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中等部一年
祖父
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入学式を終えた私たちは胡蝶学院の制服のまま、祖父である磐井壮権が入居している地方の老人ホームへとやってきた。
壮権様は杖をついて歩く姿を見られるのが恥ずかしいと、地方にある高級老人ホームへ勝手に一人で決めて入居してしまったのだ。
その老人ホームは高速道路を使い小一時間程度の場所にあり、温泉街とても有名な観光地の近くにあった。
壮権様は現役からは引退しているが、会長職の座に居座り続けており株主総会などイタリアのマフィアみたいな粋なおしゃれをして参加している。サングラスにマフィア帽子姿で株主総会に出席している壮権様はとても目立っていた。
死ぬまでは磐井グループの会長席に居座ってやると豪語している。
老院ホームへ向かう車内の中、公泰くんだけがただ一人浮かない顔をしていた。
笙真くんも侑大くんもおじいさまである壮権さまのことが大好きなのだ。
他の車から降りてきた雅臣くん、聡介くん、克之くんも壮権さまに久しぶりに会える喜びに、目をキラキラと輝やかせている。
どうやら壮権さまに会うことを億劫に思っているのは、公泰くんと私だけのようだ。
壮権さまは孫に激アマなおじいさまだが、磐井グループの跡取りとなる公泰くんにだけは厳しい態度で接していた。壮権様にとって公泰くんはカワイイ孫というよりは、磐井グループの跡取りとしての比重がかなり重いようだ。
私はというと、得体のしれないどこぞの骨が磐井家に侵入してきたと思っているようで、磐井家の養子となった当初は見て見ぬふりをしていたが、笙真くんを始めとした孫がやたらと私の名前を出すようになった今では、苦虫を噛み潰したような顔で私を見るのが常だった。
車から降り一人トボトボと歩く公泰くんの後に、同じように歩く私が続く。
公泰くん以外の五人もそんな公泰くんの心境を思ってか、あえて声を掛けずに先に老人ホームへと入る。
壮権さまの入居している老人ホームはまるで高級ホテルのような内装で、天井にはシャンデリアが光り輝いており、おしゃれな織りカーペット、見るからに高そうな美術品が飾られている。
老人ホームの施設も充実しており、和・中・洋食の有名レストランの支店、日本庭園の中庭、牧場、小コンサートホール、ジム、温泉、エステ、陶芸やダンスなどのクラブ活動ルームなどが兼ね備えられている。
ここにないのは遊園地だけだと壮権さまが話していたが、それも納得だ。その遊園地もいつか作ってしまいそうで恐ろしい。
公泰くんは壮権様の部屋に入る前に深い深呼吸をし、制服のネクタイが曲がっていないかと手で確認している。公泰くんはきりりと背筋を伸ばして、壮権様の入居室へと足を踏み入れた。
公泰くんのネクタイがきちんとしているのを横目で確認した私は、公泰くんの後に続いて部屋へと入る。
部屋も高級ホテルのスイートルームと同じく、接客用のラウンジまである。ラウンジに置かれたソファはウッドフレームに白のおしゃれな形をしており、和紙できたランプが間接照明となり部屋を優しい光で満たしていた。
中庭に面した大きな窓を背景に、壮権さまは目に入れても痛くないというように五人の孫を可愛がっていた。
五人の孫は壮権さまを囲うように座っていて、侑大くんは壮権さまに甘えるように背中から抱き着いている。
「みんな大きくなったじゃないか!胡蝶の制服が良く似合な!」
だがその目は公泰くんが入ってきたのを確認すると、下がっていた目尻に厳しさが加わる。
「公泰、遅かったな。本来なら跡取りであるお前が一番に挨拶をするべきじゃないのか?」
ピンと伸びた公泰くんの背中に落胆が加わり、私は公泰くんが可哀そうで仕方がなかった。
磐井グループの跡取りとはいえ、まだ12歳の中学生なのだ。
壮権様は、公泰くんの後ろに目立たないように隠れていた私の姿を認めると、やはり巨大な苦虫を、それもすっごく苦い苦虫を噛んでしまったような表情を浮かべている。
私は以前から壮権さまに嫌われているし、もともと好かれようと思ってもいないので、気にした様子もなく無言で頭を下げる。
それがますます気に入らないのか、壮権さまは私をキィっと睨み私がここに存在しないかのように振る舞う。
そして長々と公泰くんに対する苦言を話し始めた。
