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弟ポジション11

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央がためらってなかなか朔の膝に座ろうとしないので、朔はスタスタと近づき央の膝裏に手を入れてグイっと持ち上げる。
「ぐわぁ…」
なんて声を出すのかと自分でも思うが、朔はクスクスと笑いながら、
「央の口から出てくる言葉は時々、面白いですね。
 好きですよ」

結局、朔の膝に横座りで落ち着いた。

「甘いものがあまり得意ではないのでチーズケーキを食べてくれるので助かりました。
 知り合いに作ってもらったんですよ」

そう言いながら、お皿に取り分けたケーキをフォークで切り分け、央の口に運んでいく。

「さ、朔!一人で…」
「いえ、これは私の楽しみです。
 取り上げないでください。
 …ほら、口を開けて」

たぶん、顔が赤いだろう。
だって、ケーキを食べてないのに朔の甘さだけで胸やけしそう。

でも、嬉しいって思っている自分が一番、重症である。
「おいしい。
 …このケーキってお店の味ではないよね」

ケーキを一人で食べてしまうのは心が引けるので、僕も恥ずかしいけど朔に食べてもらうために口元に運んで食べてもらった。
食べ終わって朔の膝の上にいるまま、まったりしていると、朔が
「央、落ち着いて聞いてくださいね。

 央が入院している間に、実はこのあたりの小学校から大学までの生徒に痴漢被害の調査をしたんですよ。
 そして、結果被害が男女関係なく起こっていることがわかりました。
 その中でも、特に男子の被害が深刻で被害者だと名乗ることすらできずにいる人がかなりいました。


 教職員の中にも被害者がいたのです」

一瞬、氷ついてしまった身体を落ち着かせ、朔の手を触りながらじっと、目をみて聞く。

「今の時代、被害者を痴漢が情報として共有するケースもありました。
 なので、こちらも使える手段は選ばず啓発活動を行っています。
 すごいもので、拡散力って力になるんですね。
 この活動の成果はまだわかりませんが、確実に、通勤通学で被害にあわないよう周囲も注目していくでしょう」

そうだったんだ…僕だけじゃないのか。
悩んで苦しんで怖い思いをしたのは一人ではなかった。

「朔、ありがとう。
 この話、本当はしたくなかったでしょう。
 僕のためにありがとう。

 怖くないとは言えないけど電車を利用できると思えるようになるといいな。
 …ずっと、悩んでたんだ。

 どうして、僕は何もしていないのに、痴漢に合うんだろうって。
 全くの知らない人間からされるんだもん。
 こんな僕を大切にしてくれる朔には感謝だよ」

朔の体に抱き着いて気持ちを伝える。

「央、こんなって自分の価値を下げるような表現は認めませんよ。
 私にできることならどんなことでもしますよ。
 
 また学校が始まっても一緒にいましょうね。

 そのためにも、目をもっと回復できるといいですね」

抱きしめ返してくれる朔の手は温かい。
そうだ、後ろ向きの考えばかりでは先に進めない。
朔には本当に一歩を踏み出すための言葉をいつももらってばかりだ。

朔の顔をみてニッコリ笑って静かにうなずいた。
そして、自然と唇が重なっていた。

その日最後のキスは、唇に残っているケーキの甘さと少し開いた瞳から見える朔の奥に吸い込まれる光の渦のように思えた。



どこか夢ごこちのクリスマスイブを過ごして、翌日、視力の霞は残るもののいい変化があったため、一度、藤咲家に顔をだす。

この道を歩いてきたときには自分は暗い場所を歩いているようだった。
それが、霞が残るものの朔とこうして歩いていくことができる。
自分の家に帰るのに、なんだか照れてしまう。
玄関で朔に尋ねる

「ただいま。
 でいいよね」
ニッコリ笑われ
「そうですね、言わないとお父さんは泣きそうですよ」
「?」
インターホンを押して玄関のドアを自分で開ける。
「…ただいま!」

慌てて走ってくる父さん、その様子を呆れながら見ているお母さんの姿を見る。
「ただいま、お父さん、お母さん」
「桐嶋君もいらっしゃい、さぁ、上がって!」

リビングで話をするため、朔の隣に座る。
その様子を静かに見ている妹がいるのに気づいた。
「よかったね。
 やっぱり家にいるより、気分転換になったみたいね。
 …桐嶋さんに感謝しなさいよ」


まだ完全ではないので完治ではないが状態が改善に向かっているのと、体調も良くなってきている。
睡眠もとれるようになってきているので、朔の家に年が明けるまでいるように伝える。

