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前編
しおりを挟む「殿下。毎年、雪の華様の肖像画をありがとうございます」
絵の中の少女に似たソルティキア公爵夫人が、私に纁色の頭を下げる。その優雅な仕草は、淑女たちの見本とされるほどとても美しい。
私は毎年、新年のあいさつと共にソルティキア公爵家にルルリアナの肖像画を持っていく。
本来なら兄の婚約者で絶対神に選ばれたルルリアナを「雪の華」と呼ぶべきなのだが、私は自分の心の中ではひっそりと彼女のことをルルリアナと呼び捨てにしていた。
感謝するソルティキア一族に一抹の後ろめたさを感じつつも、私は贈呈した絵が去年の彼女の肖像画だということを秘密にする。
今年の彼女の肖像画は、私しかしらない秘密の場所に飾られている。
「マキシミリオン殿下には本当に感謝していますわ。私たちのために、毎年雪の華様の肖像画を届けてくださるのですから。おかげで私たちは毎年、娘の成長を知ることができます」
お辞儀と同じく優雅な仕草でソルティキア公爵夫人が淹れる紅茶は、本当に美味しかった。滅多に味わえないソルティキア公爵夫人の紅茶を楽しむ。
「別に大したことではないので、あまり私を持ち上げないで下さい」
本当にそうなのだ。私が宮廷お抱えの絵師に彼女の肖像画を毎年描かせているのは、彼らに親切したいからではない。私が彼女の姿をいつでも見られるように、描かせているのだ。その口実として、彼らを利用させてもらっているにすぎないのだ。
芳醇な紅茶の味を楽しみながら、私は召使いの手によって玄関ホールの目立つ場所に飾られるのを見守る。そして、ふと疑問に思う。
「外された肖像画はどこに行くのですか?」
「劣化防止の魔法が施された金庫で大切に保管しますわ」
ソルティキア公爵夫人はにこりと微笑む。
私はソルティキア公爵夫人ほど満足ができなかった。冷たい玄関ホールに飾られた彼女の絵が哀れでならなかった。
私なら、家族が集まる居間などに飾るだろうに。ソルティキア公爵家は、彼女を本当の家族の一員とは思っていないのだろう。ソルティキア公爵家に箔を付ける存在と思っているのかもしれない。彼らは気が付いていないのかもしれないけれど。
そのことがわかっているのか、年々美しくなる肖像画の中の彼女に、感情や希望、愛情などが少しずつ失われている兆しが見えた。そのことに気が付いているのはこの絵を描いた画家と私だけだろう。
兄では彼女を幸せにすることができないと痛いほどわかっていても、私に彼女は救えない。
エギザベリア神国の王位を継げない私に、彼女を迎える資格はないのだから。
少しでもアイス・ヘルシャフトの能力が私にあったのなら、全力で兄から君を奪うのに。
私にできるのは君の絵の前で、君に永遠の愛を誓い、君の幸せを祈ることだけなのだ。
君を幸せにするのは私の兄で、私には君に話しかける権利すらないのだから。
だからだろうか、ルルリアナを誘拐したとされるリースという少女の質問に即答できなかったのは。
私はリースに脅されてレオザルトがいる王族の別荘へと案内させられた。アインスの「ゲート」と呼ばれる魔法を使うには、私が必要なのだそうだ。その別荘ではルルリアナの妹で兄の想い人であるベルリアナの十六歳の誕生日パーティーが開かれていた。
ルルリアナが誘拐され行方不明になったというのに、兄はバルリアナの誕生日パーティーに出席したのだ。ルルリアナの十六歳の誕生日には顔も出さなかったというのに。
この世界で貴族女性の十六歳というのは本当に特別な意味を持つ。婚姻を結べる年になるからだ。そして男性は親同士が決めた婚約者だったとしても、形ばかりのプロポーズをして本当に自分と結婚する意志があるか確認するのだ。
兄は情報機関によるとルルリアナにプロポーズをしなかった。どうせ結婚しなければいけないのだからと、自分を愚かに憐れんでいるのだろう。
本当に哀れなのはルルリアナだとも知らず。
兄は神が選んだ雪の華をどう思っているのだろうか?自分が愛せないからと言って、ないがしろにしていいと本気で思っているのだろうか。
別荘へと案内させられる前に、ルルリアナを誘拐したリースに私の怒りが爆発した。
しかし、リースはルルリアナがよく笑うようになったと怒鳴り返したのだ。あんなところにいるよりも、私たちの側にいたほうがいいのだと。頑張りすぎて熱を出したり、苺が好きで苺のスイーツばかり食べていると。
リースが話す彼女の幸せそうな様子に、私はホッとしてしまったのだ。
そのため、アインスという女性に私の気持ちがバレてしまい。ルルリアナを愛しているのか尋ねられたのだ。
私は真剣に自分を見つめる、ルルリアナの瞳を黒くしたようなリースの瞳に嘘を言うことができなかったのだ。
なぜルルリアナを想いながら何もしなかったのだ、と怒れるリースに説明する。私にはエギザベリア神国を継ぐ能力がないことを。そのため、ルルリアナを手にする資格がないのだと。
ルルリアナへの愛を告白した私にリースが私に問うたのだ。「あなたがルルリアナを愛しているのはルルリアナが欲しいからなの?それとも王座が欲しいからなの?」かと。
即答できなかった私にリースは言ったのだ。
「あなたにルルリアナはあげられない。どんな障害があっても、ルルリアナを幸せにして見せるという根性がない奴に、ルルリアナはあげない」とはっきりと口にしたのだ。
私はルルリアナを愛している。その気持ちを誰かに疑われると思ってもいなかったのだ。リースの言葉に私は屈辱を感じたのだ。しかし、それでも私の彼女への愛は秘密にしなければならないと思っていた。
兄が、エギザベリア神国があんなことをしなければ、墓場までこの秘密を持っていくつもりだったのだから。
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