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第23話 違和感 アイザック視点

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「セリ、そろそろ飯に……」

 寝室のドアを開けた俺は、微かに聞こえてくる静かな寝息に気がついて口を閉じた。
 猫のように身体を丸めたセリは、余程深く眠っているのか近寄っても起きる気配がない。
 念のため熱を確認しようと頬を触ると、わずかに開いた唇から小さな息が零れた。

「……全く、寝てる時はこんなに素直なのにな」

 離そうとした俺の手を握り頬をすり寄せるセリに、自分の口角がじんわりと持ち上がるのがわかった。



 あのの後丸一日眠り続けたセリは、起きるなりまるで知らない人間でも見るような目で俺を見やがった。

「え、あ、あの、もしかしてアイザック……さん?」
「ああ? おいセリ、お前もしかして俺の事がわかんねえのか?」

 蟲の毒かはたまた高熱のせいかは知らねえが、たかだかヒゲを剃ったくらいで俺がわからねえとは一体どういう了見だ。まさか本気でが夢だったと思ってるんじゃねえだろうな?
 半分脅すようにセリを部屋から連れ出したのは、そうしないとこいつは俺と距離を置くだろうことが容易に想像出来たからだ。
 それにしても俺みたいな男が身体を触ったことよりポーション代を気にするなんてよ、こいつは自分の価値を全くわかってないんだな。

 知れば知るほどセリは不思議な女だ。
 ギルドであれだけ盛大に啖呵を切ったくせに、ちょっと抱き上げたくらいで顔を真っ赤にして恥ずかしがる。
 ガキの小遣いでも買える菓子に遠慮する割には、俺の部屋を見て驚きもしねえし、この国では珍しい贅沢に湯を使った風呂にも躊躇なくはいる。
 大胆な反面臆病で、警戒心が丸出しかと思えば俺の言うことを素直に信用する。全く、目が離せないとはこのことだ。
 こんな田舎町には珍しい艶やかな黒い髪にアーモンド型の黒い瞳。すんなり伸びた手足に華奢な身体。いくら本人が気をつけていたとはいえ、今までセリが女だとバレずにいたのは奇跡としか言いようがない。
 所作や言葉遣いも綺麗なもんだし、こいつは本当はいいとこのお嬢さんなんじゃねえか? もし困ってることがあるのなら、何か力になってやれるんじゃねえか?

 だから俺はあの時深く考えずに、ついあんなことを言っちまったんだ────。



 あれはセリが風呂にはいっていた時だ。
 聞こえていた水音と鼻歌が途切れたことを不審に思って浴室を覗くと、そこにいるはずの姿がない。
 一気に血の気が引いた俺は慌てて風呂に飛び込むと、湯に沈むセリの腕を掴んで上に引き上げた。

「何してんだお前! だから一人じゃ危ねえって言っただろうが!」

 怒りにまかせて怒鳴る俺を不思議そうに見ていたセリは、ややあってから言いにくそうに口を開いた。

「ええっと……でも私、溺れてないよ?」
「……は?」
「ちょっとお湯の中で考え事をしてたの。あと、広いお風呂が久しぶりで嬉しかったから、潜ったら気持ちいいかなって、つい」
「……潜る?」
「うん」
「……んだよそりゃ」

 空いた手で顔を覆った俺は、天井に向かって盛大に溜息を吐いた。ったくなにしてんだ。焦っちまってみっともねえ。これじゃAランクの冒険者も形無しだわな。

「あーなんだ、俺の勘違いか。怒鳴っちまって悪かったな」
「ううん、私の方こそごめん。潜ったりして紛らわしかったよね」
「まあそうだが……役得と言えば役得だしな。セリ、お前もうちょっと肉をつけた方がいいんじゃねえか?」
「え? あっ!」

 ようやく自分が裸だったことを思い出したのか、一気にセリの顔が赤く染まる。
 余程恥ずかしいのか、うなじまで真っ赤にして俺の腕の中で必死にもがく様子を見てると、ついからかいたくなっちまうのは男の性っつうもんだ。

「もうやだ見るな! 早く出てってよ! アイザックの馬鹿!!」
「ククッ、ちょっと触られたくらいでそんなに怒んなよ。大体初めてじゃねえんだからよ」
「そ、そんなの怒るの当たり前じゃん! 大体私はアイザックと違ってそんなに経験ないし、それに私、初めてはやっぱり好きな人と……」

 だが視線に入った細い背中を見て、俺は一気に冷静になった。
  
「おいセリ、ちょっと待て。背中を見せてみろ」
「え……?」



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