「お正月の用意とか何か手伝ったほうがいいかしら」
「食べるものは知人に頼んでいて用意できる手配はしています。
 
 普段の物は央さんと一緒にしています。
 …普段しているだけあってアドバイスもためになります。

 あと、年が明けると進路の話が出てくると思いますのでその話もしたいですね。

 それに、もし可能であるならこのまま一緒に住む形…」
「朔、僕はそこまで厚かましいことは考えたことないよ。
 時々、お泊まりしたりできるからいいでしょ?
 進路だって同じとは限らないし。
 自分のやりたいことがあるならまた、ゆっくり話を聞かせてよ」

僕にもいろいろと、これからのことなどを考えてるんだ。
視力の改善がこのまま進むと、希望してる進路にも向かっていくことができる。
自分で極めたいと思ったことだ。

諦めることなどできない。

家族と久しぶりに会っても朔と話をすることの方が多く、みんなそのやり取りを聞いて見守ってくれていた。
「年が明けたら学校が始まるまでに病院に行って検査や診察はうけておくようにね。
 じゃ、困ったらまた帰っていらっしゃい」

さっきの話で出た、将来のこと。朔は将来、どんな仕事につくのだろう。


藤咲家からの帰り道、いつも使っていた駅に立ち寄ることにした。
「焦ってはいけませんよ。
 無理せずいつでも一緒に着いて行きます」

久しぶりの駅には、痴漢被害の実情、予防などの啓発活動のポスターなど見たことのない掲示物が目に付いた。
朔の話を聞いて興味を持っていた。
朔がそばに居てくれるだけで何も心配はない。
「スゴいね。
 …これって全国にも広がってるんだね」

朔のマンションの部屋まで帰ってきてソファに座る。
落ち着かなく朔の膝の上に乗ってマッタリとする。
「何も特別な事をしてないんだけど、疲れた…」

頭を朔に撫でられながら呟いてみる。
「ふふふ。
 久しぶりの外出になりましたし、まだ、視覚も完璧とは言えませんからね。

 知らないうちに気を張ってたのでしょう。

 ゆっくり休んでください。
 今日は予定にない、駅にも寄りましたからね。
 頑張りましたね」

あぁ。

結局、このマッタリとした空間で眠気を引き出され気づいたら膝枕の住人になっていたのだった。



クリスマスが過ぎ、街中は一気に年末の忙しさで買い物に行くときの人の動きも忙しない様な気がする。


朔の住んでいる部屋は日頃から綺麗にしているおかげか、年末だからと掃除をすることもなく、のんびりと過ごすことができていた。
朔の申し出により、学校まで行ってみることにした。
駅の改札を抜けて電車を待つ。
「どうしても一人で乗る場合は、周りの人間の様子を観察しておくのも予防の一つだそうです。
 本やスマホなどで自分のことに集中して周りに痴漢が寄ってきているケースも多いようです。

 央は音楽も本を読んだりとか電車の中であまりしませんね」

「うん。
 それは絶対に隙ができるからね。
 僕は窓から見える景色を見ているんだけど、それでも遭うんだよ」

「そういう場合、人が多くいても無理やり場所を変えることや、知人を見つけたふりをして一人ではないことをアピールするのも作戦の一つのようです。

 利用する時間を変えるもの有効です」

「…そんなことをしないと乗れない電車って…時間をずらして見ようかな」
「そうですね、時間を変えるのが簡単でしょうね」

今日乗る電車の時間は混雑する時間帯ではないので人と密着することはない。
久しぶりの電車の走るときの音、車内アナウンスの音。

でも一番、心の奥で閉じ込めてた本音、朔がそばにいる。


電車が学校近くの駅に停まり降りる。
改札を出て、学校まで続く道を二人歩く。
「…央?大丈夫ですか?」

歩いてきた道を振り返り僕はじっと見る。歩みも止まっていた。

「朔…電車に乗れた。
 それも嬉しいけど、一番うれしかったのは、朔がそばにいてくれることかな。
 イベントで忙しかったもんね。
 それでも、どんなに遅くても一緒に帰ってたら違ったのかもしれないね」

