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求愛編
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「ねえミミ、あなたロルフ様が好きなんだって? もう、早く教えてくれればよかったのに、水臭いんだから!」
それはあのヨルのプロポーズ騒動から、2週間ほど過ぎた昼のことだった。
大通りのカフェで友人のネネットとランチを楽しんでいたミミナは、驚きのあまり飲んでいた蜂蜜人参ジュースに咽せて盛大に咳き込んだ。
「ゴホッ、ゴホ、ネ、ネネ、一体何の話?」
「ミミは彼氏をつくらないから心配してたんだけど、ずっとロルフ様に片思いしてたのね。種族を超えた片想い……なんてロマンチックなのかしら」
ふわふわした白い耳を立てうっとりと溜め息を吐くネネットを、ようやく咳が止まったミミナは慌てて問いただした。
「ちょっと待ってよネネ、どうして私がロルフ様を好きだなんて話になってるの?」
「え? だってヨルが言ってたわよ? ミミの片思いの相手はウサギ族でもイタチ族でもネコ族でもない、たった一人の相手と結ばれるお堅い種族だって。しかも名前も口に出せない程強い人で、みんなの憧れの人なんでしょう?」
「ええっ!?」
「そりゃあトラ族のムスターファ様もクマ族のセシル様も強くて素敵な方だけど、あの方達はもうお相手がいるし。同じオオカミ族でもガル様は随分年上でしょう? そしたら残るはロルフ様しかいないじゃない」
「そりゃあロルフ様は素敵だけど、でもだからってそんな」
オオカミ族の若者ロルフ。
艶やかな黒髪から覗く尖った耳はピンと立ち、精悍な顔に金色の瞳と白く鋭い牙が光る。
しなやかな筋肉に覆われた身体は見上げるほど大きく、そして背後に揺れるのは美しい毛並みの黒い尾────。
年頃の娘なら誰もが振り返るであろう容姿をしたロルフは、次代のオオカミ族長になるのではと目されるほど、高い身体能力と知性を持つ雄である。
だからこそ、ウサギ族のミミナには手の届かない雲の上の存在だ。
今まで自分の相手として想像すらしたこともなかったというのに……。
(一体なにがどうしてこんな話になったの……?)
ぽかんと口を開け茫然自失となるミミナの横で、ネネットは得意気に話を続ける。
「ミミ知ってる? ロルフ様はとても好みがうるさいらしくって、未だに番どころか雌に興味がないらしいのよ。だから心配したオオカミ族の族長が、ロルフ様のハーレムのメンバーを募集するんですって」
「ハ、ハーレム? オオカミ族なのにハーレム!?」
「やあねえ、優秀な雄がハーレムを持って多くの子供を産ませるのは当然じゃない! でもね、ここだけの話なんだけど……」
ネネットは辺りをきょろきょろと見回し人がいない事を確認すると、ミミナの耳にそっと口を近付けた。
「……ハーレムの審査は特別に身体の相性を確認するらしいわ」
「か、身体の相性!?」
「ミミも知ってると思うけど、オオカミ族は年々子供が生まれにくくなってるそうじゃない? それでなくてもロルフ様は好みにうるさい方だし、せっかくのハーレムなのに興味を持たないと意味がないでしょう? だから今回はハーレムにはいる前に、実地で相性を確かめたいんですって」
「じ、実地って、それってもしかして……!」
「しーっ、ちょっと声が大きいわよ! そんなの交尾するに決まってるじゃない。交尾! でも私考えたんだけど、これってウサギ族にとってはチャンスだと思うのよね」
「チャ、チャンスなの?」
「我がウサギ族は獣人の中で一、二を競う多産系。出生率も繁殖率も抜群に高いわ。そこをアピールすればきっとミミならイケると思うのよ」
「ちょっと待ってよ!」
確かに一部の大型獣人族は、近年深刻な少子化に悩むと聞く。特に番を求める傾向があるオオカミ族に至っては出生率が著しく低く、このままではいずれ種族の存続の危機だといわれて幾久しい。
けれど……ミミナは思った。
(私が望んでいるのは一対一のお付き合い。確かにハーレムだと私は一人の相手としか身体を重ねないけど、違う。それは絶対に違う。私の望んでいたのはそれじゃない……!)
