初めてできた恋人は、最高で最悪、そして魔女と呼ばれていました。

香野ジャスミン

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12一つ一つの崩し方

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あの後、本当の姿を知らないと言っても、名前を知らないといつまでも始まらない。
と言うことで、本名はさけ、お互いの呼び名を決める。
要は、先に知らせたのでそのままだ。
「要君って呼ぶからね」
そう言って、優しく微笑んでくれる白鳥は、
「ミハル」
ミハルさん…
要は、名前まで素敵だと思う自分は、もう、彼のことを好きになっているのだと、気付く。
でも、期待はしてはだめだ。

要は、口に出して呼んでみる。
「ミハルさん…」

目の前の要は照れながら、芸名の三春みつはるではなく自分の本名を呼んでいる…

白鳥はそれだけでも、満たされる自分がいるのに、気付く。
「お互い、連絡先を交換しよう。
 あと、ここの建物の下は、寛げる場所になっているんだ。
 会うときはここで待ち合わせをしよう」

どんどん、白鳥に決められていて要は、ペースについていけない‥‥
まず、確かめないといけないことがあった。
「ミハルさん…
 ここは、どこですか?あと、何か着たいですっ」
恥ずかしくなって耳を赤くしている要に気付き、クスクスと笑う白鳥。
「ごめんね、気付くの遅くなっちゃった。
 ここは、僕のマンションだよ?
 これ、どうぞ」
渡されたのは、新品のパジャマだ。

渡されたパジャマを受け取り要は、じっと手元を見る。
―…誰かの服を着るなんて…しかも、仮だけど恋人っていう関係…

腕でしっかりとパジャマを抱きしめて、俯きながら小さな感激に浸っている要。
その様子を、白鳥は温かい目で見ている。

「えっと…ミハルさん、パジャマ、ありがとうございます」
頬を赤く色付かせ、共有できた感激を隠せずにいる要は、白鳥に礼を言う。

でも、少しサイズが大きかった。
―ミハルさん、細いなって思ったけど、力が強いし、雰囲気柔らかいのに、かっこいい。
 どうしよう、本当にドキドキが止まらない…声も…

要は、渡されたパジャマを着ながら、白鳥のことを考える。
裾も何度も折り、袖も何度も折りかえした。
要と白鳥の体格はやはり違っていた。
でも、その違いが要の心を満たしていった。
―へへへぇ…‥嬉しい…

それぐらい、小さい違いの一つ一つを大切にして、そして感動できていた。

「今日は、もう遅いから一緒に休もう?
 警戒しないで。
 何もしないよ。大丈夫」
警戒心を全て捨てたと言ったら嘘になる。
ただ、今の要には、目の前で優しく自分を受け入れてくれている白鳥の言葉を信じようと思えるようになってきていた。
遠慮がちに、要はベッドに上がる。
寝室は、照明が落とされ、柔らかい光が要の緊張をそれ以上、高まるのを抑えてくれていた。

ベッドの端に身体を横にして寝転ぶ。
自分の慣れ親しんでいるベッドの感触ではないし、使われている照明の色も、布の柔らかさも違っていた。
―っ・・・・
要は、自分の感情がどういうモノになっているか、わからなかった。
でも、胸の中の塊が込み上げてきて、目元が熱くなっていくのを感じた。
―‥っどうして、涙が…っ
天井を見上げるその視界は、溢れてくる涙で、揺らめいている。
要は、声を殺して白鳥に気付かれないようにパジャマが濡れるのも構わずに腕を目元に置き、顔を隠す。

「…要君?」
白鳥の呼ぶ声に、腕を置いたまま、要は返事をする。
「…っはい…」
泣いているのをバレないように、声が震えないように気を付けた。
「そんな端だと、寝ている間に落ちちゃうよ?」
そう言って、要の身体の下に白鳥は手を入れて、グイっと自分の方に引き寄せる。
―…あっ…
されるがまま、要は身体の横に温もりを感じて、その感覚に一気に緊張を走らせた。
「緊張してるの?」
たぶん、自分の様子を見ているのだろう…
顔の傍に、白鳥の吐息を感じれる。
閉じ込めれてきたと思った小さな喜びを要は、再び感じ、そして目元に熱が集まっていった。
顔を隠したままは、やはり自分でもおかしいと思うが、表情を見せることもできなかった。
喜んで泣いているなんて…恥ずかしい…
要は、小さく頷いた。

要は、精一杯気づかれていないと思っているのかもしれないが、ずっと白鳥は様子を見ていた。
何かに耐えれず涙を浮かべることも、自分とは違う他人との触れ合いも、その一つ一つが、この子には未知の経験だということだ。その経験を自分が与えている。
いや、与えているではない。
共有している。
それが、白鳥自身にも、とても幸せとなった。
「要君、顔を見せて?」
優しい白鳥の言葉も、今の要には、感激の要素になっていた。
「…嫌です…」
腕を目元に置いたまま、首を振る姿…
無自覚に、白鳥の心をくすぐる要にどこまで、自制できるかわからない。
「でも、見たい…」
白鳥の強引な願いに、要は狼狽える。
小さく何度も首を振り、
「見ないでください…」
―っ!!?
白鳥に、要は腕を掴まれ視界が開ける。
「あっ!…ヤダ…ミハルさん、見ないで…」
白鳥の方向ではない向きに要は顔を背け、必死の抵抗をする。

腕を取った瞬間、要と白鳥の瞳は、あってしまった。
涙でまだ、潤ませている熱をもった要の瞳。
そして―…
要だけを映しているミハルの瞳。
―どうしよう…・嬉しい…
…ミハルさん…
たぶん、顔を背けても自分の感情はバレているだろう。
耳に熱が溜まっているのを自覚できるぐらい何もかもが熱くなってしまった。
「…なんで顔を見せてくれないの?」
耳元で、快感によくにた声を出されていることにも、気付かない要は、煽られていることにも気づいていない。
「…だって、ミハルさんが、見てるから…」
その言葉に白鳥も笑ってしまう。
「クスクス…
 だって、好きな子が目の前にいるんだよ?
 どんな表情だって見たいって思うでしょ?
 要君は違う?」
‥‥
そう言われると、要も、複雑だった。
「‥・でも、俺…今、‥‥泣いてるし…」
笑いながら白鳥が
「フフフ…
 見せて?ね?」
優しさを含んだ何もかもを受け入れてくれる白鳥の声。
ゆっくりと、要は白鳥の方を向く。
―!!
白鳥が、要と目があった瞬間…
嬉しそうに、そして幸せだと思っていると気づく笑顔を見せる。

見上げる要は、その表情でまた、涙が零れてきてしまった。
「あっ…もう…だからっ!」
焦って、目元を擦ろうとする要の手を白鳥が捕まえる。

ゆるゆると流れ落ちていく涙は、白鳥の視線を受けて道が出来たように熱くなっていく。
「嬉しいの?」
力を失ったように要の手は白鳥に捕まっている。
白鳥の問いに、要は大きく頷く。
それだけで、白鳥も満たされた。
「よかった。僕もね、要君が喜んでくれるの嬉しいよ。
 だから、隠さないで?
 この涙は、嫌な涙?
 悲しい涙じゃないよね?
 苦しい涙でもない…」
手を離され、その空いた手が要の涙の後を追いかける。
要はグズグズな状態だけれども、答えた。
「…嬉しい涙…」
―!!
そう答えた要は、ぎゅっと白鳥に抱きしめられていた。
驚きはしたが、もう、心の奥まで知られている…
そう思ったら、要は壁を作る必要がないと思った。
躊躇いながら、白鳥の背中に手をまわし、そっと置く。
―…
密着した体温が、要を安心させていった。
微かに残る白鳥の柑橘系のコロンの匂いが、要を穏やかな心情へと運んでいった。
そして、包み込んでくれるその絶大な優しさと、感情の波に迷子にならないように要を導いていくれる白鳥の手を…
白鳥の手だったら、信じて手を取り合っても、いいのかもしれないと思ったのだった。
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