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1巻

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   第一話 目が覚めたらっぱい


 目が覚めたら目の前にっぱいがあった。
 なにを言ってるかわからないと思うけど、私だってよくわからない。
 とにかく、今目の前には素晴らしいっぱいがある。うん。それは確かだ。


 うっすらと細かい傷あとが残る日に焼けた肌。その手触りは上質のベルベットのようにしっとりと滑らかで、しかもほのかに香る薄荷はっかの香り付き。
 そんな吸い付くような肌の見事なっぱいに顔をうずめる私は、どうやらこの素晴らしい大胸筋の持ち主の上に横たわっているらしい。
 ああ、まったくなんてけしからん夢だろう! これは最近仕事がトラブル続きで忙しかった私への、神様からのご褒美ほうびなのか? 最高じゃないか!
 そっと息を吐いた私は、指をわせてその膨らみをでた。
 すごい……、なんてやわらかくて弾力のあるみ心地なんだろう……ん? あれ? やわらかい?

「え? どうしてやわらかいの? 筋肉って、もっと硬いんじゃないの?」
「おいよせ、くすぐったいぞ」

 ガツンと腰にくるバリトンボイスがするほうへ視線を移す。どうやら私のベッドは、年齢は三十代後半とおぼしき異国の男性だったらしい。
 短く刈り込んだ赤茶色の髪、男らしい眉の下にあるのは鋭い切れ長の赤い目、すっと通った鼻筋に形のいい唇。そして、その身体はもちろん見事な筋肉でおおわれたダイナマイトボディだ。
 えっ、やだ、身体も声も顔も、私の好みどんぴしゃなんですけど!

「力を入れてない時の筋肉なんて、こんなもんだろう? ほら、これでどうだ」
「うわっ、なにこれすごい! カチカチ!」

 ふわふわとやわらかかったっぱいは、突然その感触を変えた。
 こうなってしまってはもう簡単にむことはできない。仕方なく、カチカチになったけしからんっぱいをひたすらで回した。

「すごい、一瞬でこんなに硬くなるんだ」
「フッ、変な奴だな。男の胸なんぞ触ったところで面白くないだろうに」
「そんなことない。こんなすごい筋肉、見るのも触るのも初めてだから、すごく楽しい」
「ふむ、そういうものか。……では次は私の番だな」
「ふぇっ?」

 いきなりぐるんと視界が反転して、気が付くと今度は私が男の下になっている。
 眉間にしわを寄せた男は、手慣てなれた様子で私がパジャマ代わりにしてる大きなTシャツをまくり上げた。

「ちょ、ちょっと待って、え? なに?」
「待たない。大体お前は問答無用で私の胸をんでいたではないか」
「そっ、そうだけど、そうじゃなくて!」

 パジャマの下は色気のないタンクトップ一枚。しかも実用一点張りの黒。
 こんないい男に見られるなら、せめてもうちょっといい下着の時がよかったのに! 神様はなんて残酷なんだ!

「ほう、これは……」

 現れた色気の欠片かけらもない下着を見てなにを思ったか、男はニヤリと笑うといきなり私の胸をで始めた。

「やっ、なにすんのよ!」
「身体検査だ。お前が怪しい物を所持していないか厳重に調べねばならん」
「やあ、あっ」

 遠慮の欠片かけらもない大きな手が私の胸をで回す。
 わざと焦らすように指がかすって胸の先がとがり始めると、男は意地の悪い笑みを浮かべた。

「フッ、私に触られて感じているのか?」
「あっ……ん、ふぁっ」

 節くれ立った指が、私の身体を縦横じゅうおう無尽むじんい回る。
 ひとしきり胸を触っていた手は脇腹から腰を辿たどり、そして太腿ふとももでる。
 自慢じゃないけど、ここしばらく彼氏いない歴を着々と更新中の私。
 久しぶりの男の肌と情熱的な愛撫で簡単に火が付いた身体は、熱の解放を求めてじりじりと私をさいなむ。

