どうせならおっさんよりイケメンがよかった

第2話 モルデン冒険者ギルド

　モルデンの街にある冒険者ギルドは、街の目抜き通りに居を構える木造の大きな建物だ。
　軋んだ音を立ててギルドの大きな扉を開けると、そこには昼間の明るいギルドとは違って、怪しげな酒場みたいな光景が広がっていた。
　奥にある職員のいるカウンターの前では、大きな剣を背中に背負った男たちが声高に談笑している。かと思えば片隅にある長椅子では疲れたような男が怪しげな瓶を煽り、その向こうの壁際いる強面の一団からは、喧嘩してるみたいな怒鳴り声が聞こえた。
　ロビーにたむろする顔馴染みになった冒険者達も、みんな酒に酔ったのか赤い顔で随分ご機嫌みたい。

「よおセリ、珍しいなこんな時間に。今帰りか？」
「……こんばんは」
「今日は随分遅かったんだな。せっかくだからこのあとメシでも食いに行くか？　おっちゃんが 奢ってやるぞ」
「ははは、お前がそんなこと言うとまるで犯罪みてえだな」
「そうだそうだ！　図々しいぞ！」
「ごめん、ちょっと通して」

　次々と声をかけてくる冒険者達の間をすり抜けてカウンターへ向かっていると、突然大きな身体が前に立ち塞がった。

「おいお前、ちょっと待て」

　上から降ってきたのは、低くてすごく不機嫌そうな声。
　首を傾げながら見上げると、そこにいたのはくすんだ藁色の長い髪にぼうぼうの無精髭と、不健康そうな目の下の隈がくっきりと目立つ男だった。
　大きな剣を背中に背負い、黒いシャツの上に恐らく元は白かったんだろうマントを着てる。
　……よく言えばワイルドだけど、ぶっちゃけてしまうと小汚い浮浪者みたいな人。
　初めて見る顔だよね？　でも覚えてないだけで前に会ったことがあるのかな？
　そいつはぼさぼさに伸びた髪から片方だけ覗く蒼い目を細めると、私の身体を上から下まで不躾にじろじろと眺めた。

「あの、何か僕に用ですか？」
「ガキがこんな時間にここで何してる。わかってんのか」
「わかってるって……何のことですか？」
「お前のその身体だ。わざとか？　すげえ匂うぞ」

　……こいつ何言ってんの？　
　突然の失礼な物言いにカチンとした私は、怪しい男をジロリと睨んだ。

「はあ？　人のこと捕まえて匂うってずいぶん失礼ですね。喧嘩でも売ってんですか？」
「おい、俺はお前が臭いから注意してやろうと……」

　確かに服は古着屋で買った一番安いやつだ。男の子用の濃い緑の上下に、黒いフードのついた古いマント。
　だけど綺麗に洗ってるし、身体だって毎日ちゃんと水浴びしてる。部屋にお風呂がないからこれでもすごく気にしてるんだ。
　それをこんな怪しくて汚いおっさんに言われる筋合いないし！

「人のこと臭いって言うくらいなら話しかけなきゃいいだろ？　そもそもあんた誰だよ。どう見てもおっさんの方が臭そうだし！」
「なんだとこのクソガキ！　喧嘩売ってんのか！」
「先に喧嘩売ってきたのはおっさんだろ！　ふん！」

　盛大に舌を出してカウンターに行こうとする私の肩を、おっさんの大きな手が乱暴に掴んだ。その途端激痛が走って思わず顔を顰めた私は、振り返りざまにそいつの手を叩き落とす。
　パンッ、という乾いた音がギルドに響いた。

「……触んな」
「お前わかってんのか？　そんな匂いさせてれば……」
「うるさい！　生憎こっちはその日の金にも困る貧乏人なんだ。あんたが邪魔しなければとっとと換金してここから出て行くさ。だから手を離せこのくそ野郎」
「……チッ」

　騒ぎに気が付いたのか、背後の空気がざわついているのがわかる。
　それが気に入らないのか舌打ちするおっさんの脇を強引に抜けると、私はそのままカウンターへと向かった。