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「もう、転職でもしようかな‥‥」
部屋の中の照明が、薄暗く辺りを照らす。
その照明の下で、俺は灯す照明を見上げながら呟いた。
俺は、今、海の底のように、深い深いスランプに陥っていた。
書けない。
書くことができない。

こんなはずじゃ、なかったんだけどな…
ふと、寂しさが溢れてきた。
部屋の中が静かなのは、彼がいないからなのだろうか。


俺の仕事は、小説を書く、小説家というものだ。
主に、ファンタジーを書いているが、冒険や転生物など、設定は幅広い。
夢がかなったわけでもない。
なりたかったわけでもない。
この仕事をするようになったのは、色々とあったのだ。

普段飲まない酒を飲んで、酔った勢いで、趣味で書いていた小説をネットに上げた。
ふざけたペンネームにふざけた題名。
けれど、反響は俺の想像を超えていた。
翌日、そのサイトを見て驚いた。
翌週、そのサイトを見て、驚愕した。

気が付けば、小説は書籍化されて、漫画化されていた。
アニメ化や映画の話も出ている。
実生活の合間の楽しみが、徐々に膨らみ、働いていた仕事を辞めざるおえなくなったのは、ある意味、自業自得。
そんなことになるとも思わずに、ただ、書き溜めていた物をただ、評価してもらいたかったのだ。
けれど、注目されるたびに、周りの友人は去っていく。
こんな隠れた趣味を持っていた俺を受けれる人間は、いつの間にかいなくなっていた。
まともに働いていた時に付き合っていた彼女も、趣味で埋もれつつあった俺に愛想を尽かせて去っていった。
もちろん、多くの人に自分の作品を読まれていることは嬉しい。
人に読まれるとつくポイント、評価をされるこのサイトでは、もう数多くの著名な作家を生み出してきた。
今や、時代はデジタル。
人工知能の小説も出回るこのご時世、それでも人間は、物語を作る。
だからと言って、勘違いをしたわけではない。
俺は、小説を書くことは、趣味にとどめているつもりだった。
たった一つが評価を得たからと、はい、小説家になります、と言うわけにはいかない。
勘違いをしないように俺は、趣味に留めていた。
けれど、実生活の仕事でヘマをした。
もちろん、その処理は、自分でしたが、周りのある一言が効いた。
「はやく、やめちまえばいいのに。
 お前の居場所は、他にもあるかもしれないけど、俺の居場所はここだけだ」
別に、不真面目にしていたわけではない。
けれど、周囲からはそう思われているのだと、そう思っている人がいるのだと知る。
こうして、俺は、仕事を辞めて、避けていた書籍化の話を受け、小説家として新しく進むこととなった。

けれど、一度評価をされた者の宿命は、思いのほか厳しい物であった。
ちやほやとしてくる、それまで話もしたことのない人。
「先生」と呼ばれることの違和感。
そして、どこから湧いてくるのかしらないが、俺にまだない才能を期待をしていくる担当。
たぶん、初期設定から間違いを犯したのだ。
酒は、怖い。
酒は、人を狂わす。
あの時、酔っていなければ、こんなことを世間に知られることもなく過ごせていたのに…
それ以来、飲酒は控えるようにしていた。

「先生、これ、作品じゃ、ありません。
 『こんなことを世間に知られることなんてなかったのに…』
 って、また、物語に勝手に自分の気持ちを入れないください。
 分かってるんですか?!」
しんみりと気分を下げている俺の背後で、テンション高くツッコミを入れてくるこの男。
俺の担当だ。
初めて見た時、この男は、周りの女性の何人かを気絶される色気を駄々洩れさせてやってきた。
キラキラと後光のような煌めき。
ほのかに香るバラの香り。
そして、完璧な容姿。
たぶん、この男がファッション雑誌の担当でもしてみろ。
出ている男性モデルは、やる気を失い、女性モデルは抱いてくれと迫るだろう。
普通に、この男が道を歩くだけで、わき見運転で事故は起こり、歩く人間は、対面衝突をしている。
実際にそれを起こしているから、こいつは、それ以来、タクシーのみ移動が許されているという、ある意味、付き合いにくい男だ。

たぶん、この男は、会社にとって、切り札なのだと思う。
俺は、酔った挙句に自分につけた名前を女の名前にした。
登録の性別には男と選択したが、名前は完ぺきに女だ。
だからなのか、なかなか会おうとしない俺を、会社は、こいつを寄越してきたのだろうか。
ずっと拒否っていた作家が話を聞くという。
会社は、色々と手段を考えたのだろう。
差し向けられたのは、この麗しい男だった。
「初めまして、あなたの担当をすることになりました。
 新庄 麗一と申します。」

離職し、彼女に振られた男は、彼を見て、気付く。
―この男は、勝ち組なのだと―
そして、同時に気付く。
―自分は、負け組なのだと―
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