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第6話 魔法庁長官、エムニネス・ガブリオーサ

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「いやー、パトリシアさんって、どこでも凄い人気ですね。それに今までこの業務をたった一人でやってたんでしょう? すごいですよねー」

 後ろを歩きながら呑気に感想を言うのは、今年入ったばかりの新人、ヨルンだ。
 パトリシアは最終日の金曜日、彼と一緒に引き継ぎの最後のチェックを行っていた。

「こんなの慣れれば大したことないわよ。それよりきちんと担当者の顔は覚えた? 渡す相手だけは絶対に間違えないようにしてね」
「はーい」

 アカデミーを卒業したばかりの新人ヨルンは二十二歳と聞いているが、その愛くるしい外見はどう見ても十代の少年にしか見えない。やる気があるのかないのかわからないところはあるが、優秀な成績でアカデミーを卒業したと聞く。きっと彼なら倉庫番を上手くやれるだろう、パトリシアはそう思っていた。

「じゃあ、ここが最後にして最大の難関だから、くれぐれも失礼のないように」
「はーい」

 二人が最後にやって来たのは「魔法庁長官室」。魔法庁トップの部屋だった。
 歴史ある魔法庁のクラシカルな建物の中でも一際重厚な扉を叩き中に入ると、長官はいつものように大きなマホガニーの机に向かい、熱心に何かをしたためている最中だった。

 魔法庁長官エムニネス・ガブリオーサ。
 大賢者の証しである紫のローブを身に纏い、床まで着くほどの真っ白の髪と豊かな髭を蓄えた一見優しそうに見えるこの老人は、百年以上も魔法庁の長官を務めるエルフの長老でもある。
 実質的な執務を執り行うことはないが、いわば魔法庁のシンボルとしてここに部屋を構えていた。
 パトリシア達に気が付くと、エムニネスはゆったりと顔を上げ鷹揚に微笑んだ。

「おおパトリシアか、待っとったぞ。例の物は見つかったか?」
「残念ですがそれはまだ……。今日は別件でご挨拶に参りました」
「ふうむ、ま、二人共座るがいい」

 どこからともなくソーサーとティーカップが応接机に飛んできたかと思うと、見る間に湯気の立つ赤い液体がなみなみと注がれる。パトリシアとヨルンは無言で頷き合うと、応接ソファーに腰を下ろした。

「それで挨拶とは、ここを辞める挨拶かのう?」
「流石にもうご存知でしたか。……長官にはとてもお世話になったので、最後にきちんとご挨拶したかったんです」

 倉庫にある貴重品の殆どは、このエムニネスが長い年月をかけ集めたコレクションと言っても過言ではない。パトリシアが魔法庁で一番世話になったのは間違いなくこのエムニネスだろう。だからこそ、この新人をわざわざここに連れてきたのだが……
 そう思いちらりと横に座るヨルンを見れば、彼はティーカップに注がれた紅茶にまさに口を付けるところだ。
 パトリシアは気付かれないようそっと溜息を吐き、改めてエムニネスに向き直った。

「今後はこのヨルンが担当になります。今年入ったばかりの新人ですが、きっと長官のお役に立つと思います……よ?」

 最後が疑問形になったのは、ヨルンが飲んでいた紅茶を勢いよく吹き出したからだ。
 この部屋で出された物に素直に口を付けてはいけない。パトリシアも今までそれで散々な目にあってきたのだから、ヨルンも今後は是非自分の身で体験して学んでいってほしいものだ。

「それでどうして急に辞めようと思ったのか、その理由を儂にもわかるように説明してくれるかの」
「ええ。それは……」

 パトリシアは正直に自分の想いを語った。
 倉庫番の仕事は好きだしやりがいもあるけれど、もう七年も同じことを続けてきた。功績のない私がこの先違う部署へ異動することはないだろうし、退庁までずっと倉庫から出られないのは辛い。そして何より、倉庫番が私である必要性が感じられないのだ。
 ならば私を必要としてくれる場所に行きたい──。

 それを聞いたエムニネスは何かを考えるように目を瞑り、自慢の髭を撫でた。


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