どんなにその時の判断を悩んで選択しても後悔しても遅い時はあるものだと、僕たちは知っている。
そうして同じ間違いを繰り返さないように学んでいくんだと思う。

「少しは今回のことで学ぶことがあったのかなって」

朔は、僕の感傷気味の言葉を否定することなく、ずっと聞いてくれた。

「そうですね、央は我慢をしすぎないようにすることと、悩んでいることは私に話すことを学びましたね。
 おかげで私は役得です」

僕の手をつないで学校の方向に歩みを再開させる。
「朔、手。
 …つないでたら変な目で見られるよ…」

私服姿で歩いている男子2人。
学校の方向へ手をつないで歩いている光景って。

「気にしませんよ。
 央はまだ、視界が完全には戻ってないんですから。
 私は転ばないようにしているのです」

結局、ずっと繋いだままだった。
学校について冬休みでも部活で登校している生徒もいて久しぶりのにぎやかな場所に来た。

職員室に行き、生徒会担当の先生と担任の先生に挨拶をする。

冬休みの課題なども日頃の復習と進路について考えることと、易しい配慮のものだった。
ずっと気になっていた生徒会の役だが、保留のまま藤咲 央の名前は生徒会役員の名前に残っている。
生徒会役員の仕事は冬休みの間、3年生の引継ぎや来年の候補者選択の資料集めなどをするのが毎年のことではあったが、今年は冬休み前に行われた新規イベントの影響で年明けからになっている。

久しぶりの学校だから少し校内を散歩して心配している生徒に元気な顔を見せるようにと言われた。

先生と話を終えて部屋を出ようとドアの付近を見ると廊下のあたりが騒がしい。
曇りガラスのためハッキリとは見えないが、かなりの人数がいるようである。

「あぁ、もう遅かったみたいだな…」

担任がそう呟いて
「央、驚くと思いますよ」
「?」

不思議な顔をしながら央はドアを開けた。
「「「藤咲さん!!」」」
「!!!!」

そこには、部活のユニフォームのままの生徒、制服姿の生徒もいる。
みんな、央の姿を見たと聞いて集まってきた人ばかりである。
「みなさん、お気遣いありがとうございます。
 まだ、完全ではありませんが、徐々に戻ってきています。

 新学期からもよろしくお願いします」

まさか、こんなにも自分のために集まってくれるとは思っていなかった央は思わず、涙がでてきていた。

「「「!!!!!」」」

央の近くにいた人間はその様子に一瞬、息をのむ。

藤咲 央が泣いた…

元々色白の儚げな印象に加え、その目元に溜まっていく涙を我慢しようと唇に赤みが差し、色っぽい。
その様子に気づいた朔がバッと央を隠し、
「みなさんの気持ちは藤咲くんにも伝わりました。
 ありがとうございます。

 ただ、人数の多さに驚いたようです。
 部活の途中でしょう、顧問が怒ってますよ」

その声を聴いて、慌てて自分の場所に戻る姿が見え、騒がしかった廊下も一気に静かになった。

「もう、顔を出さなくて済んだな」
「では、私たちは少し落ち着いたら帰ります。
 …先生、ありがとうございました」

廊下を歩き、周りに誰もいないところまでいく。
朔が振り向き央の顔をみる。

「…大丈夫ですか?」

「さっきはありがとう。
 …思わず涙がでちゃった…」

・・・

朔は央の様子を見ながら何か言いたそう…

「ん?
 …何?」
・・・
・・
朔はいろいろと考えているような複雑な表情で

「…いいえ。
 帰ったらお話しましょうね…」

今度はこちらが複雑な表情をしてしまった。
人が多くならないように電車の時間を考えて学校を早めに出て、朔の家に帰る。
途中、必要なものを買うため待ち合わせをして各々に用事を済ませる。
少し早めに終わったので待ち合わせの場所で待っていると、

「藤咲 央くんですよね」

目の前には知らない学校の制服を着た女の子がいた。
彼女は、こちらをニタニタとみている。

…まただ。今日はまだ、一人だからいいけど、集団とかで来る時があるのは恐怖である。

じっと顔を見るが、知らない人である。
少しキツメの対応だが自己防衛のひとつ。

「?
 違いますよ。
 よく、間違われるんですが、迷惑ですよ」

「え!!うそ?!ごめんなさい。」


心臓がドキドキする。

知らない人から名前を呼ばれるなんて不愉快。
慌てた様子で朔がやってくる。
「央!?顔色が…」
「うん、また知らない人に声をかけられた。
 名前を呼ばれて、あまりにも気持ちが悪いからずっと、考えてた方法をとってみた。
 …そしたら、ごめんなさいって行っちゃった。

 …これって撃退かな?」


「どんなことを言ったんですか?」
「名前を呼ばれたから、違いますよ。って。
 …よく間違われるので迷惑です。って言っておいた…」

!!!

朔は驚いた様子で
「クスクス。
 本人かどうかもはっきりとわからないのに声をかけてくるんですよね。
 いいと思いますよ。
 …その返し方は時々、私もします。
 それにしても、油断できませんね」
小さく頷き、朔の目をじっと見つめる。

朔も気づく。
「朔、早くお家に帰ろう…」

央の消えるような声、でもそれは確実に朔に聞こえていた。
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