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1巻

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「ふぅ……気持ちいい……」

 湯気と一緒に立ちのぼ芳醇ほうじゅんな香りに包まれて、うっとり目を閉じる。そして手を上に伸ばして、バキバキになった肩を回した。
 思い起こせばここ数日、持ち帰った仕事の処理でろくに寝てなかったんだよね。スマホのアラームを目覚まし代わりにした細切れ寝だと、夢を見る暇もありゃあしない。

「うわー、すっごい肩ってる。今こそシルヴェスタのマッサージが必要だよ。あーあ……っぱいに埋もれたい……な……」

 突然襲ってきたあらがえない眠気に、いけないと思って頭を振る。
 そしてお風呂を出ようと湯船の縁に手をかけて――私の記憶はここで途絶えた。



   第六話 突然の侵入者 シルヴェスタ視点


 私の名前はシルヴェスタ・ヴェアヴォルフ。
 ヴェアヴォルフ伯爵家の嫡男ちゃくなんとして生を受けた私は、幼い頃から厳しく剣技や体術を叩き込まれ、我がカリネッラ皇国に尽くすことを己の誇りとしてきた。
 そんな私が有り難くも皇国騎士団長を拝命して、かれこれもう十年以上になる。以来私は騎士団長として、己の職務に身を尽くしてきたのだが……
 あれは今から三か月ほど前、私の前に突然不思議な侵入者が現れた。


 その日の朝、私は鏡に映る自分の顔を見て眉間にしわを寄せた。頬に残る鮮明な朱色は、どう見ても小さな手のあとのように思える。

「やはり、あれは夢ではなかったのか……」

 上からなぞった朱色は、かすかな痛みと共に昨夜の記憶を呼び起こした。


 昨夜、奇妙な息苦しさを感じて起きた私の目に、見慣れぬ黒髪が飛び込んだ。
 警戒しながら慎重に視線を下に向けると、私の呼吸に合わせて上下する小さな身体が見える。その身体の大きさと重さからして、まだ年の若い少年ではないかと見当をつけた。
 ここカリネッラ皇国には二つの騎士団が存在する。
 白の騎士団と呼ばれる貴族の子弟が所属する近衛騎士団と、黒の騎士団と呼ばれる叩き上げが所属する皇国騎士団だ。
 城を挟んで東翼と西翼にわかれるそれぞれの騎士団寮舎は、中の造りがまったく同じだ。故に慣れない新人が、西と東を間違えるのはよくある話だった。
 大方こいつもそんな所だろうと様子をうかがっていると、しばらくして目を覚ました少年は物珍し気に私の胸を触り、なにが嬉しいのか無邪気に顔をほころばせた。
 こいつは自分が話している相手が皇国騎士団の鬼と呼ばれるシルヴェスタ・ヴェアヴォルフだと理解した時、一体どんな反応をするのだろうな。
 ニヤリと笑って少年を組み伏せ、服を脱がしにかかったのだが――
 パンッ、と乾いた音が部屋に響く。
 頬に走る熱より強い衝撃を受けたのは、泣くのをこらえて眉根を寄せた少年、もとい娘の表情。
 そのうるんだ黒い双眸そうぼうに目を奪われた次の瞬間、娘は忽然こつぜんと姿を消し、残された私はしばしの間、呆然と自分の右手を見つめることになった。