「や、だめ……!」
「ククッ、そんなとろけた顔をして、情けない奴だな」
「……ん、だって……あなた、すごく私の好みだから……」
「シルヴェスタだ」
「しる、べすた……?」
「そうだ。お前の名前は?」
「私は……あんっ、あ、亜里沙ありさ
「アリサか。お前はこの部屋がカリネッラ皇国騎士団長の部屋だと知っていて侵入したのか?」
「カリネッラ……? 知らない……ね、でも待って」

 さっきから焦らすように触ってくれないアソコが、切なくてたまらない。
 私は男の手首をつかんで、自分の下腹部へ誘った。

「お願い、もう焦らさないで、こっちも、ここも触って……?」

 一瞬驚いたように目をみはった男は、次の瞬間、さも軽蔑したように冷笑した。

「なんだ、お前は男娼だったのか。なるほど、それなら他にやりようがあるな」
「……は? だんしょうってもしかして……男娼!?」

 ちょっと待て。お前あれだけ人の胸を揉んでおきながら、それでもまだ男だと間違えるなんて、ひどくないか?
 大きな手が私の股の間をいじったのと、『男娼』の言葉に反応した私が身体を起こしたのは、ほぼ同時だった。
 そしてその直後、紅い瞳が大きく見開かれるのと同時に、私は渾身こんしんの平手打ちを男の頬に叩きこんでやったのだった――


 翌朝けたたましいスマホのアラームで目を覚ました私は、さわやかな朝の光の中、胸をおおう自分の手に気付き、大きく溜息を吐いた。

「やっぱり夢、か……」

 盛りのついたガキじゃあるまいし、夢で発情して、起きたら自分の胸をんでたなんて悲しすぎる。しかも夢の中で男と間違えられてたし……

「……まあでも好みのいい男だったし、っぱいはしこたまんでやったからよしとするか」

 大きく伸びをしてベッドから出た私は、そのまま寝室をあとにした。
 だからシーツの上に残された一本の赤い髪の毛に気が付くのは、もう少し先の話。



   第二話 癒しのビールと筋肉とマッサージ


 あの妙にリアルな筋肉の夢から数週間後。その日いつものように遅い時間に帰宅した私は、上着を脱ぐとすぐにビールのプルタブを上げた。

「……ったく、やってらんない」

 二十六歳独身OL、お一人様歴を無事更新中の私。
 こんな金曜の夜に予定がないのも、いつも静まり返った広いオフィスで一人残業しているのも、十時に施錠に来る警備員さんに申し訳なさそうに追い出されて帰るのも、いい加減慣れたけどさ。
 ……あとはやっておくからなんて、物わかりのいい先輩のフリして引き受ける私が悪いんだけどさ。
 からになった缶をテーブルに置くと、カンッと乾いた音が狭い1LDKの部屋にやたらと大きく響いた。

「疲れた……」

 ご褒美ほうびと称して買うちょっといいビールも、身体にいいといううたい文句の色鮮やかなサラダも、った名前のコンビニスイーツも飽きた。こんなのちっとも私を癒してくれない。
 私がほしいのはもっとこう、確かな温もり――そう、筋肉だ。


 二週間くらい前の夢に出てきたあの男。人のことを「男娼」だなんて失礼極まりないが、だがしかしあいつはいい筋肉を持っていた。
 不敵な笑みを浮かべた男臭い顔つきも、無駄のない筋肉質な身体も、かすれ気味の低い声も、すべてが私の性癖ドストライク。
 あのしっとり滑らかな筋肉に包まれたい。
 ぶっとくてごつごつした腕で、息が詰まるくらい強く抱かれたい。
 綺麗きれいに割れた腹筋の上に身体をゆだね、けしからんっぱいに顔をうずめて心ゆくまで眠りたい……


「……い、おい」
「……んー……」
「おい、起きろ、いや、頼むから起きてくれ」
「……ん?」

 私を呼ぶ低い声に目を開けると、視界に入ったのは日に焼けた肌のなだらかな丘。
 まさぐるてのひらに感じるのは、まぎれもなく私が知るあの至福のみ心地。ということはつまり――

