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第22話 迷い

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「なあセリ、俺はお前を困らせたい訳じゃねえんだ。だからそんな泣きそうな顔すんな」

 ベッドに私を下ろしたアイザックは自分の濡れた服を着替えると、おもむろに私の髪を拭き始めた。

「あ、あのね……私ね、」
「あーこらこっち向くな。ガキじゃねえんだからじっとしてろ」
「え? あっ、ねえ髪くらい自分で拭くから……!」
「ククッ、これは役得なんだから気にすんな。それに俺が世話してやるって言っただろ? しかしセリの服を用意すんのをすっかり忘れてたな。あー……女が着れそうな服はなんかあったか……?」

 おどけたような態度や乱暴な言葉遣いとは裏腹に、私の髪を拭くアイザックの手つきはすごく優しい。
 だから私が大切に扱われてるみたいに錯覚しそうになって、心がぐらぐらしてしまう。

「アイザック、あの、あのさ」
「ああ、なんだ?」
「えっと……」

 頑張って口を開いても、上手く言葉が出てこない。
 だってなんて言えばいいの?
 私は日本から来ましたって、バイト先に行く途中に転んで気がついたらここにいましたって、だからこの世界の人間じゃないんですって、そう話すの?
 何度も口を開いては閉じる私に呆れたのか、後ろでアイザックがフッと笑った気配がした。

「セリ、無理すんな」
「無理、なんて……」
「俺は別にセリを追い詰めるためにこんな話してるんじゃねえんだ。それはわかるな?」
「……うん」

 俯いてしまった私の髪を、アイザックは優しく拭き続ける。

「お前にも色々と事情があるのはわかってる。でなけりゃ男の振りなんぞしてねえだろうしな」
「うん」
「なあセリ、俺はこう見えてもAランクの冒険者だ。腕っ節はいいし口も堅いし結構頼りになるぞ? それにいい男だろう? だからよ、いつかお前が俺を信用できるようになったらそん時に話してくれればいい」
「……うん」

 優柔不断な私は、優しい言葉にどこかホッとしてしまう。
 話したいけどまだ話したくない。
 だって少しでもこんな居心地のいい関係を続けたい。
 ……そんなことを考えてしまう私はズルいのかな。

 やがてアイザックは手を止めるとぽんぽんと私の頭を撫でた。

「よし、終わりだ。久しぶりの風呂で疲れただろう。夕飯までゆっくりしてろ」
「アイザック……あのね、あの……ありがとう」
「ククッ、いいってことよ。さっきも言ったろう? これは役得だって。だがそうだな……」

 私の頭を撫でていたアイザックの手が顎へと移動すると、顎を掴んで上を向かせた。

「礼ならこっちをもらおうか」
「え……?」

 驚いて開けたままの唇に降ってきたのは、軽く触れるだけの優しいキス。
 ちゅ、という音を残してあっという間に去って行った唇を目で追っていると、ニヤリと笑ったアイザックはゆっくりと立ち上がった。

「確かにもらったぜ」
「…………!!」

 咄嗟に口を押さえてベッドルームから出て行く背中を見送った私は、その後恥ずかしさのあまり盛大にベッドで悶えたのだった。


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