「アレが……なかった……」


 翌朝いつも通り執務室に入った私を見て、団長補佐の文官イアンは目を丸くした。

「……団長? その顔はどうされました?」

 その隣で両足を机の上にのせて椅子に座りニヤニヤと気にくわない笑みを浮かべるのは、皇国騎士団副団長のマットだ。

「お前の顔にそんなあとを残すなんざ、相手はよっぽど怖いもの知らずだな。で? どこのどいつとやりあったんだ?」
「これは……そんな代物しろものではない」

 私はマットをじろりと一瞥いちべつし、自分の椅子に腰を下ろした。

「じゃあなんだ、一方的にお前がやられたってのか? カリネッラ皇国の守護神と呼ばれるお前がか? おいおい冗談だろう」
「……女だ」
「はあ? 女!?」
「ああ」

 ぽかんと口を開けるマットの横で、手にしていた書類を机に置いたイアンは銀縁ぎんぶち眼鏡の細いつるを指で押し上げた。

「それはまたなんとも度胸のある女性ですね。しかし団長ともあろう方が、一体なにをして女性をそこまで怒らせたのですか?」
「それは……私が悪かったのだ」

 あの時アリサと名乗った娘は組み敷いたベッドの上で頬を赤らめ、泣きそうな顔をしていた。
 無理やりまくり上げた服の下から現れたのは、余りにも細い身体だった。
 だが、あろうことか私はそれを見て貧弱な身体だと鼻で笑い、全身をくまなく触って所持品の有無を確認したのだ。
 薄く膨らんだ胸の双丘そうきゅうに、腰から臀部でんぶにかけての曲線、そしてやわらかくしなやかな太腿ふともも……私はなぜ少年だと思ったのか!
 あの時アリサは抵抗らしい抵抗もせず、私の手の動きに合わせて身体を震わせていた。
 無抵抗な女性を相手に、なんということを……!
 思わずギリギリと奥歯を噛みしめる私に、二人は驚いたように目をみはった。

「いやいやちょっと待て。シルヴェスタ、お前その女性に一体なにをしたんだ?」
「ううむ、それは……」
「どちらの御令嬢ですか? それとも商売の女ですか?」
「彼女は断じて商売の女などではない! ただ、その……、髪が短かったので少年と間違えてしまったのだ」
「お前、そりゃあ相手が怒ってもしょうがないだろう」
「それは確かに怒るでしょうね」
「ああ。しかも無理やりまさぐって身体検査までしてしまった」

 私が大きく溜息を吐くと、マットとイアンはガタガタと大きな音を立てて勢いよく立ち上がった。

「おい、無理やりってお前! そいつはやばいじゃねえか!」
「しかも身体検査とは、つまりあれですか? 強引に身体をあばいたということですか?」
「……二人共、なにが言いたい」
「いやだからよ、お前は最初その女を男と間違えたんだろう?」
「ああ」
「で、いろいろいじくって身体検査をした結果、女だとわかったと」
「ああ」
「そんでそんなにあとが残るほど強くひっぱたかれたってことはよ、それだけのことをしでかしたってことだよな?」
「その通りだ」
「つまり、お前……っちまったのか?」
「はあ!?」
「ああくそ、鈍いな! つまりはお前のデカブツをぶちこんだのかって聞いてんだよ!」
「あんな若い娘を相手にそんなわけあるか! 大体、彼女はすぐに私の目の前から消えたのだ! そんな行為に及ぶ暇などなかった!」
「消えた? 消えたってどういうことだ!?」
「言葉の通り姿を消したのだ! どうやってかは私が聞きたいくらいだ!」
「お二人共、ちょっと落ち着いてください」

 大声で怒鳴り合う我々の間に、イアンが割って入った。

「そもそも団長は、昨夜遅くまで私達と一緒にこの部屋にいましたよね? そのあとは真っ直ぐ自室に向かわれたはず。一体いつどこでその女性と会ったのですか?」
「それが……不思議なことに、気が付いたら私の上で彼女が寝ていたのだ。そして私を叩いたあとは、突然姿を消してしまった」
「……なんだそういうことか、ったく馬鹿らしい」

 あきれ顔でマットはふたたび椅子に座り、大きく足を投げ出した。

「そりゃあれだ、お前の夢だ。妄想だよ、シルヴェスタ」
「そんなはずはない! アリサはあんなに温かくやわらかかったのだ。あれが夢であるはずなどない! それに、この頬だって……」

 思わず大声を出す私に、イアンが言いにくそうに声をかけた。

「もしかしたら寝ている間にどこかに顔をぶつけて、それでそんな夢を見てしまったのかもしれませんね」
「だがしかし……」

 ちらりと私の顔に視線を走らせたマットは、なにか考え込むように腕を組んだ。

「まあだがよ、夢でよかったよ。団長室に侵入者だなんて洒落になんねえぞ? 何事もなくてよかったじゃねえか」
「そうですよ。もしその女性が実在する人物であるならば、団長の命を狙う暗殺者であった可能性もあるのですから」
「いや、彼女はそんな女性ではない」

