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第55話 マキナとルナルナ

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 男が逃げるように立ち去ったあと、私は半ば強引に、市場の外れにあるカフェに連れてこられていた。
 強い日差しを遮る真っ白なテントの下には、幾つもの丸いテーブルが置かれる。
 優雅にお茶を楽しむご婦人方に、額を寄せ楽しげに談笑するカップル達。そして物憂げに水パイプを燻らすご老人……。市場の賑やかな喧噪とはうってかわり、ここだけ時間の流れが違うかのような、まったりとした空気が流れていた。
 そんな光景が珍しくてキョロキョロしていると、テーブルの向かいに座った二人は、唐突に私に向かって頭を下げた。

「改めて自己紹介させてほしい。アタシはマキナだ。その……さっきはアンタのおかげで、変なのに引っかからなくて済んだ。助かったよ」
「私はルナルナだよ! マキナは一度思い込んだら、人の話をちっともきかなくなるんだよねー。ほんと、ありがとうね」
「は、はあ、あの、セリです……?」
「これはアタシの奢りだ。遠慮なく食べてくれ」

 目の前のテーブルに所狭しと並ぶのは、見た目も鮮やかなお菓子の皿。一緒に運ばれてきたミントティーのような飲み物は、モルデンでよく飲まれている伝統的なお茶だそうだ。

「あのさ、私、別に大したことしてないから。こんなことしてもらう理由がないんだけど」
「いや、そうはいかないよ。実はアタシ、今回初めてパーティの会計を任されてさ……」

 マキナの話によると、ガストン率いる「野生の牙」のメンバーは五人。リーダーの大斧のガストン、剣士のマキナ、回復役のルナルナ、あとは斥候と魔法使いがいるらしい。そして、なんとメンバーは全員獣人なんだって。

「え? 獣人!? マキナとルナルナも!?」

 この世界の獣人は、外見は全く普通の人と変わらない。ただ、身体能力がずば抜けて高く、種族に特化したスキルを持つって聞いた。
 改めて二人をよく観察してみる。鮮やかな金髪のマキナも、ピンク髪をツインテールにしてるルナルナも、パクパクとお菓子を食べる姿はごく普通の女の子にしか見えない。

「ここだけの話だけどよ、ウチらのパーティは計算が苦手な奴が多くてさ。いつも会計は持ち回りなんだ」
「えへへー、みんな数字が苦手なんだよねー」

 なんでも『野生の牙』はガストン以外の全員がCランク。依頼は討伐系が多く、今まではどんなレアな素材の売買も、全部ギルドに任せていたそうだ。
 だけど、今回始めてマキナに会計に回ってきて、ちょっと考えるところがあったらしい。

「だってよ、ウチらのパーティは結構稼いでるはずなのに、いつもカツカツなんだ。それっておかしくないか?」
「はあ」
「まあ確かに、みんなよく食べるんだよねー。特にガストンなんて熊の獣人だから、食べる量が半端ないんだよ」
「だが、それにしたっておかしいだろう」

 そこで買取屋の相場を調べていたところ、偶然出会ったのがあの男だったそうだ。

「あの男からは、私と同じ猫族の匂いがした。ウチら獣人は一族の血をなにより大切にする。だから、まさか私が騙されるなんて、これっぽっちも思ってなかった」
「もう! 私は最初に言ったのにー! あの男は絶対に怪しいって!」
「へー、獣人の血かあ」

 それを聞いて、私はちょっと納得してしまった。だって、経験豊富そうなマキナがどうしてあんな男を信用したのか、不思議だったんだ。
 ……同じ一族の血かあ。百パーセントあり得ない話だけど、もしここで日本人と会ったら、私だって簡単に信用してしまうかもしれない。

「それにしてもアンタ、すごいな!」
「ん? なんの話?」
「だってよ、あれだけ複雑な計算が一瞬でできるなんて、ものすごい才能じゃないか!」
「そうだよー! 謙遜することないから!」
「いや、待ってよ。あれは単純な計算だし。一応、珠算二級は持ってるけどさ、あれくらいの暗算、誰でもできるっていうか……」

 なぜか目をキラキラと輝かせ、尊敬したような眼差しでこちらを見つめるマキナに、私は慌てて手を振って否定した。
 だって、段じゃなくて級だからね!? しかも中途半端な二級! 
 するとルナルナは、不思議そうに首を傾げた。

「ねーねー、シュザンってなあに?」
「え? 珠算って算盤を使った計算方法のことだけど……、もしかしてこっちに算盤はないの?」

 私の質問に、マキナとルナルナは顔を合わせ、首を傾げている。

「私にはよくわかんないけどさ、アンタはそのシュザンとやらの二級ってことだよな」
「うん、まあそうだけど」
「二級ってことはあ、冒険者ランクでいうと、Bランクみたいなもの? つまり、セリは相当の実力者ってことだ!」
「へ? いや、全然違うと思うけど……」
「だとしら、アタイは前回ずいぶん失礼なことを言っちまったね。謝罪するよ」
「うん。前に会った時は嫌な奴だったよね。ごめんねー?」
「詫びと言ってはなんだが、この先なにかあったらアタイが力になるから」
「うん! ルナルナも力になるよ!」

 そう言ってニコニコと屈託なく笑う二人に、私は思わず苦笑いした。
 この二人は素直っていうか、裏表のない率直な性格なのかもしれないって、そう思った。この間ギルドで突っかかってきたのも、アイザックに対する純粋な義憤だったのかもしれない。
 その時、私はテントに伸びる影ながらずいぶん斜めになっていることに気がついた。

「あ! ごめん、私、このあとにまだ用事があるんだ。もう行かないと」
「待ち合わせだったのか? そいつは悪かったね」
「ううん、大丈夫。特に時間は決めてないし、デュークの店に服を取りに行くだけだから」
「え? デュークの店?」
「うん。そうだけど」

 急に黙り込んでしまった二人は、なぜか気まずそうに目配せを交わしてる。

「なに? どうかしたの?」
「えーっと、そのお……」
「セリ、あのよ……」 
「……?」

 その後、二人から話を聞いた私は、お礼を言って席を立った。
 最後に飲み干したお茶が、お店を出たあとも私の舌に苦い余韻を残しているように感じた。


 ◆◇◆


 肉屋で買い物を済ませた私がデュークの店に着いたのは、もう辺りが黄昏色に染まる頃だった。
 窓からそっと中を窺うと、店内でアイザックとカトレアさんが親しげに話してるのが見えた。

『……あのよ、言いにくいんだが、アイザックの想い人は、カトレア姐さんじゃないかって言われてんだ』
『あの二人ね、昔パーティを組んでたんだってー』
『アイザックがモルデンに来るたびに、デュークの店に顔を出すのは有名な話だ。だから……』

 さっき二人が教えてくれたことが、頭の中をグルグル回る。
 そういえば、この間来た時も、喧嘩ップルっていうか、阿吽の呼吸っていうか、二人はすごく親しげだった。今は付き合ってないかもしれないけど、昔は付き合ってたんだろうなって、そんな雰囲気。
 ……私は単に、カトレアさんに会う口実にされたのかな。それとも嫉妬させるためのあて馬?
 そんなことを考えながらやたらと重く感じる扉を開けると、真っ先に飛び込んできたのは楽しげに会話するアイザックとカトレアさんの声だった。

「……あら、いらっしゃい」
「おうセリ、ずいぶん遅かったな」
「カトレアさん、こんにちは。アイザックも……遅くなってごめん」
「ん? どうした、疲れたのか? 元気がねえな」



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