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このはなさくや

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巣作り編

2 ロルフ、がんばろう

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 その日、仕事帰りに待ち合わせたミミナとロルフは、新居で使う食器を見ようと街の雑貨屋にやってきていた。


「ねえロルフ、あそこにあるオレンジ色のランプ、すごく可愛いと思わない?」
「ああ、そうだな」


 人参の形を模したランプを見つけて嬉しそうに振り向いたミミナに、ロルフもつられて笑みを浮かべる。
 今日のミミナは、蜂蜜色の髪をゆるくハーフアップにまとめ淡い水色のワンピース姿。スカートの裾にあしらわれた花の刺繍が膝下で揺れる。
 そんなミミナが愛おしそうに人参を撫でる後ろ姿を眺めながら、ロルフは眉間に深い皺を寄せた。


(……あの臀部のスカートの膨らみは、もしかしたら蜂蜜色の丸くてふわふわした尻尾じゃないか? だとしたら余りにも無防備過ぎる。不届き者に上から尻尾を握られたら一体どうするつもりだ? 尾を握ると自分の身体が固まるのを自覚してないのか? あの柔らかな耳だってそうだ。ちょっと俺の息がかかったくらいでビクビク震えるのに、いつも表に出してるなんて危険過ぎる。震える耳を甘噛みしながら名前を呼ぶと大きな瞳が潤むとか、そのうち内腿を摺り合わせるようにもじもじし始めるとか、そんな大事なことを他の男に知られたらどうするんだ。いっそ家で監禁して……おい待て、なんだその手つきは! そんな妙な人参を撫でるくらいなら俺の人参、いや俺の……)


「ねえロルフ、せっかくだから最近オープンしたっていう家具屋さんに……、あの、どうかしたの?」


 熱心に人参ランプを検分していたミミナは、ロルフが金色の瞳を鋭く細めて自分を見つめているのに気がつくと戸惑ったように眉尻を下げた。


「なにかあったの?」
「いや、なんでもない。その……考え事をしていただけだ」
「ロルフはお仕事が大変なんでしょう? 私と会うために無理してるんじゃない?」
「大丈夫だ。ミミナが気にすることじゃない」
「でも……」


 しおしおと耳を垂らすミミナの様子に、ロルフはそっとミミナの耳に顔を寄せた。


「だが……そうだな、ミミナが手伝ってくれるなら俺も助かる」
「私が? 私でも手伝えることがあるの?」
「ああ。これはミミナしか出来ないことなんだ。……手伝ってくれるか?」
「もちろんなんでもするわ! ロルフの力になれるなら喜んで!」


 満面の笑みを浮かべるミミナは、この時ロルフの金色の瞳に揺らめく怪しい色に全く気がついていなかった。



 それから二人がやってきたのは、さながらどこぞの邸宅か屋敷といった感じの二階建ての洋館だった。
 特徴的な明るいテラコッタ色の屋根に真っ白な壁が目に眩しい。濃い緑の蔦が、よくできた装飾のように壁を覆う。見事な薔薇のアーチから始まる広い庭には、立派な噴水がまで見えた。


「うわあ……もしかして、ここが私たちの新居なの?」
「ああ。俺の立場上、狼族の屋敷から距離が離れると不便なんだ。色々探していたんだが、ここが一番条件に合った。どうだろう、気に入ってもらえたか?」
「なんて素敵……夢みたい……」


 感動のあまり瞳を潤せ辺りを見回すミミナに、ロルフは密かに安堵の息を吐いた。


(よし、まずは第一関門突破だ……!)

 異種族同士の結婚では、しばしば住居が大きな問題となる。
 ミミナとの結婚が決まってからというもの、ロルフは文献を読みあさりウサギ族の住居について研究を重ねていた。
 そして迎えた今日。自分が調べたことが一体どこまで通用するのか。ロルフは今まさに審判を待つ罪人のような心境だった。

(問題はこの先だ。同じオオカミ族ならまだしもミミナはウサギ族。外側が気に入られても、中身が気に入られなくては意味がない。用意した家が気に入ってもらえなくて、その場で破局になった先人もいると聞くしな。気を引き締めないと)


「ではミミナ、中を案内しよう」
「ええ! 楽しみだわ!」


 ロルフは優雅な笑顔を浮かべると、ミミナの腰を抱いて門を潜り玄関へ続くアプローチを進む。


「ここの花壇はミミナが好きな花を植えられるように、まだ何も手をつけてないんだ」
「まあ本当に? 嬉しい! 人参の花って白くて可愛いのよ? ロルフも気に入るといいんだけど」


 何かを見つける度にピコピコと耳を動かし、はしゃいだ声で感想を述べるミミナは本当に愛らしい。今すぐこの場で押し倒して食べてしまいたいくらいだ。相槌を打ちながらロルフはそんなことを考える。


(……待てよ、そういえばウサギ族の夫婦は寝室以外の場所でも愛を確かめ合うと聞いたぞ。だとしたらこの庭にもそういった場所を作った方がいいのか?)
 

 ────かがんで庭の手入れをするミミナはご機嫌なのか、スカートの下の尾がリズミカルに揺れているのがわかる。仕事から帰ったロルフはそんなミミナの後ろ姿を見た途端、自分の中の劣情が一気に膨れ上がるのを感じた。
 気配を殺し背後に近寄るとミミナを抱き締める。警戒するようにピンと立った耳をパクリと咥えると、ミミナの身体がびくりと固まった。
「ミミナ、ただいま」
「ロ、ロルフ……? やだ、びっくりするじゃない」
 怯えきったように潤んだ瞳に堪らず唇を奪うと、ミミナは恥ずかしいのか逃れようと身を捩る。その行為が一層ロルフに火をつけていることも知らずに。
「だ、だめよ、ロルフ。こんな所じゃ……見られちゃう」
「見られるが嫌なのか? じゃあこの木の陰ならいいのか?」
 半ば強引に木陰にミミナを引きずり込んだロルフは、スカートの下に手を潜り込ませるとその小さな尾をぎゅっと握った。
「ああんっ、だめ、いきなりそんなに強くしたら、私、わたし……」
  木の幹に縋り付くように立つミミナの膝はガクガクと震え、今にも崩れ落ちそうに見える。
「ああ、これではいけないな。ミミナ、俺が後ろから支えてやろう」
性急にスカートを捲ったロルフは下着をずらすと、その切っ先をツプリと────
 
 
「……ロルフ? どうしたの?」


 どこまでも広がっていく自分の妄想に浸っていたロルフは、ミミナの声にはっと我に返った。


「い、いや、庭に大きな樹があってもいいなと思っていたんだ。こう、幹が太くて身体が隠れるような葉の多い、下で寝たら気持ちがいいような……」
「それって新居の記念樹ってこと? 素敵! いつか私たちの子供と一緒に木の下でお昼寝なんてできたら、きっとすごく楽しいわよね」
「あ、ああ、そうだな。昼寝をしたらきっと楽しいだろうな」


 無邪気に将来の夢を口にするミミナに、気を取り直したロルフは表情を引き締める。
 そうだ。まだ審査は終わってない。問題はこの先だ。いくら前菜がよくても、主菜が気に入ってもらえなければ何の意味もないのだ。


「さあどうぞ奥さん、ようこそ新居へ」


 ことさら優雅な笑みを浮かべて、ロルフは正面の扉を開いた。



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