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第34話 ターシャ
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「改めて自己紹介させとくれ。あたしはターシャ。これは亭主のノートルで」
「おう」
「こっちが娘の亭主のジョナサンだ」
「よろしく」
「わ、じゃなくて僕はセリと言います。ええと、こちらこそよろしく……?」
全ての片付けが終わったあと賄いのサンドイッチを食べながら、私たちは改めて自己紹介をすることになった。
「ははは、お互い名前も知らずに働いてたなんて、おかしな話だよねえ」
豪快に笑う食堂のおばちゃん改めターシャは、かなり気さくで気っ風のいい女性のようだ。
その一方で旦那さんのノートルは無口で無愛想、しかも子供が泣き出しそうな強面のおじいちゃん。
そんな二人に挟まれて座っているジョナサンは、痩せ型の大人しそうな男性だ。今日はいないターシャとノートル夫婦の一人娘、ハンナさんの旦那さんなんだって。
「それにしても今日は本当に助かったよ。あんたがここまで即戦力になるとは正直思ってなかった。さあ、これは今日の報酬だ。受け取っておくれ」
「え? でもこれ……こんなにいいの?」
渡された封筒に入っていたのは、私が提示した通常の依頼料の二割引きどころか、倍はあるだろう金額。私は驚いて顔を上げた。
「遠慮なく受け取れ」
「そうだよ、君がいなかった今日は注文が回らなかったかもしれない。本当に助かったんだから」
「そっかあ……じゃあありがたく受け取ります」
ノートルとジョナサンの後押しに安心した私は、封筒を大切にポケットにしまった。
「へへ、こんなにもらえるなんて思ってなかった。しばらくギルドに行けないから、正直に言うと臨時収入があるのは助かるんだ」
「ギルドに行けないって? アイザックに何か言われてんのかい?」
「……アイザックのこと知ってるの?」
「ああ勿論さ。あたしら夫婦が冒険者だった頃の可愛い教え子だからね」
「え? ターシャとノートルって冒険者だったの!?」
「ああこれでもちょっとばかし名が通ってたんだよ。ねえあんた」
「ああ」
言われてみれば二人ともかなり大柄で、特にノートルは未だに現役でも通用しそうなほど見事な筋肉の持ち主だ。
今でもこの腕の太さなら、若い頃はもっとすごい筋肉だったに違いない。
有名だったというのも納得できる。
「へー、夫婦で冒険者かあ。すごいね」
「そうだよ。うちらはすごいのさ。だからセリちゃんも困ってることがあったらなんでも相談しておくれ」
「え?」
突然の「ちゃん」付けに目を丸くすると、ターシャはにっこり笑った。
「あんたが女の子なのは最初からわかってるよ。ただ男の子の服を着てるから性別を隠してるのかと思ったのさ。どうだい? 違うかい?」
「え……あの……」
「だがよ、一緒に働いてわかったけど、あんたは余り性別を隠す気がないようだね」
「それは……」
私は困って口を噤んだ。確かにアイザックと一緒に過ごすようになってから、ずいぶん気が抜けて油断してる自覚はある。
「セリちゃんにも色んな事情があるんだろうよ。でもね、これといった理由がないのなら嘘をつくのはおやめ。いずれ自分の首を絞めることになる」
「ぼ、わた、し……」
性別を隠しているのは、その方が安全だと思ったからだ。
こんな異世界で生きて行くには、その方が危険が少ないんじゃないかって思ったんだ。
だから自分が嘘をついてるなんて、そんなこと考えたこともなかった。
でも確かにそうだ。
つまり私は周りの人をずっと騙してるんだ……。
黙り込んでしまった私を見て、ターシャは困ったように眉を下げる。
「冒険者なんてみんな訳ありさね。言いたくないことは言わなくていいんだ。あたしも無理に聞くつもりはないよ。ただアイザックはああ見えて信用できる男だ。もっとあいつのことを信じてやっておくれ」
「……はい」
その後の記憶は、あまりはっきりしない。
自分が何を話したとか、みんながどんな顔で私を見てたとか、いつ食堂を出たのかも覚えてない。