 私の胸を触り、嬉しそうに顔をほころばせたアリサ。
 組み敷かれたベッドの上で震えていたアリサ。
 そして、潤んだ瞳で私をにらんでいたアリサ……

「……私は彼女を泣かせてしまったのだ」
「シルヴェスタ、お前……」
「団長……」

 あれが夢や幻のたぐいであったなど到底考えられない。
 それにたとえ夢であろうと、女性を泣かせてしまったのは確かなのだ。
 私は机の上に置いた両方のこぶしを、強く握りしめた。



   第七話 謎の女と騎士の誓い シルヴェスタ視点


 騎士団長の仕事は、そのほとんどが団長決裁が必要な膨大な量の書類の処理である。
 執務の合間に部下の鍛練たんれんに立ち会うこともあるが、若い時のように疲れきるまで身体を動かすことは滅多めったにない。
 ――だがあの日以来、私は積極的に鍛練たんれんに参加していた。


「おいそこ! よそ見をするな!」
「はいっ!」
「おら! 団長が見てるぞ! 腹の底から声を出せ! 力を入れて、しっかり剣を振れ!」
「はい!」

 騎士達に交ざり剣を振る私をちらちらとうかがう若い騎士達に、すかさず上官が叱咤しったする。
 まだ若い、いや幼さの残る顔立ちは新人か見習いだろうか。色のせていない騎士服が、いかにもそれらしい。
 その中の茶色い髪をした男に、ふと黒髪の娘の面影が重なった。


 ――あれから手を尽くして調べたが、結局あのアリサという娘の身元は一切わからなかった。
 この国では黒目黒髪の人間は極めて珍しい。故に娘の身元は簡単に判明するだろうと踏んでいたが、城内はおろか城下町でも、黒髪の娘の情報は上がらなかった。
 残念だがマットの言う通り、やはりあの娘は私の夢だったのだろうか……
 無意識にかつて手形があった頬をでていたことに気が付いた私は、頭を振ってふたたび剣に意識を集中させた。


 その夜、私は嫌な夢を見た。
 仰向けで倒れた私は金縛りにかかったように動くことができず、固まった身体は末端から徐々に冷たくなっていく。
 まとわりつくような重みを振り払おうと、無理やり意識を覚醒かくせいさせる。するとあの時とまったく同じに、私の呼吸に合わせて上下する小さな身体が視界に入った。

「お前は……!」

 咄嗟とっさに触れた髪が、サラリとてのひらから逃げる。
 その確かな感触に安堵あんどした私は、大きく息を吐いて娘の頭をでた。

「……やはり私の夢などではなかったのだな」

 胸に顔を押し付けすこやかな寝息をたてる娘は、どうやら深く寝入っているようだ。
 少年のように短いが、手入れの行き届いた艶やかな黒髪。白く滑らかな指先に、磨かれた爪。そして珍しい細かい織りの布でできた、初めて見る丈の短い服……。そのいずれもが、彼女がかなり高い身分の人間だろうことを示唆しさする。
 彼女は外部から侵入したわけではない。そんなことをすれば見張りの騎士が異変に気付くだろうし、真っ先に私が気が付く。
 ならば、どうやってここに侵入したのか、なぜ私の身体の上にいるのか、疑問は尽きない。
 一体このアリサという娘は何者なのか……?

