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蜜月編
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「ここにミミナという方はいらっしゃるでしょうか」
その客がカフェにやってきたのは、ランチタイムを過ぎた辺りだった。
戦争のようだったランチタイムを終え一息ついていたミミナは、自分を呼ぶ声にホールへ顔を出す。そこにいたのは見たことのないオオカミ族の女性だった。
年のころはミミナより若干上だろうか。大型獣人ならではの見事なプロポーションにかっちりしたスーツを纏った、いかにも仕事のできる女といった雰囲気だ。
(初めて見る顔だけど、オオカミ族……の人よね? ロルフになにかあったのかしら)
ミミナは被っていた三角巾を外し、丁寧に頭を下げた。
「私がミミナですけど、どちら様ですか?」
「あら……まあ、あなたがミミナさんですか」
「ええ、そうですけど、あの……私になんのご用ですか?」
女性は不躾とも言える視線でジロジロとミミナを見つめている。不審に思ったミミナが尋ねると、女性は顔にかかったまっすぐな黒髪をかきあげながら妖艶に微笑んだ。
「申し遅れました。私はオオカミ族の秘書官を勤めております、マリッサと申します。本日は伝言を預かって参りました。今から私とご同道いただけますか」
「ロルフから? あのう、伝言をここで聞くわけにはいかないんですか?」
ランチが終われば次はディナーの準備が待っている。ネネットが経営するカフェは、ディナーのメニューも豊富にそろえているのが自慢なのだ。そのぶん仕込みも多岐にわたる。
ミミナの問いに、女性はいかにも残念そうに首を横に振る。
「申し訳ありません。ここでは誰に聞かれるかわからないので……ちょっと急を要する用件なのです」
「でも、仕事中に抜けるわけには……」
「ミミ、どうかしたの?」
困っているミミナを見かねて声をかけたのはネネットだ。ネネットはマリッサに自分はこの店の経営者だと名乗った。
「まあ、こちらのオーナーでしたか。私はオオカミ族の秘書官をしておりますマリッサです。実は急用ができたのでミミナさんをお迎えに来たのです」
「オオカミ族の秘書官? まあ、そんな人が迎えに来たんだったらよほど大事な用事じゃない。ミミナ、ここはいいから早く行きなさいよ」
「だけどこれから忙しくなるのに……悪いわ」
ランチが終わったこの時間は、ディナーの仕込みが始まる。
特に人気メニューのまるごと人参をオーブンでじっくり焼くホクホク人参ステーキは、時間がかかるのだ。
「あら、それなら大丈夫よ。今日はこれからヨルが来るの。ミミナが抜けるぶんは彼に任せるから心配いらないわ」
「ヨルが? それなら安心ね」
ネネットの旦那であるヨルは同じウサギ族の若者で、ミミナの幼馴染みでもある。
一見頼りなさそうに見える優男だが、そのまめさと行動力でネネットとエリサの二人を見事に射止め、いまや二妻の夫となっているのだ。
「じゃあネネ、悪いんだけどあとはよろしくね」
「任せてちょうだい。ミミナも旦那様によろしくね」
「ふふ、わかったわ」
「さあ、急ぎましょう」
マリッサに急かされるように店をあとにしたミミナを見送ると、ネネットは慌ただしく厨房に戻った。
さっきはああ言ったものの、働き者のミミナが抜けた穴は大きいのだ。
ラペにする人参をカットし、肉にスパイスをすり込み、オーブンを温め……と、ネネットが忙しなく厨房の中を動き回っていると、そこにヨルが現れた。
「ネネット! ああ、君は今日もなんて綺麗なんだ……ってあれ? ずいぶん忙しそうだね。ミミナはどうしたの?」
「ヨル、待ってたわ! それがミミナは急用だとかで、秘書官とかいう人がわざわざ迎えに来たのよ」
「秘書官? もしかしてそれって女性だった?」
「マリッサっていう黒髪のオオカミ族の女性だったわよ。それがどうかしたの?」
「いや、おかしいな……」