「……ネネ聞いて。あのね、私、ハーレムには興味ないの。そもそもロルフ様はオオカミ族。ウサギ族の私なんか門前払いされるに決まってるわ。それに私の言う一人の相手って……」
「大丈夫、何も心配いらないわ。ちゃんとハーレム希望者の応募用紙にミミの名前を書いて、もう受理されたから。ちなみに審査は明日ですって」
「ええっ!?」
ニコニコと無邪気に笑うネネットに、ミミナは真っ青になった。
「どうしてそんなこと勝手に……! やだどうしよう、今から断れないの?」
「だってヨルが泣きそうな顔で言うんだもの。俺には私やエリサもいて幸せだから、ミミも好きな相手と結ばれて幸せになって欲しいって。だから私たち、一生懸命考えたのよ?」
「そんなの無理よ! だって私、今まで交尾どころか誰ともお付き合いしたことないのに、それなのにハーレムだなんて!」
「大丈夫よ、身体の相性なんてちょっと先っぽを入れてもらえばすぐわかるから。本当に確かめるだけなら、きっと90秒で終わるわよ」
「90秒って、ネネ、そんな……」
「ミミ、よく聞いて」
怯えたようにプルプルと震え大きな瞳を潤ませるミミナに、ネネットはにっこり意味深な笑みを浮かべた。
「大丈夫、何も心配いらないわ。だって私たちはウサギ族なんだから」
それはあのヨルのプロポーズ騒動から、2週間ほど過ぎた昼のことだった。
大通りのカフェで友人のネネットとランチを楽しんでいたミミナは、驚きのあまり飲んでいた蜂蜜人参ジュースに咽せて盛大に咳き込んだ。
「ゴホッ、ゴホ、ネ、ネネ、一体何の話?」
「ミミは彼氏をつくらないから心配してたんだけど、ずっとロルフ様に片思いしてたのね。種族を超えた片想い……なんてロマンチックなのかしら」
ふわふわした白い耳を立てうっとりと溜め息を吐くネネットを、ようやく咳が止まったミミナは慌てて問いただした。
「ちょっと待ってよネネ、どうして私がロルフ様を好きだなんて話になってるの?」
「え? だってヨルが言ってたわよ? ミミの片思いの相手はウサギ族でもイタチ族でもネコ族でもない、たった一人の相手と結ばれるお堅い種族だって。しかも名前も口に出せない程強い人で、みんなの憧れの人なんでしょう?」
「ええっ!?」
「そりゃあトラ族のムスターファ様もクマ族のセシル様も強くて素敵な方だけど、あの方達はもうお相手がいるし。同じオオカミ族でもガル様は随分年上でしょう? そしたら残るはロルフ様しかいないじゃない」
「そりゃあロルフ様は素敵だけど、でもだからってそんな」
オオカミ族の若者ロルフ。
艶やかな黒髪から覗く尖った耳はピンと立ち、精悍な顔に金色の瞳と白く鋭い牙が光る。
しなやかな筋肉に覆われた身体は見上げるほど大きく、そして背後に揺れるのは美しい毛並みの黒い尾────。
年頃の娘なら誰もが振り返るであろう容姿をしたロルフは、次代のオオカミ族長になるのではと目されるほど、高い身体能力と知性を持つ雄である。
だからこそ、ウサギ族のミミナには手の届かない雲の上の存在だ。
今まで自分の相手として想像すらしたこともなかったというのに……。
(一体なにがどうしてこんな話になったの……?)
ぽかんと口を開け茫然自失となるミミナの横で、ネネットは得意気に話を続ける。
「ミミ知ってる? ロルフ様はとても好みがうるさいらしくって、未だに番どころか雌に興味がないらしいのよ。だから心配したオオカミ族の族長が、ロルフ様のハーレムのメンバーを募集するんですって」
「ハ、ハーレム? オオカミ族なのにハーレム!?」
「やあねえ、優秀な雄がハーレムを持って多くの子供を産ませるのは当然じゃない! でもね、ここだけの話なんだけど……」
ネネットは辺りをきょろきょろと見回し人がいない事を確認すると、ミミナの耳にそっと口を近付けた。
「……ハーレムの審査は特別に身体の相性を確認するらしいわ」
「か、身体の相性!?」
「ミミも知ってると思うけど、オオカミ族は年々子供が生まれにくくなってるそうじゃない? それでなくてもロルフ様は好みにうるさい方だし、せっかくのハーレムなのに興味を持たないと意味がないでしょう? だから今回はハーレムにはいる前に、実地で相性を確かめたいんですって」
「じ、実地って、それってもしかして……!」
「しーっ、ちょっと声が大きいわよ! そんなの交尾するに決まってるじゃない。交尾! でも私考えたんだけど、これってウサギ族にとってはチャンスだと思うのよね」
「チャ、チャンスなの?」
「我がウサギ族は獣人の中で一、二を競う多産系。出生率も繁殖率も抜群に高いわ。そこをアピールすればきっとミミならイケると思うのよ」
「ちょっと待ってよ!」
確かに一部の大型獣人族は、近年深刻な少子化に悩むと聞く。特に番を求める傾向があるオオカミ族に至っては出生率が著しく低く、このままではいずれ種族の存続の危機だといわれて幾久しい。
けれど……ミミナは思った。
(私が望んでいるのは一対一のお付き合い。確かにハーレムだと私は一人の相手としか身体を重ねないけど、違う。それは絶対に違う。私の望んでいたのはそれじゃない……!)
「……ネネ聞いて。あのね、私、ハーレムには興味ないの。そもそもロルフ様はオオカミ族。ウサギ族の私なんか門前払いされるに決まってるわ。それに私の言う一人の相手って……」
「大丈夫、何も心配いらないわ。ちゃんとハーレム希望者の応募用紙にミミの名前を書いて、もう受理されたから。ちなみに審査は明日ですって」
「ええっ!?」
ニコニコと無邪気に笑うネネットに、ミミナは真っ青になった。
「どうしてそんなこと勝手に……! やだどうしよう、今から断れないの?」
「だってヨルが泣きそうな顔で言うんだもの。俺には私やエリサもいて幸せだから、ミミも好きな相手と結ばれて幸せになって欲しいって。だから私たち、一生懸命考えたのよ?」
「そんなの無理よ! だって私、今まで交尾どころか誰ともお付き合いしたことないのに、それなのにハーレムだなんて!」
「大丈夫よ、身体の相性なんてちょっと先っぽを入れてもらえばすぐわかるから。本当に確かめるだけなら、きっと90秒で終わるわよ」
「90秒って、ネネ、そんな……」
「ミミ、よく聞いて」
怯えたようにプルプルと震え大きな瞳を潤ませるミミナに、ネネットはにっこり意味深な笑みを浮かべた。
「大丈夫、何も心配いらないわ。だって私たちはウサギ族なんだから」
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