「ん……」

 身体の上でもぞもぞと動き始めた娘に目をやると、短いスカートからあらわになった足が、私の太腿ふとももの間を割るように絡みつくところだった。
 徐々に剥き出しになる娘の膝が、じりじりと上へ移動する。このままでは私の危険な領域に触れるのは、間違いない。
 仕方なく私は娘を起こすことにした。


「おい、起きろ。いや、頼むから起きてくれ」
「……ん……」

 何回目かの呼びかけで、黒い睫毛まつげ縁取ふちどられたまぶたがゆっくりと開く。なにかを探すように私の胸をいじる小さい手を捕まえると、ようやく娘の黒い双眸そうぼうが私の姿をとらえた。
 ――その後、目覚めた彼女から話を聞いたところ、アリサは奴隷として毎日深夜まで働かされ、自由になるのは夜の短い間だけだと言う。
 自分は生贄いけにえにされる身、今この時だけでも自由にさせてほしいと、泣くのをこらえるかのように私の胸に顔をうずめる。気が付くと私はアリサの細い身体を抱き締めていた。
 なんということだ! この国に、いまだに人間を売買する卑劣なやからが存在するとは! しかもこんなに若くてか弱い女性を生贄いけにえにするなど……許せん!!
 しかし奴隷から解放してやるという提案に、アリサは悲しげに首を横に振る。
 詳しくは語らないが、話の内容から、どうやら家族か仲間を人質にとられているのだろうと、察せられた。
 クソッ、どこまで卑怯な真似を……!

「それではお前一人が犠牲になるではないか!」

 だが、つい怒鳴ってしまった私に、アリサは静かに首を横に振る。
 どこかあきらめたような表情に私が一人深くいきどおりを感じていると、腕の中でなにやら考えていたアリサは顔を上げ、はかなく微笑んだ。
 だから私は言ったのだ、なんでも願いを叶えてやりたいと。

「……ねえ、願いを叶えるってなんでもいいの?」
「ああ、もちろんだ。カリネッラ皇国騎士団長シルヴェスタ・ヴェアヴォルフの名にけて、アリサの願いを全力で叶えると誓おう」


 見慣れたベッドの上に、細い手足を投げ出したアリサが無防備に横たわる。
 けるほど薄い白いシャツに、膝までしかない短いスカート。さらさらとシーツに零れる黒髪から見える白いうなじは折れそうなほどに細く、あらわになった白いふくらはぎと相まって妙になまめかしく見える。

「シルヴェスタ……お願い」
「あ、ああ、わかった。だが無理だと思ったら、すぐ言ってくれ」
「ん……」

 アリサの願い、それは疲れた身体をほぐしてほしいという、なんともつつましいものだった。
 特に肩が痛いと言って、こちらに向けた背中に触れた途端、私は思わず嘆息たんそくした。
 石のように固まった肩と背中、そして腰。一体なにをどうしたら若い女性の身体がこんなにもり固まるのか、見当もつかない。
 せめて身体の痛みくらい、なんとかしてやりたいものだ。そう考えた私はごくりとつばを呑み、慎重に細い首に手を置いた。
 注意深くてのひらで首筋を包み、下から上へとゆっくりと手を動かす。生え際の所で、ピクンとアリサの身体が震えた。

「あ……ん、シルヴェスタの……おっきい……もっと、もっと強くして……」
「だが、これ以上力を入れては、お前の身体が」
「いいの……お願い……あっ、あっ、そこ、そこだめっ」

 びくびくと身体が震える箇所を重点的にほぐしたあとは、両肩と、そして背骨に沿って背中のった場所を探す。
 不自然に固くなった筋をてのひらの付け根で押すと、痛みをこらえるような苦しげな息が赤い唇から漏れた。

「シルヴェスタ、痛いよ……優しくして……」
「ああ、すまない。……これでどうだ」
「んっ……あっ、そこ、気持ちいい……ね、もっと、もっと下も……触って」
「下……か、いいだろう」

 眼下にあるのは、まろやかに盛り上がるやわらかそうな臀部でんぶ
 その上のくびれをりょうてのひらで押し、中央から外へと手を滑らせると、面白いようにアリサの細い身体が跳ねた。