ヨルは辺りを窺うように自慢の耳をピンと立てると、鼻をひくりと動かした。
その客がカフェにやってきたのは、ランチタイムを過ぎた辺りだった。
戦争のようだったランチタイムを終え一息ついていたミミナは、自分を呼ぶ声にホールへ顔を出す。そこにいたのは見たことのないオオカミ族の女性だった。
年のころはミミナより若干上だろうか。大型獣人ならではの見事なプロポーションにかっちりしたスーツを纏った、いかにも仕事のできる女といった雰囲気だ。
(初めて見る顔だけど、オオカミ族……の人よね? ロルフになにかあったのかしら)
ミミナは被っていた三角巾を外し、丁寧に頭を下げた。
「私がミミナですけど、どちら様ですか?」
「あら……まあ、あなたがミミナさんですか」
「ええ、そうですけど、あの……私になんのご用ですか?」
女性は不躾とも言える視線でジロジロとミミナを見つめている。不審に思ったミミナが尋ねると、女性は顔にかかったまっすぐな黒髪をかきあげながら妖艶に微笑んだ。
「申し遅れました。私はオオカミ族の秘書官を勤めております、マリッサと申します。本日は伝言を預かって参りました。今から私とご同道いただけますか」
「ロルフから? あのう、伝言をここで聞くわけにはいかないんですか?」
ランチが終われば次はディナーの準備が待っている。ネネットが経営するカフェは、ディナーのメニューも豊富にそろえているのが自慢なのだ。そのぶん仕込みも多岐にわたる。
ミミナの問いに、女性はいかにも残念そうに首を横に振る。
「申し訳ありません。ここでは誰に聞かれるかわからないので……ちょっと急を要する用件なのです」
「でも、仕事中に抜けるわけには……」
「ミミ、どうかしたの?」
困っているミミナを見かねて声をかけたのはネネットだ。ネネットはマリッサに自分はこの店の経営者だと名乗った。
「まあ、こちらのオーナーでしたか。私はオオカミ族の秘書官をしておりますマリッサです。実は急用ができたのでミミナさんをお迎えに来たのです」
「オオカミ族の秘書官? まあ、そんな人が迎えに来たんだったらよほど大事な用事じゃない。ミミナ、ここはいいから早く行きなさいよ」
「だけどこれから忙しくなるのに……悪いわ」
ランチが終わったこの時間は、ディナーの仕込みが始まる。
特に人気メニューのまるごと人参をオーブンでじっくり焼くホクホク人参ステーキは、時間がかかるのだ。
「あら、それなら大丈夫よ。今日はこれからヨルが来るの。ミミナが抜けるぶんは彼に任せるから心配いらないわ」
「ヨルが? それなら安心ね」
ネネットの旦那であるヨルは同じウサギ族の若者で、ミミナの幼馴染みでもある。
一見頼りなさそうに見える優男だが、そのまめさと行動力でネネットとエリサの二人を見事に射止め、いまや二妻の夫となっているのだ。
「じゃあネネ、悪いんだけどあとはよろしくね」
「任せてちょうだい。ミミナも旦那様によろしくね」
「ふふ、わかったわ」
「さあ、急ぎましょう」
マリッサに急かされるように店をあとにしたミミナを見送ると、ネネットは慌ただしく厨房に戻った。
さっきはああ言ったものの、働き者のミミナが抜けた穴は大きいのだ。
ラペにする人参をカットし、肉にスパイスをすり込み、オーブンを温め……と、ネネットが忙しなく厨房の中を動き回っていると、そこにヨルが現れた。
「ネネット! ああ、君は今日もなんて綺麗なんだ……ってあれ? ずいぶん忙しそうだね。ミミナはどうしたの?」
「ヨル、待ってたわ! それがミミナは急用だとかで、秘書官とかいう人がわざわざ迎えに来たのよ」
「秘書官? もしかしてそれって女性だった?」
「マリッサっていう黒髪のオオカミ族の女性だったわよ。それがどうかしたの?」
「いや、おかしいな……」
ヨルは辺りを窺うように自慢の耳をピンと立てると、鼻をひくりと動かした。
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