「お前はいつも後継者としての自覚が足りん。だからお前はだめだというんだ!どうしていつも私をがっかりさせるんだ。これではとても磐井グループを任せられん!もっとしっかりちゃんとせい。」
壮権さまの公泰くんに対する説教をいつも聞いていて思うのだが、中身がないという気がして仕方ない。いつも言うことは同じで、公泰くんの上げ足を取っているだけにしか聞こえないのだ。
笙真くんや侑大くんを始めとした五人が、壮権さまの気を引こうと壮権さまに話しかける。
「じいじ、見て!この間のスノボの大会の動画!」
侑大くんがスマホで、先日優勝したスノボ大会の動画を壮権さまに見せる。
「こんなに難しい技ができるようになっていたとは思わなかったぞ。そういえば真澄から聞いたが、大会で優勝したんだって?すごいじゃないか!」
優勝なら公泰くんだって、テニスの大会で優勝している。絶対、旦那様はそのことを壮権さまに話しているはずだ。
「雅臣は最近株を始めたと聞いたぞ?どうだ?儲かっているか?あまり儲けようとするなよ」
雅臣くんが株を始めたのは、公泰くんに誘われたからだ。一緒に勉強しようと。
お茶を出した克之くんに「お前は本当に優しいな」と壮権さまが話しかける。
一緒にお茶を運んでいた公泰くんは無視するのね。
「聡介は…女を泣かせるのもほどほどにな。笙真は本当にいい男に育ったな。私の若いころにそっくりだ」
笙真くんと同じ顔の公泰くんはどうなのよ?
イライラしながら克之くんが淹れてくれたちょっと温い緑茶を飲む。ほっこりする優しい味だったが、壮権さまに対する私の怒りは収まる気配がない。
そもそもこの人の公泰くんに対する、差別は一体なんなのだ。
若干、空気が読めない侑大くんが、公泰くんが胡蝶学院で新入生を代表して挨拶したことを話す。
だが、壮権さまは「磐井グループの跡取りなのだから当然だ」と言ったきりで、公泰くんを見ようともしない。
暗に、胡蝶学院が磐井グループの系列だからだとほのめかす言い方だ。
確かに胡蝶学院は磐井グループの系列だが、そもそも磐井家御曹司を優遇する学院だったら侑大くんは幼稚園、初等部と胡蝶学院の受験に落ちていないはずだ。
壮権さまの態度に傷ついた公泰くんの目があまりにも公泰そっくりで、私の中の何かが弾けた。
私は壮権さまの頭に小便小僧のようにちょろちょろとお茶をかけ、物語の悪役令嬢のようにセリフを口にする。
「相変わらず相当ひねくれたおじい様ですね」
壮権さまの目がぱちくりと開き、何をされているかわからないと戸惑っている。
その時の顔があまりにも驚いた時の公泰にそっくりで、やはり公泰はこの人の孫なのだ。人を見下す傲慢な態度も、自分に自信が持てずに虚勢を張るところも公泰そっくりだ。
だから私は公泰くんにはまっすぐにのびのびと育ってほしいのだ。自分に自信を持って、自分の選択に責任をもてるような大人に。
そのために、あなたは邪魔なのだ。
「あなたがいうほど公泰くんはダメな人間じゃないし、あなたがどういった評価を公泰くんに下そうともそんなの全く関係ありませんから。あなたが認めてなくても公泰くんはすごい人なんだから!」
私は壮権さまがショックから立ち直る前に、公泰くんの手を引き部屋を後にする
そういえば、公泰も悲しそうにおじい様に認めてもらえないと話していたのを思い出す。
「祖父は死んだのが笙真や侑大じゃなくて、俺だったら良かったのにって思ってるんだ。だから、キミじゃなくても同じことを言われていたと思う。俺がすることすべて気に入らない人だったから」と、寂しそうに話していた公泰を。
あの時は確か、公泰が連れて行ってくれたお寿司屋さんで壮権さまと鉢合わせしてしまった時だったな。
壮権様は安物のワンピース姿の私を見下すように見つめ「付き合う女はきとんと選べ」と、公泰と喧嘩になったのだ。
その時も私は公泰の手を引いて、この偏屈じじいから引き離したんだった。
だって、公泰にあんな悲しいことを言わせる人の側に、公泰を一秒でも長く置いておきたくなかったからだ。
私に引っ張られる公泰くんの手は、あの日の公泰と同じく温かくて握りしめる手の強さも同じだった。
私たちは笙真くんたちが来るまでずっと、黙って手を握っていた。
公泰くんの目は何か吹っ切れたような瞳をしていて、私は公泰くんがほんの少し大人になったのだと思った。
だって、おじいさまから私を守る時の公泰の顔にそっくりだったから。こうして公泰も少しずつ諦めていったのだろうか?
