20 / 20
蜜月編
4 走れヨル(ス)
しおりを挟む
時間は少し前に遡る。
ネネットのカフェにやってきたヨルは、かすかに残る匂いに顔を顰めた。
ウサギ族の青年ヨル。ひょろりと高い背にありふれた茶色と髪と瞳を持つ彼は、ミミナの幼馴染みでもある。
涙もろくてお人好しが取り柄だと言われていた彼だが、このたび妻を二人娶ったことにより周囲からの認識はがらりと変わった。
現在の彼の評価は、「ウサギ族の妻二人を満足させる男」である。
そんなヨルの鼻が、カフェに残るミミナのフェロモンの変化を感じ取った。
実のところ、ウサギ族の嗅覚はかなり優れている。元来が臆病な種族だからか、異変をいち早く察知することができるのだ。
「ネネット、ちょっとまずいかもしれない。ミミナの匂いがいつもと違うんだ」
「そういえば、今日は朝から体調が悪そうだったわ。それと関係あるのかしら」
「もしかしたらだけど、発情期が来たのかもしれない」
「あら! あのミミナが!」
それはおめでたいと手を打とうとしたネネットは、はたとあることに気がついた。
「ねえ、そんな状態でオオカミの巣の中に飛び込んだら……かなりまずいわよね?」
「それだけじゃない。迎えに来たっていう女の人からイヌの匂いがプンプンするんだ」
「まあなんてこと!」
ウサギ族にとってイヌ族は天敵のような存在である。身体に染み付いた太古の記憶がそうさせるのか、イヌ族にはかなり苦手意識があるのだ。
真っ青になったネネットに、ヨルは任せろとばかりに大きく頷いた。
「大丈夫。僕がオオカミ族の屋敷に行って様子を見てくるよ。もしかしたら途中でミミナに会えるかもしれないし、そうしたら注意できるから」
「ヨル、頼んだわね」
「任せて!」
ヨルはぶるんと両脚を振り、矢のごとく店を走り出た。
ヨルはいたって普通のウサギ族の若者だ。難しいことはわからない。妻と三人仲良く暮らせればそれでいい。
だがミミナは大事な幼馴染みだ。かつてはプロポーズしたことだってあるのだ。今までずっと見守ってきただけに、ミミナに迫る危険に対しては誰よりも敏感であった。
(ミミナには初めての発情期だ。自分のフェロモンをコントロールできないに違いない。そんな状態でイヌ族の男に会ったりしたら、きっとあんなことやこんなことを……クソっ!)
ヨルは走る。途中で何度も咽せながら走った。脚はもつれ、こけつまろびつしながらも走りに走る。
やがて無我夢中でオオカミ族の屋敷にやってきたヨルは、自分の鼻だけを頼りにとある部屋に駆け込む。そして大声で叫んだ。
「ミミナ……ッ! 大丈夫!?」
「……ぁあ?」
そこにいたのはミミナの匂いをたっぷり纏ったオオカミ族の次期族長、ロルフだった。
「俺の前で番の名を堂々と叫ぶとはいい度胸だな。今日を貴様の命日にしてやろう」
「ち、違うっピ、これにはちゃんと理由が……」
「ぁあん?」
ロルフに胸ぐらを掴まれたヨルは、なす術もなくプルプルと頭を振ることしかできなかった。
ネネットのカフェにやってきたヨルは、かすかに残る匂いに顔を顰めた。
ウサギ族の青年ヨル。ひょろりと高い背にありふれた茶色と髪と瞳を持つ彼は、ミミナの幼馴染みでもある。
涙もろくてお人好しが取り柄だと言われていた彼だが、このたび妻を二人娶ったことにより周囲からの認識はがらりと変わった。
現在の彼の評価は、「ウサギ族の妻二人を満足させる男」である。
そんなヨルの鼻が、カフェに残るミミナのフェロモンの変化を感じ取った。
実のところ、ウサギ族の嗅覚はかなり優れている。元来が臆病な種族だからか、異変をいち早く察知することができるのだ。
「ネネット、ちょっとまずいかもしれない。ミミナの匂いがいつもと違うんだ」
「そういえば、今日は朝から体調が悪そうだったわ。それと関係あるのかしら」
「もしかしたらだけど、発情期が来たのかもしれない」
「あら! あのミミナが!」
それはおめでたいと手を打とうとしたネネットは、はたとあることに気がついた。
「ねえ、そんな状態でオオカミの巣の中に飛び込んだら……かなりまずいわよね?」
「それだけじゃない。迎えに来たっていう女の人からイヌの匂いがプンプンするんだ」
「まあなんてこと!」
ウサギ族にとってイヌ族は天敵のような存在である。身体に染み付いた太古の記憶がそうさせるのか、イヌ族にはかなり苦手意識があるのだ。
真っ青になったネネットに、ヨルは任せろとばかりに大きく頷いた。
「大丈夫。僕がオオカミ族の屋敷に行って様子を見てくるよ。もしかしたら途中でミミナに会えるかもしれないし、そうしたら注意できるから」
「ヨル、頼んだわね」
「任せて!」
ヨルはぶるんと両脚を振り、矢のごとく店を走り出た。
ヨルはいたって普通のウサギ族の若者だ。難しいことはわからない。妻と三人仲良く暮らせればそれでいい。
だがミミナは大事な幼馴染みだ。かつてはプロポーズしたことだってあるのだ。今までずっと見守ってきただけに、ミミナに迫る危険に対しては誰よりも敏感であった。
(ミミナには初めての発情期だ。自分のフェロモンをコントロールできないに違いない。そんな状態でイヌ族の男に会ったりしたら、きっとあんなことやこんなことを……クソっ!)
ヨルは走る。途中で何度も咽せながら走った。脚はもつれ、こけつまろびつしながらも走りに走る。
やがて無我夢中でオオカミ族の屋敷にやってきたヨルは、自分の鼻だけを頼りにとある部屋に駆け込む。そして大声で叫んだ。
「ミミナ……ッ! 大丈夫!?」
「……ぁあ?」
そこにいたのはミミナの匂いをたっぷり纏ったオオカミ族の次期族長、ロルフだった。
「俺の前で番の名を堂々と叫ぶとはいい度胸だな。今日を貴様の命日にしてやろう」
「ち、違うっピ、これにはちゃんと理由が……」
「ぁあん?」
ロルフに胸ぐらを掴まれたヨルは、なす術もなくプルプルと頭を振ることしかできなかった。
0
お気に入りに追加
49
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる