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17過去の気持ち、今の気持ち

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目の前の幼馴染だった男を要は見つめる。
―どうして‥‥
「…京助」
久しぶりに彼の名前を呼ぶ。

疎遠になるようにしたのは、要だ。
幼い頃のキラキラと輝く想い出は、たぶん京助がいたからだろう。
兄弟のいない要には、近所に住んでいた京助を友達であり、兄弟として関わってきた。
周りにも、友人はいた。
でも、要にとって京助は、大切な友達だった。

ある時、要は京助の声が、他人より心地よく聞こえることに気付く。
じっと見つめて、その心地いい声が出てくる口元を見る。
胸がドキドキと高鳴っていく瞬間は、止められないとさえ、思ったぐらいだ。

思春期に入って、京助の声は要の心を相変わらず、乱した。
呟いたときの低めの声、唸ったりするときの低い声…・
後から、思うと声フェチというモノだった。
でも、誰にも相談できずにいた。

初恋というものに憧れはなかった。

本当に恋をするというのは、わからなかった。
ただ、京助の声だけは、要をダメにした。
一度、本人にも伝えたことがある。
揶揄われて反応を見られたが、それも学生にはあることだと思っていた。

今なら思う。
俺は京助の声に恋に似たものを寄せていた。
思春期に入っても、声変わりしてもそれは変わらなかった。

ただ、成人した日の夜、俺は、俺自身を失った。
友人との何気ない会話を親に聞かれていた。
笑って済ませれるほど器用ではない。
自分の気持ちをどう説明すればいいのかわからなかった。

結果、母はおかしくなった。
調子の悪かった俺を看病してくれた京助を勝手に汚した。
「男同士なんて。
 …京助くんも、どうかしているわ。
 あなたが、異常だというのに、それを嫌わないなんて…
 同じよ。京助くんも‥‥」
俺は、ただ、「ごめん」と繰り返すだけだった。

自分の小さな好奇心が、全て周りの人間を壊していったように思えた。
母の何度も言われた言葉を思い出す。
「男なんかに気を向かせて…」
「汚らわしい…」
「…母さんを悲しませないで…」

同じ気持ちを繰り返し思い出すことはしたくない。
あの時、母に向けられた嫌悪感も、自分の好みが異常だということも、東京に出てくるときに捨てた。
そうして、乱れないことだけを意識し、同性に向けてしまう自分の心を戒めた。
やっと、自分の幸せを見つけて、落ち着いたと思ったら、後輩にかき乱される。
そして、過去を思い出させる人が目の前にいる。
声に惑わされないようにしているのに‥‥

また、声に…
「要君…」
耳に残るのはあの人の声…狂わされている。



それにしても、どうして今、この男は自分の目の前にいるのだろう…
「よぉ!懐かしいなっ!」
そんな風に返す?
要には、出来なかった。

じっと、京助を見ている。
京助も要を見ている。
「…たまたま、お前を見つけてさ?
 すごく久しぶりだなって思ったからさ…」
それ以上、言葉を繋げれない雰囲気だ。

折角、忘れていた思いを思い出してしまう。
―俺は、声に振り回される…

じっとしている要を京助は何を思ったか、近づき手を掴んで引っ張って歩き出す。
「痛い‥・。どこに連れて行くの?」
要が、尋ねると
「‥‥駅まで。
 俺、今日地元に帰るからさ…」
京助の言葉に、抵抗するわけでもなく、同じ方向なら仕方がないと諦める。
「‥何?なんの用?」
以前の要なら、こんな冷たい言葉は言ったりしない。
要は、ワザと冷たく思わせている。
それが、せめてもに、自衛だ。

相変わらず、良い声をしている。
でも、以前ほど、自分が乱されていないと要は気づいた。
―もしかして、CDの…
確かに、CDに出てくる人の声は、良い声だ。
でも、それだけだ。
ただ、一人‥‥あのCDの声は、要を淫らな感情を引き起こされていた。

―そう言えば…あの人の声…似ていた…・
甘いひと時を過ごしたミルクティ色の髪を思い出す。

京助が、立ち止まって、要を見下ろす。
公園の近くだからか、土の匂いがして、幼い記憶を思い出す。
あの頃は、幸せだった。

「俺、お前がいなくなって気づいたんだ‥‥」
京助の話を静かに聞いていた要は胸の中で一人ツッコミを入れる。
―何?その意味深な言葉…
京助は、少しでも自分に心を寄せてもらおうと、要の傍に行き、低めの声で囁く。
「…俺は、お前のことが好きだった」
―?
要は、言われた言葉の意味に気付き、驚く。
まさか…いや…
京助には、彼女がいたこともあった。それは、要が傍にいたのだからよく知っている。

要は、静かに京助の傍を離れる。
今の要には、この京助の言葉は、通り過ぎていくのみだ。
「勘違いだ!」
公園に少し響くくらい要の声が響いた。
京助は、予想外の返答に、驚いている。
「京助は、勘違いをしている。
 ずっと一緒にいた弟みたいな存在がいないから、寂しいだけだ」
まるで、客観的に分析したような要の言葉に、京助は気づく。

もう、要は心の整理をしているのだと‥‥
京助がしんみりとしていると、要が突き落とすような言葉を繋ぐ。
「…俺もさ、京助の事が好きなのかな?って、思った時もある。
 でも、違った。
 好きじゃない。
 俺は、京助の声が好きだったんだ。
 ‥‥ごめん…」
京助は、その言葉をズッキーンっと、胸に大きな杭を打たれた。
「…え?」
―好きじゃない…すきじゃない…スキジャナイ…
その言葉に、クルッと包まれている京助は、透明な言葉の膜につつまれているようだった。
表情をなくして、唯一発した言葉、その一言が、会話に終わりを告げる。
「ま、早く元気出して誰かいいひとを見つけろよな?」
そう言って、要は唖然としている京助を置いて、駅の方に走っていった。

残された京助は、呆然としている。
―俺は…今まで…・‥

―!?!
公園の中で、靴で砂を踏みしめられる音がする。
「‥‥…・」
「おいっ」
肌がぶつかりあう音がする。
京助は、背筋がぞくりと上っていくる恐怖を覚えた。
‥‥
誰かに見られている…
京助の野生の勘が危険を察した。
急いで駅に走っていく。

東京…恐ろしい場所…
淡い期待も粉々になった京助は、地元に帰ることだけを楽しみに足を速めるのだった。
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