っぱい……」
「おい」
「……相変わらず、けしからんこのやわらかさ。大体、女の私の胸より大きいってどういうことさ」
「おい」

 やんわりとっぱいをみしだく手を上からつかまれて、もう片方の大きな手が頭をおおう。
 てのひらの動きにうながされるように上を見たら、眉間にしわを寄せる例の失礼な赤毛の男と目が合った。

「……あんた、ええと……確か……シルベスター」
「……だ」

 シルヴェスタは眉間にしわを寄せたまま、深く溜息を吐いた。

「お前は一体何者だ? この間といい今日といい、どうやってこの部屋に入ってくるんだ?」
「ん?」
「いや、そんなことより、この私が気が付かないうちに身体の上にのるなどと、お前は本当に……」
「うるさい」

 私もシルヴェスタにならって眉間に力を入れ、盛大に溜息を吐いた。
 この部屋にどうやって入ったとか、このシルヴェスタという男が騎士団長だとか、そんなことはどうでもいい! 大事なのは今、目の前にある筋肉なんだよ!

「……私には癒しが必要なの」
「癒し?」
「そう。毎日毎日、深夜まで奴隷のように働かされて」
「なっ! 奴隷だと!?」
「周りの仲間は見て見ぬふり。……きっと私は都合のいい生贄いけにえなのよ」
生贄いけにえ!?」
「もういいから黙って。私が自由になれるのは夜の短い時間だけ。……せめて今だけは好きなことをさせて」

 はだけたシャツから見える双丘そうきゅうに、私はそっと頬をすり寄せる。
 ああ、このしっとりすべすべな肌触りとやわらかさ……たまんない……
 すりすりとっぱいを堪能する私の頭を、シルヴェスタの大きな手が躊躇ためらいがちにでた。

「……お前、いやアリサ、こんなに小さくて華奢きゃしゃな身体で、しかもか弱き女性だというのに奴隷などと……」
「ふふっ」
「どうした? なにがおかしい?」
「だってあんた、この前私を男だと間違えて、ねちっこく身体をで回したじゃない。しかも散々もてあそんでくれてさ。それを今更か弱い女だなんて白々しい」
「も、もてあそぶなど! いや、だがこんなに髪が短い女性など見たことがなかったし、そもそも騎士団長の部屋に不法侵入するからには、なにか目的が……!」
「下手に取りつくろわなくていいよ。男勝おとこまさりってよく言われるし、男の子と間違われたのも、あれが初めてじゃないから」

 っぱいに顔をうずめて、くすりと笑う。するとシルヴェスタはあきらめたように大きく息を吐いて、太い腕で私を抱き締めた。

「すまなかった」
「んー?」
「前回は随分とひどい態度をとってしまった。アリサはどこも滑らかでやわらかく、そしていい香りがする。こんなに可愛らしい女性を少年と間違えるなど、私はどうかしていたのだ」
「そうだよねー。あれだけ人の身体触った挙句、男娼だなんて。まったくひどい話だよ」
「その通りだ。だからお詫びと言ってはなんだが、アリサの願いを叶えよう。私にしてほしいことはあるか?」
「なによ急に改まって」
「お前が奴隷だというのなら、金を積めば自由になれるのか? いや、それとも奴隷などと非道なことをする奴の息の根を止めてくれようか。……アリサ、なんでもいい。お前の願いを言ってくれ」

 無意識なんだろうけど、背中に回された腕に段々と力が入ってくるのがわかる。
 私の太腿ふとももと変わらないくらいのぶっとい腕で強く抱かれて、背骨がみしりときしんで悲鳴をあげる。
 でもその圧迫感が逆に心地いい。私は分厚い胸板にぎゅっとしがみ付いて、そっと息を吐いた。
 こんないい声で願いを叶えようだなんて言われたら、まるで物語のヒロインにでもなった気分になっちゃうよね。
 ……がらじゃないってわかってるけど、夢だってわかってるけど、それでも嬉しくなるじゃないか。