壮権様は杖をついて歩く姿を見られるのが恥ずかしいと、地方にある高級老人ホームへ勝手に一人で決めて入居してしまったのだ。
その老人ホームは高速道路を使い小一時間程度の場所にあり、温泉街とても有名な観光地の近くにあった。
壮権様は現役からは引退しているが、会長職の座に居座り続けており株主総会などイタリアのマフィアみたいな粋なおしゃれをして参加している。サングラスにマフィア帽子姿で株主総会に出席している壮権様はとても目立っていた。
死ぬまでは磐井グループの会長席に居座ってやると豪語している。
老院ホームへ向かう車内の中、公泰くんだけがただ一人浮かない顔をしていた。
笙真くんも侑大くんもおじいさまである壮権さまのことが大好きなのだ。
他の車から降りてきた雅臣くん、聡介くん、克之くんも壮権さまに久しぶりに会える喜びに、目をキラキラと輝やかせている。
どうやら壮権さまに会うことを億劫に思っているのは、公泰くんと私だけのようだ。
壮権さまは孫に激アマなおじいさまだが、磐井グループの跡取りとなる公泰くんにだけは厳しい態度で接していた。壮権様にとって公泰くんはカワイイ孫というよりは、磐井グループの跡取りとしての比重がかなり重いようだ。
私はというと、得体のしれないどこぞの骨が磐井家に侵入してきたと思っているようで、磐井家の養子となった当初は見て見ぬふりをしていたが、笙真くんを始めとした孫がやたらと私の名前を出すようになった今では、苦虫を噛み潰したような顔で私を見るのが常だった。
車から降り一人トボトボと歩く公泰くんの後に、同じように歩く私が続く。
公泰くん以外の五人もそんな公泰くんの心境を思ってか、あえて声を掛けずに先に老人ホームへと入る。
壮権さまの入居している老人ホームはまるで高級ホテルのような内装で、天井にはシャンデリアが光り輝いており、おしゃれな織りカーペット、見るからに高そうな美術品が飾られている。
老人ホームの施設も充実しており、和・中・洋食の有名レストランの支店、日本庭園の中庭、牧場、小コンサートホール、ジム、温泉、エステ、陶芸やダンスなどのクラブ活動ルームなどが兼ね備えられている。
ここにないのは遊園地だけだと壮権さまが話していたが、それも納得だ。その遊園地もいつか作ってしまいそうで恐ろしい。
公泰くんは壮権様の部屋に入る前に深い深呼吸をし、制服のネクタイが曲がっていないかと手で確認している。公泰くんはきりりと背筋を伸ばして、壮権様の入居室へと足を踏み入れた。
公泰くんのネクタイがきちんとしているのを横目で確認した私は、公泰くんの後に続いて部屋へと入る。
部屋も高級ホテルのスイートルームと同じく、接客用のラウンジまである。ラウンジに置かれたソファはウッドフレームに白のおしゃれな形をしており、和紙できたランプが間接照明となり部屋を優しい光で満たしていた。
中庭に面した大きな窓を背景に、壮権さまは目に入れても痛くないというように五人の孫を可愛がっていた。
五人の孫は壮権さまを囲うように座っていて、侑大くんは壮権さまに甘えるように背中から抱き着いている。
「みんな大きくなったじゃないか!胡蝶の制服が良く似合な!」
だがその目は公泰くんが入ってきたのを確認すると、下がっていた目尻に厳しさが加わる。
「公泰、遅かったな。本来なら跡取りであるお前が一番に挨拶をするべきじゃないのか?」
ピンと伸びた公泰くんの背中に落胆が加わり、私は公泰くんが可哀そうで仕方がなかった。
磐井グループの跡取りとはいえ、まだ12歳の中学生なのだ。
壮権様は、公泰くんの後ろに目立たないように隠れていた私の姿を認めると、やはり巨大な苦虫を、それもすっごく苦い苦虫を噛んでしまったような表情を浮かべている。
私は以前から壮権さまに嫌われているし、もともと好かれようと思ってもいないので、気にした様子もなく無言で頭を下げる。
それがますます気に入らないのか、壮権さまは私をキィっと睨み私がここに存在しないかのように振る舞う。
そして長々と公泰くんに対する苦言を話し始めた。
「お前はいつも後継者としての自覚が足りん。だからお前はだめだというんだ!どうしていつも私をがっかりさせるんだ。これではとても磐井グループを任せられん!もっとしっかりちゃんとせい。」
壮権さまの公泰くんに対する説教をいつも聞いていて思うのだが、中身がないという気がして仕方ない。いつも言うことは同じで、公泰くんの上げ足を取っているだけにしか聞こえないのだ。
笙真くんや侑大くんを始めとした五人が、壮権さまの気を引こうと壮権さまに話しかける。
「じいじ、見て!この間のスノボの大会の動画!」
侑大くんがスマホで、先日優勝したスノボ大会の動画を壮権さまに見せる。
「こんなに難しい技ができるようになっていたとは思わなかったぞ。そういえば真澄から聞いたが、大会で優勝したんだって?すごいじゃないか!」
優勝なら公泰くんだって、テニスの大会で優勝している。絶対、旦那様はそのことを壮権さまに話しているはずだ。
「雅臣は最近株を始めたと聞いたぞ?どうだ?儲かっているか?あまり儲けようとするなよ」
雅臣くんが株を始めたのは、公泰くんに誘われたからだ。一緒に勉強しようと。
お茶を出した克之くんに「お前は本当に優しいな」と壮権さまが話しかける。
一緒にお茶を運んでいた公泰くんは無視するのね。
「聡介は…女を泣かせるのもほどほどにな。笙真は本当にいい男に育ったな。私の若いころにそっくりだ」
笙真くんと同じ顔の公泰くんはどうなのよ?