「あ……ん、シルヴェスタ、そこ……!」
「そうか、ここがいいのか。ではもっと気持ちよくしてやろう」

 腰のくびれをつかみ、両方の親指で背骨を挟むようにぐっと手に力を入れる。そして腰から首に向けて一気に指を滑らせた。

「や、それ、だめぇ!」
「我慢しろ。慣れればすぐによくなる」
「でも、でも……あっ、んん!」

 何度もその動作を繰り返す。やがて緊張していた身体から力が抜けていくのがわかった。
 てのひらの熱がひんやりと冷たかった肌に移り、まるで溶けるようにアリサの身体がやわらかくなっていく。
 そしてそれと同時に己の下半身の一部が意図せず熱を持ち始めるのを、私は否応いやおうなく自覚していた。

「シルヴェスタの……すごい……」
「アリサ、お前は私を試しているのか?」
「ん……試すってなに……」

 アリサは気が付いているのだろうか。
 痛みをこらえて切なげに眉根を寄せる表情も、苦しげな吐息も、手の動きに合わせて震える身体も、そのすべてが狂おしいまでに私を魅了していることに。
 顔を寄せ、立ちのぼる花のような芳香ほうこうを思い切り吸い込んでから、眠りに落ちようとする耳にささやいた。

「……ゆっくり休め。アリサ……」

 やがて静かな寝息が聞こえ始めると同時に、その身体はゆっくりと薄れ消えていった。


 どういうからくりかは、わからない。
 だが普通では起こりえない、なにか尋常ならざることが起きているのは確かだ。
 そしてアリサには助けが必要なのだということも――


 その翌朝、執務室の扉を勢いよく開けた私は、驚いたように顔を上げたマットとイアンに告げた。

「今日の鍛錬は中止だ」
「は?」
「皇国騎士団は第一隊から第四隊まで、特別編成で城下町の捜索に当たる。スラム街はもちろん貴族街に至るまで、徹底的に探させろ。……奴隷商を狩るぞ」



   第八話 乙女の貢ぎ物 シルヴェスタ視点


 その日、執務を終え自室に戻った私は、疲れた身体をどさりとベッドに横たえた。
 まぶたの裏に浮かんでくるのは、ここしばらく私の心を占めているあの不思議な娘の姿だ。
 前回アリサは言葉少なに自分は奴隷だと、生贄いけにえにされる身だと語った。
 その証言をもとに奴隷商の捜索に全力を尽くしているが、今のところ有力な手がかりはつかめていない。
 双眸そうぼうを伏せ、私の胸にすがったアリサ……
 あの悲しげな姿を思い出すたびに、一刻も早く救出してやりたいと気持ちばかりが焦る。

「……アリサ、お前は一体どこにいるんだ?」

 いかにして厳重な警備をかいくぐり、皇国騎士団寮舎の、しかも騎士団長の私のもとに現れるのか。
 そして目の前で身体がき通り、あっという間に消えていく奇怪な現象。
 ……もしやあれは神力と呼ばれるものではないだろうか。
 神力とは女神に与えられた奇跡の力。神殿でもかなり高位の神官、今代では聖者の再来と呼ばれる若き神殿長のみが持つと聞く。
 だが果たしてそんな力を持つ人間が、この世に二人といるのだろうか。
 それではまるで我が国に古くから伝わる、あの伝承と同じではないか。
 そこまで考えて自分の考えに苦笑いした私は、緩く頭を振った。

「ふ……この一件に神殿が関わっているなど……まさかな」


 胸の上にのしかかる重み、そして鼻腔をくすぐる花の香りに目が覚める。
 どうやら少しの間、微睡まどろんでいたようだ。そろりと顔を動かすと、私の胸に顔を押しつけて眠る黒髪の娘が目に入った。

「……アリサ? アリサか?」
「ん……」

 そっと絹糸きぬいとのような艶やかな黒髪をいていると、小さな手がなにかを探すように胸をう。
 やがて目を開けたアリサは、私の手を握り嬉しそうに微笑んだ。

「……どうせなら、シルヴェスタがいい……」
「うん? 今なんと言った?」
「んー、どうせバレンタインにチョコをあげるなら、シルヴェスタにあげたいなって」

 チョコがいかなる物かは知らないが、笑みを浮かべて話す様子はいかにも楽しげだ。

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