「……ありがとう。でもいいんだ。うちはそんなにブラックじゃないし、みんな恋人がいたり、子供が生まれたばかりだったり、色々事情があるからしょうがないよ。それにこれは、私が納得してやってることだから」
「それではお前一人が犠牲になるではないか!」
「ふふ、怒ってくれてありがとう。ねえ、願いを叶えるってなんでもいいの?」
「あ? ああ、もちろんだ」
「男に二言はないわね?」
「カリネッラ皇国騎士団長シルヴェスタ・ヴェアヴォルフの名にけて、アリサの願いを全力で叶えると誓おう」

 その答えに満足した私は、思わずニヤリと笑った。

「じゃあね……」


 「あ……ん、シルヴェスタの……おっきい……もっと、もっと強くして……」

「だが、これ以上力を入れては、お前の身体が……」
「いいの……お願い……あっ、あっ、そこ、そこだめっ」

 広いベッドにうつぶせに寝かされた私の身体を、シルヴェスタの熱くて大きなてのひら縦横じゅうおう無尽むじんい回る。
 次々と弱点をあば執拗しつようみしだかれ、私はかれこれ一時間近く圧倒的な力に蹂躙じゅうりんされ続けていた。
 ――日頃から、ひどい肩こりに悩む私。
 一日中PCを見つめるSEなんていう職業柄、目の疲れからくる肩や背中、腰のりで普段から身体はバキバキ。疲れがひどい時は片頭痛を併発するので、普段から痛み止めは手放せない。
 最初はあきれたような顔をしていたシルヴェスタだけど、私の背中を触った途端、その手強てごわさがわかったようだ。
 真剣な表情でりを探す手付きは、力任せのマッサージと違い、絶妙な力加減で首から肩、背中、そして腰を優しく丁寧にほぐしていく。
 ああ、なんてご褒美ほうびだろう! 太い指に似合わない繊細な動きと、的確にりを見つける勘のよさ。そしてなにより、このてのひらの温度がとろけるくらいに気持ちいい。まるでシルヴェスタに愛撫されてるみたい……

「アリサ? 眠いのか?」
「ん……だって、すごく、気持ちいい……」

 そのまま心地よい微睡まどろみに浸ろうとする私の耳に、熱い息と一緒にシルヴェスタの唇が寄せられた。

「お前は私を試しているのか?」
「ん……試すってなに……」
「まったく人の気も知らないで……」

 低くかすれたシルヴェスタの声は、まるで私を眠りに誘う子守唄みたい。
 ああ、今日の夢は最高だ。っぱいも堪能したし、ぎゅってしてもらったし、しかもマッサージ付き。こんなご褒美ほうびをもらったら、月曜からまた頑張ろうって思えるよ……

「……シルヴェスタ……ありがと……ね……」
「……ああ、ゆっくり休め。アリサ」


 やがて深い眠りについた私は知らない。
 この時シルヴェスタがどんなくらい目をしていたとか、子供が見たら泣き出しそうなほど恐ろしい形相をしていたとか、身体中から殺気があふれていたとか、そんなことを。

「……こんなに華奢きゃしゃな身体がボロボロになるほど酷使こくしされた挙句、生贄いけにえなど……。許さん、アリサ、お前がなんと言おうと私は許さんぞ……」



   第三話 プロテインと私


「あー、重かった」

 外出から帰ってきた私は、リビングにあるローテーブルにどさりと紙袋を下ろした。
 袋の中身は見た目も華やかに包装されたチョコレート達。バレンタインを前に、デパートで仕入れてきたばかりの戦利品だ。
 近年はどこのデパートもかなり力が入るバレンタイン商戦。
 この時期だけ来日する有名店の前には長蛇の列ができ、イケメンパティシエの実演販売ブースの前には、黒山の人だかり。
 ショーケースを楽しげにのぞき込む女性のグループを避け、間違いなくカップルだろうリア充共をかわしながら、私は一人お目当てのブツを探して、いくつものブースを回る。
 くそう、みんな楽しそうだな! せめてこれが本命チョコだったらよかったのにな! 全部義理チョコとか悲しすぎるよな!
 重いコートとジャケットを脱いで床に座り、テーブルに頬杖をついて溜息を吐いた。
 これでも昔は人並みに彼氏だっていたんだ。
 大学のゼミで知り合った彼とは、あと少しで三年目を迎えるところだった。でも仕事と環境の変化によるすれ違いで、気が付いたら自然消滅。

『久しぶりの約束だったのに、また仕事でキャンセルかよ』
『そんなの誰かに頼んじゃえよ。お前ってほんと要領悪いな』
『たまには男に甘えろよ、まったく可愛げがねーんだから』

 デートのたびに残業で遅れる私に、仕事の愚痴ぐちをこぼす私に、いつまで経っても奢ってもらうのに慣れない私に、冗談めかすようにそう言ってアイツは笑ってた。
 でも何気ない言葉の中に、さりげなく本音が混じってるのはわかってた……

「あーあ、あのっぱいが夢じゃなくて現実だったらよかったのに」

 紙袋からチョコレートを取り出した私は、可愛くラッピングされた箱をじっと眺めた。
 思い浮かぶのは、最近よく夢に出てくるあの男。前回の夢は、確か十日くらい前だったか。

「シルヴェスタにあげるなら、やっぱり糖質オフ? いや、チョコじゃなくてプロテインか? それともここは私を召し上がれ的なやつ? でも、いらないって拒否されたら立ち直れないよね…………」

 そんなことを考えながら、いつしか私は気持ちのいい微睡まどろみに身を任せていた。


「……サ、アリサ」
「……んー……」
「おい、起きたのか?」

 気遣うようにささやかれる低い声。そっと目を開けると飛び込んできたのは、もはやお馴染なじみになった豊かな双丘そうきゅう

「……プロテイン……」
「む? プロテイン? プロテインとは誰のことだ?」
「このたくみっぱいを維持するには、やっぱりプロテインチョコ味……」
「アリサ? 寝ぼけているのか?」

 夢見心地のままっぱいに頬ずりする私の髪を、大きくて無骨な手がゆっくりく。
 私を見つめるその表情は、初めて会った時のけんがすっかりなくなって、まるで心配してくれてるみたいに見える。
 ふふ、寝る前にシルヴェスタのことを考えてたからかな? こうしてまた会えるなんて、最高に幸せだ。
 頭をでる大きな手をつかまえて、ぎゅっと握った。

「どうせならシルヴェスタがいい……」
「うん? 今なんと言った?」
「んー、どうせバレンタインのチョコをあげるなら、シルヴェスタにあげたいなって」
「バレンタイン? チョコ? チョコとは一体なんだ?」
「あれ? バレンタインって知らない?」
「ああ。バレンタインとはなんだ?」
「好きな人にチョコを贈る日なんだけど、もともとは聖バレンタインって人がいて、えーっと……殉教じゅんきょうした日? いや、祭りで捧げる生贄いけにえになった日? 確かそんな由来だったと思う」
「なっ……殉教じゅんきょう? もしくは生贄いけにえだと!?」

 突然、素晴らしい腹筋で身体を起こしたシルヴェスタは、両手でがしっと私の肩をつかんだ。

「おい、どういうことだ! 詳しく説明しろ!」
「えっ、詳しくって言われても……ええと、昔はとにかく今は恋人達の日だけど、私みたいに相手のいない奴にとっては、地獄みたいな日で」
「地獄!?」
「うん。お世話になってる人とか、上の人に義理チョコ貢ぎ物を捧げる日になってる感はあるよね」
「貢ぎ物を捧げる? お前はなにを考えているんだ!」
「へ?」

 ひたいに青筋をたて激昂げきこうするシルヴェスタを前に、私は首を傾げた。
 っていうか、なんでこんなに怒ってるの? もしかして過激な義理チョコ反対派?

「いやでもほら、円滑な人間関係を維持するためには必要不可欠っていうか、そういうの大事だよね?」
「だからなぜ、お前が、貢ぎ物を用意せねばならんのだ! もっと自分を大事にしろ!」

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