主役を任された。
ただ、とても主人公になりきるのに、苦労をした役でもあった。
その主人公も、要と同じように悩んでいた。
多くの人と出会い、別れを繰り返した。
ある意味、自分の原点かも知れない。

泣き声一つでも種類がある。
感情を殺すときの息遣いも、同じではない。

その細かい違いを観察したり、同調して作り上げた役だった。
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