気がつくと私はアイザックの部屋で、一人ソファーに座っていた。
「おう」
「こっちが娘の亭主のジョナサンだ」
「よろしく」
「わ、じゃなくて僕はセリと言います。ええと、こちらこそよろしく……?」
全ての片付けが終わったあと賄いのサンドイッチを食べながら、私たちは改めて自己紹介をすることになった。
「ははは、お互い名前も知らずに働いてたなんて、おかしな話だよねえ」
豪快に笑う食堂のおばちゃん改めターシャは、かなり気さくで気っ風のいい女性のようだ。
その一方で旦那さんのノートルは無口で無愛想、しかも子供が泣き出しそうな強面のおじいちゃん。
そんな二人に挟まれて座っているジョナサンは、痩せ型の大人しそうな男性だ。今日はいないターシャとノートル夫婦の一人娘、ハンナさんの旦那さんなんだって。
「それにしても今日は本当に助かったよ。あんたがここまで即戦力になるとは正直思ってなかった。さあ、これは今日の報酬だ。受け取っておくれ」
「え? でもこれ……こんなにいいの?」
渡された封筒に入っていたのは、私が提示した通常の依頼料の二割引きどころか、倍はあるだろう金額。私は驚いて顔を上げた。
「遠慮なく受け取れ」
「そうだよ、君がいなかった今日は注文が回らなかったかもしれない。本当に助かったんだから」
「そっかあ……じゃあありがたく受け取ります」
ノートルとジョナサンの後押しに安心した私は、封筒を大切にポケットにしまった。
「へへ、こんなにもらえるなんて思ってなかった。しばらくギルドに行けないから、正直に言うと臨時収入があるのは助かるんだ」
「ギルドに行けないって? アイザックに何か言われてんのかい?」
「……アイザックのこと知ってるの?」
「ああ勿論さ。あたしら夫婦が冒険者だった頃の可愛い教え子だからね」
「え? ターシャとノートルって冒険者だったの!?」
「ああこれでもちょっとばかし名が通ってたんだよ。ねえあんた」
「ああ」
言われてみれば二人ともかなり大柄で、特にノートルは未だに現役でも通用しそうなほど見事な筋肉の持ち主だ。
今でもこの腕の太さなら、若い頃はもっとすごい筋肉だったに違いない。
有名だったというのも納得できる。
「へー、夫婦で冒険者かあ。すごいね」
「そうだよ。うちらはすごいのさ。だからセリちゃんも困ってることがあったらなんでも相談しておくれ」
「え?」
突然の「ちゃん」付けに目を丸くすると、ターシャはにっこり笑った。
「あんたが女の子なのは最初からわかってるよ。ただ男の子の服を着てるから性別を隠してるのかと思ったのさ。どうだい? 違うかい?」
「え……あの……」
「だがよ、一緒に働いてわかったけど、あんたは余り性別を隠す気がないようだね」
「それは……」
私は困って口を噤んだ。確かにアイザックと一緒に過ごすようになってから、ずいぶん気が抜けて油断してる自覚はある。
「セリちゃんにも色んな事情があるんだろうよ。でもね、これといった理由がないのなら嘘をつくのはおやめ。いずれ自分の首を絞めることになる」
「ぼ、わた、し……」
性別を隠しているのは、その方が安全だと思ったからだ。
こんな異世界で生きて行くには、その方が危険が少ないんじゃないかって思ったんだ。
だから自分が嘘をついてるなんて、そんなこと考えたこともなかった。
でも確かにそうだ。
つまり私は周りの人をずっと騙してるんだ……。
黙り込んでしまった私を見て、ターシャは困ったように眉を下げる。
「冒険者なんてみんな訳ありさね。言いたくないことは言わなくていいんだ。あたしも無理に聞くつもりはないよ。ただアイザックはああ見えて信用できる男だ。もっとあいつのことを信じてやっておくれ」
「……はい」
その後の記憶は、あまりはっきりしない。
自分が何を話したとか、みんながどんな顔で私を見てたとか、いつ食堂を出たのかも覚えてない。
気がつくと私はアイザックの部屋で、一人ソファーに座っていた。
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