初めてできた恋人は、最高で最悪、そして魔女と呼ばれていました。

香野ジャスミン

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20捕まり方が、簡単でした

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要は、久しぶりに自分の住むアパートが遠くに見えて足を止める。
すぐ、その先には、ミハルのマンションがある。

ドクン、ドクンと胸が高鳴るのを自覚した。
もしかしたら、会える?
そんな期待…

会ったらどうするつもり?
そんな迷い…

複雑な思いがあることに要は顔を歪め、足早に通り過ぎてしまおうと足を進める。

「要先輩っ!」
誰かが自分を呼ぶ声、そしてその呼び方は後輩だった。

要は慌てた。
どこから呼んでいるのか、辺りを見ると、自分の住んでいるアパートの前にいる。
やはり後輩だった。
ストーキングに近いよ…、俺も悪いけど…
でも、怖い方が強すぎる…

後輩は近づいてくる。
要は慌てて逃げようとする。
どうすれば…
―!!
本当の利用方法としては、間違っている。
でも、それでも、今はまだ、時間が欲しかった。
小走りにマンションの方に走り出す要。

体格がいい後輩君は、ズンズンと近づいてくる。
「先輩、なんで逃げるんっすか?!
 何日、家に帰ってないんっすか?」
俺の本能が…
いや、本当に時間が欲しいだけなんです…

辺りは、夜を迎え、静けさで包まれているのに、後輩の足音が大きく聞こえる。


要は、エントランスにあるカードの差込口を急いで探し、キーを通す。
音を立てることなくスライドされて開いたそのドアは、要が入ると音を立てずに閉められていったのだった。
ここは…
要が、覚悟もせずに入ったその場所は、空港のラウンジのような空間だった。
落ち着いた照明の下、高級感のある一人掛けのソファーが広いフロアに点々と置かれている。
壁に沿うように各自で飲み物を用意できるようになっている。

店って言ってたけど‥
要は、周囲を気にしながら中に入っていく。
振り返ってみるが、外の様子はわからない。
フロアには、誰もいなかった。
要は、息を潜めていた緊張を緩め、ホッとする。

折角、中に入ったのだから、飲み物を一杯ぐらい…
そう思って、壁の方に近付く。
‥‥飲み物は、飲めなかった。
白い布で覆われて使用できなかった。
横にあるベルを鳴らす。
ギャルソン風のスタッフが出てきた。
「あの…何か飲み物を…」
要の言葉に
「何をおつくりしましょう」
え?
要が不安混じりの表情を見てているのに、スタッフが気付いた。
「メニューをどうぞ」
‥‥
ぐぬぬぬぬ・・・
酒しかない。
分からない…
聞いたことがある名前を頼んでいつも失敗している。
今日は…
「あの…低めの物を…」
よしっ!
要は注文をするときのレベルを上げた。
「グレープフルーツとカンパリの物など、どうでしょう」
―フフフ…カンパリって?
「…お願いします…」
―‥‥お酒を飲まないことを誓ったのに…
酒を頼まなくてもいいんだよね…
断れ、俺!!
そう自分でツッコミを入れていた要の横から、心を揺らす声が聞こえた。
「まって、ホットミルクに変えてあげて」

―!!

バッと振り返ったらミルクティの髪が見えた。
「…ミハルさんっ…」
要の震える声が聞こえたかのように、近づいてくる。
いつからいたの?
どうしているの?
沢山、ききたい言葉がある。
伝えた言葉もそれ以上にある。

戸惑いを見せる要は、席を立とうとする。
「後輩、まだいたよ」
目を泳がせたように要が動揺する。

―なぜ、後輩を知っているのか?
「彼、どうしてこの近くにいたの?」

‥‥何を話したら…
要は、ミハルに質問をされてはいるが、動揺してその応対をすることができない。
―逃げたい…でも、会ってしまった…

ミハルがなぜ、自分にキーを渡したか、知りたかった。
どうせ、持ったまま悩むくらいなら、少しでもその理由をしりたいとも思った。

でも、本当に会ってしまった。

要は、自分の都合のいい思考へと動いてしまう頭を、捨て去りたい気持ちになった。
―…俺は、主人公みたいには、なれない‥‥

自分が聞いてきた数々のBLCDの主人公のようには、なれない。
あの世界は、理想だ。
夢だ。
誰かの想いを傷つけたくない、優しい誰かの願望だ。

勘違いをするな、俺。
求めてはならない。
幸せにはなってはならない。
望んでは…いけない…

考えるんだ。
ミハルさんが、俺にカードを渡してきたということは、俺の謝罪を聞きたかったからだ。
だから、あの怒った顔も、納得できる。
優しくしてやった男が、目覚めたら、いないのだ。
連絡先を交換したのに、断ち切った断絶の意味。

要は唇を噛みしめ、俯いたままミハルに聞こえるか聞こえないかの小さい声で話し始めた。
緊張を含んだ、とても固い声だ。
「この前は、すみません…でした」
勇気をだしても、ここまでしか言えれなかった。

言葉につまり、要は、少し間を置いてまた話す。
今度は、勢いをつけて全てを…
「あなたが怒られるのも当然だと思います。
 それだけのことを、俺はしました。
 ‥‥俺、家がこの辺りなんです。
 …でも、安心してくださいっ!
 俺、もうすぐ家を引っ越しますからっ。

 あなたに迷惑をかけないように…しますから…」
そう言って、要は財布から紙幣を出す。
忘れずに、カードも置く。
目の前にいつの間にか運ばれているミルクは、温かさを纏っていない。

ミハルさんの名前を呼ぶわけにはいかない。
違う…
口にしたら、胸の奥に閉じ込めている言葉が出てきそうだった。
求めてはならない。

指の痛みが強くなるが、これは報いだ。

外には、まだ後輩がいるかもしれない。
それでも、構わないと思った。

視界にミハルの姿を入れないように俯く。
要は、席を立ち、扉の方にいく。
来た時と同じように音を立てることもなくドアがスライドして開く。

カツンカツンと自分の響かす靴音が、エントランスの中を大きく聞こえる。

マンションの外では、後輩の姿があった。
もう逃げることは諦めよう…

要は、後輩の方を見て彼と目が合い、苦笑した。

後輩は、じっと要を見て、ホッとした様子だ。
要が、彼の方に近付こうと足を進める。
後輩は、なぜか、驚いた様子だ…
―何?

その瞬間…
要は後ろからふわりと誰かに抱きしめられた。
―…えっ・・・・

後輩を見て解れ始めていた緊張が、再び要を纏っていく。
要は固まった。
後輩に目を向けると…
手を振っている。
!??!
また、親指を見せている。
『Good Luck』じゃねぇよっ!!
助けろ!!

要は、後輩に手を伸ばしてアピールしたかった。
・・・
でも、出来なかった。
後ろから要の耳元に誰かの吐息が当たる。
誰かなんて…見なくてもわかる。
微かに香る柑橘系のコロン、優しい腕。
それだけで要の抵抗する心を少しずつ壊されていく。
「今日は、絶対に帰さないから」
彼の素の声が、要の頭の奥にまで染み込んでいく。
声に強い力が込められていると感じた。

また、ドクンドクンと、身体全体が心臓になったように錯覚してしまう。
要を包む腕は、優しいが離さないように頑丈だ。
両手首を掴まえられ要は彼の方に身体を向けられる。
じっと、掴まれた手首を見ている。

―どんな表情をしているの?
顔を上げれば見れる。
でも、要にはできなかった。
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