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第28話 遅い帰宅

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 外で何か物音がした気がした。
 はっとして振り向くと、そこには閉じたままの扉。
 しばらく待っても静まり返ったままの扉の向こう側に、私は再び洗濯物を畳む作業に戻った。

 ……そういえば昔もこんなことがあったっけ。そんなことをふと思い出す。
 あれは私が体調を崩して学校を休んだ時。
 どうしても仕事が休めないと言って、両親は申し訳なさそうに顔を曇らせる。
「もう大きいから一人で大丈夫よね」
「今日はなるべく早く帰ってくるから」
 時計の音がやたらと響く静まりかえった家で、熱に浮かされた私は一人夢とうつつを繰り返し、物音がするたびに目を開ける。
 もしかしたら心配して帰ってきてくれたんじゃないかなって。
 扉の向こうから今にも声がするんじゃないかって、期待して。
 でも「ただいま」の代わりに聞こえてくる時計の音に、私はまた目を瞑るんだ……。



 ガチャリ、という音がドアの方から聞こえたのと、意識が覚醒したのはほぼ同時だった。

「おお? なんだ真っ暗だな。セリ寝ちまったのか?」

 いつの間にかソファで眠っていた私は、突然の眩しい光に目を細める。するとひょいとアイザックが顔を覗き込んだ。

「悪かったな、すっかり遅くなっちまった。ったく俺はやらねえって言ってんのに、あいつら人の話を聞きやしねえ」
「……アイザック?」
「おう、今帰ったぞ。ってなんだこりゃ、よく見りゃずいぶん部屋が綺麗になってんな! セリが片付けてくれたのか?」

 大きな手が背中に回り、私のお尻を掬って抱き上げる。
 促されるように首に手を回すと、それに応えるようにアイザックの腕に力が入った。

「どうしたぼんやりして。まだ眠いのか?」
「アイザックが遅いから……」
「心配したか?」
「うん……」
「そうか、悪かったな。俺も昼前には帰れると思ってたんだ。一緒に市場にでも行って昼飯を食おうと思って朝早くに出たのによ、こんな時間になっちまった。腹減ったよな?」
「うん」
「一応すぐに食べられるように屋台で色々買ってきたんだが、下の食堂に行くか?」
「屋台……?」
「ああ。何が好きかわかんねえからよ、ほら、これがこの間のククルだろ? こっちは今人気の菓子だとかいう奴で、あとはピタと串焼きと芋の揚げたのと他にも色々買ってきたぞ」

 アイザックが反対の手に抱える袋からは、いい匂いが漂ってくる。そのまま私をソファに座らせようとする気配に思わず腕にしがみつくと、気がついたアイザックは顔を覗き込んだ。

「なんだ今日のセリはずいぶん甘えるんだな。そんなに寂しかったのか? ん?」
「……だって……アイザックに何かあったのかと思って……」

 これじゃまるで小さな子どもみたい。自分でも妙に甘えたい気分が恥ずかしい。
 だからアイザックから顔を背けると、突然耳の近くで低い唸り声が聞こえた。

「あ゛ー……ったくよ……」

 不思議に思って顔を上げると、アイザックはテーブルに袋を下ろし両手で私を抱え直した。

「俺がどんだけ我慢してんのかわかってんのか? それともこれはわざと煽ってんのか?」
「え? なんのこと?」
「なあセリ、相談がある」
「なに……?」
「このままベッドに行かねえか?」

 一瞬何を言ってるかわからなくて、でも理解した途端に顔が熱くなる。
 
「……は? なに言ってんの!?」
「ハア……そうだよな。やっぱりそうだよな。そうくると思ったぜ」
「あ、あのアイザック?」
「何でもねえよ。気にすんな、ほらとっとと食おうぜ。冷めちまう」
「う、うん。じゃあ下ろして?」
「駄目だ。朝も言っただろう? 俺の膝で食べさせてやるからよ」
「そんなの無理! っていうかありえない!」
「こら暴れんな。何から食うんだ? まずは肉から行くか」
「ま、待ってアイザック」
「ああ? なんだ?」
「あのね、あの……おかえりなさい」

 見上げた先には、ちょっと驚いたように瞬く薄いブルーの瞳。そしてゆっくり口の端が上がると、大きな掌がくしゃりと私の頭を撫でた。

「ああ、ただいま。遅くなって悪かったな」
「うん」
「そういやすっかり忘れてたが、今日はセリにいい土産があるんだ」
「お土産?」
「ああ。夕飯の後のお楽しみだ」

 首を傾げた私に、アイザックは何故かニヤリと不敵な笑みを浮かべた。




 
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