イライラしながら克之くんが淹れてくれたちょっと温い緑茶を飲む。ほっこりする優しい味だったが、壮権さまに対する私の怒りは収まる気配がない。
そもそもこの人の公泰くんに対する、差別は一体なんなのだ。
若干、空気が読めない侑大くんが、公泰くんが胡蝶学院で新入生を代表して挨拶したことを話す。
だが、壮権さまは「磐井グループの跡取りなのだから当然だ」と言ったきりで、公泰くんを見ようともしない。
暗に、胡蝶学院が磐井グループの系列だからだとほのめかす言い方だ。
確かに胡蝶学院は磐井グループの系列だが、そもそも磐井家御曹司を優遇する学院だったら侑大くんは幼稚園、初等部と胡蝶学院の受験に落ちていないはずだ。
壮権さまの態度に傷ついた公泰くんの目があまりにも公泰そっくりで、私の中の何かが弾けた。
私は壮権さまの頭に小便小僧のようにちょろちょろとお茶をかけ、物語の悪役令嬢のようにセリフを口にする。
「相変わらず相当ひねくれたおじい様ですね」
壮権さまの目がぱちくりと開き、何をされているかわからないと戸惑っている。
その時の顔があまりにも驚いた時の公泰にそっくりで、やはり公泰はこの人の孫なのだ。人を見下す傲慢な態度も、自分に自信が持てずに虚勢を張るところも公泰そっくりだ。
だから私は公泰くんにはまっすぐにのびのびと育ってほしいのだ。自分に自信を持って、自分の選択に責任をもてるような大人に。
そのために、あなたは邪魔なのだ。
「あなたがいうほど公泰くんはダメな人間じゃないし、あなたがどういった評価を公泰くんに下そうともそんなの全く関係ありませんから。あなたが認めてなくても公泰くんはすごい人なんだから!」
私は壮権さまがショックから立ち直る前に、公泰くんの手を引き部屋を後にする
そういえば、公泰も悲しそうにおじい様に認めてもらえないと話していたのを思い出す。
「祖父は死んだのが笙真や侑大じゃなくて、俺だったら良かったのにって思ってるんだ。だから、キミじゃなくても同じことを言われていたと思う。俺がすることすべて気に入らない人だったから」と、寂しそうに話していた公泰を。
あの時は確か、公泰が連れて行ってくれたお寿司屋さんで壮権さまと鉢合わせしてしまった時だったな。
壮権様は安物のワンピース姿の私を見下すように見つめ「付き合う女はきとんと選べ」と、公泰と喧嘩になったのだ。
その時も私は公泰の手を引いて、この偏屈じじいから引き離したんだった。
だって、公泰にあんな悲しいことを言わせる人の側に、公泰を一秒でも長く置いておきたくなかったからだ。
私に引っ張られる公泰くんの手は、あの日の公泰と同じく温かくて握りしめる手の強さも同じだった。
私たちは笙真くんたちが来るまでずっと、黙って手を握っていた。
公泰くんの目は何か吹っ切れたような瞳をしていて、私は公泰くんがほんの少し大人になったのだと思った。
だって、おじいさまから私を守る時の公泰の顔にそっくりだったから。こうして公泰も少しずつ諦めていったのだろうか?
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