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IEWⅢ DISC‐1
70 要請
しおりを挟むロークの腰に付けていた無線が鳴り、ロークは我に返ったように無線に応答する。無線の相手はゲオルグで、山火事に逃げ遅れたフォレスト・チャイルドの救援要請だった。
アスタリアに乗りこもうとするロークに、チャーリーが話しかける。
「ルルリアナも連れて行ってや」
「チャーリー!」
「ええか、リース?少し、冷静になって聞いてや。今起きてる山火事は大精霊の火で起きた山火事や。その火ぃこいつが吸収したら、少しでもは早うルルリアナの体から追い出せる。それに大精霊を殺すわけにはいかへん。この星のバランスが崩れるさかいな。こら必要なことなんや!」
「…そういうことなら、わかった」
チャーリーのあまりの気迫にリースは納得するしかなかった。言い返したくても、体中が痛くて思うように頭も働かない。心配そうにルルリアナに目をやれば、ルルリアナもロークに付いていきたがっている。リースは大人しく折れるしかなかった。
「リース、私は大丈夫ですから」
リースはロークに支えられアスタリアに乗りこむルルリアナの背中を見送ることしかできなかった。
私はダメな人間だ。何をすることもできなかった。ルルリアナを助けたいと思いながら行動しているが、ただ周囲の人間を我儘に振り回し足を引っ張っている。ここに師匠がいたらなんと言われるだろうか…。
「リース…。ちょっと、いいかしら?」
アインスの不機嫌な口調に、リースは黙ってアインスに付いていく。アインスは皆から少し離れた場所で止まり、防音の結界をはる。どうやら今から離す内容は誰にも聞かれたくないらしい。
「あなたに言っておきたいことが二つあるの」
アインスは力強くリースを見つめる。その瞳には非難の色は少しも浮かんでおらず、ただ純粋にリースへの懇願が浮かんでいた。
「お願いだからもう二度とツヴァイに火の魔法は使わせないで」
理由を聞こうとしたリースをアインスは手で制する。
「理由も聞かないで。私にはその理由をあなたに話す資格はないから。もし、知りたいと思うならツヴァイに直接聞いて。でも、理由は聞かないで上げてほしいの」
「わかった…」
「本当に分かったのかしら?どんなことが起きても、ルルリアナが危険にさらされてもよ?」
「えぇ、約束する」
「こういう時、私たちの関係って一方的よね。私たちはあなたが科した誓約に縛られるけれど、あなたはただの口約束なんだもの」
アインスは自分の左腕に刻まれた誓約の証をそっと撫でる。その動きは、リースにアインスはこの関係に納得していないということを、強烈に認識させたのだった。
ダメだ…。私にはまだアインスも、ツヴァイも、そしてフィーアも必要なのだ。私にはルルリアナを守る力がないのだから。
最初は、課金アイテムである伝説の魔女を使って、ルルリアナを救えばいいと思っていた。三人に会うまで私は三人のことをアイテムだと本気で思っていたのだ。もしかしたら出会ってからも、無意識にそう思っていたのかもしれない。
でも、今日ツヴァイの傷ついた姿を見て、ツヴァイはアイテムなんかではなく血の通った、感情の伴った、人格を持つ人間なのだ。そのツヴァイを傷つけてしまったのは間違いなく、私自身なのだ。
「口約束でも、私の魂に刻むよ。もう二度と、ツヴァイに強制して魔法は使わせないって。きちんとツヴァイを尊重する」
アインスはしばらくリースに瞳を見つめてから、表情を変えることなくもう一つの望みを口にする。
「…フィーアには、人殺しをさせないで。ルルリアナを殺そうとしている人間もそこには含まれる」
「わかった、誓う」
「話は以上よ」
アインスは指を鳴らし、防音の結界を解くとリースが付いてい来るかも確認せずツヴァイたちのもとへと歩みを進める。
「…アインス」
掻き消えそうなリースの言葉はしっかりとアインスに届いたようで、アインスは髪を片手で振り払い振り返る。
「アインスは、あなたは私に何か言うことはないの?」
しばらくアインスは考えた後、リースに皮肉に笑って答えたのだった。
「もう二度とダサい服は着せないで」
―・❅・―❅―・―・― ❅―・―
山火事のよって起きた上昇気流で強風が吹き、飛竜のアスタリアでも真っすぐに飛ぶことができない。
振り押されないようにロークの背中にしがみついていたが、ルルリアナは拳一個分の距離を離していた。男性にしがみつくなど、厳しい貞操観念で育てらえたルルリアナにはできなかったのだ。
アスタリアの背に乗り、空から見る山火事は本当に広範囲に及んでおり、ルルリアナの目から見ても酷い様子だった。
「ひどい…」
無線を黙って聞いていたロークがルルリアナに説明する。
「ホットショット本部は西側の山火事を集中して鎮火させることに決めたらしい。だから、ここ東側の山火事は自然鎮火を待つことになる」
「どうして?」
「東側にはデビルマ山脈を二つに分断する大きなルワッタ川が流れているんだ。ルワッタ川が防火帯となって山火事を停めてくれる。でも、西側には防火帯になりそうなものは何もない。だから、西側に集中して鎮火する必要があるんだ」
「こんなに綺麗な山なのに」
「山火事も別に悪いことばかりじゃない。住処を追われる野生動物たちはもちろん可哀そうだけどね。乾燥した森林は害虫が繁殖しやすくなっているし、森林保護で守られた森林はやせ細っている細木が多いんだ。火の大精霊が起こした聖火なら、そういったものを一掃してより豊かな森を作ってくれるだろう」
ロークの言葉にルルリアナの手の甲にポヨンと乗った火の大精霊が胸を張るようなしぐさを見せる。しかし、風によって吹き飛ばされそうになり、ルルリアナは慌てて右手で風よけを作ってやる。
「だからと言って、子供の命や野生動物の命が奪われるのを黙って見過ごすつもりはないけどね。住む土地を追われ、森の中に人は急激に増えた」
ロークの指さす方向へルルリアナが視線を向けると、そこには砂漠が広がっていた。
「あそこは、俺たちが子供の頃は綺麗な草原が広がっていたんだ…。エギザベリア神国の王様がマザーアイスを操る能力が弱まっているせいでね…」
ルルリアナは目の前に広がる砂漠の姿を目に焼き付けていた。この重荷をいつか、レオザルト殿下は背負うことになるのだと。彼を支える相手が自分ではなくなったことにホッとしている自分と、自運命から逃げ出したことに後悔する自分もいることに気が付いたのだった。だからと言って、あの霊廟のような神殿に戻ろうとは思わないけれど。
レオザルト殿下にはベルリアナがいる…。
じゃあ、私には誰がいるというのだろうか…。リースはいつまで私と一緒にいてくれるだろうか?
ルルリアナの指先は久しぶりに凍えるように冷たくなり、火の大精霊はその冷たさから逃げるために、ビョンビョンとルルリアナの肩まで逃げ出す。
「あなたは私を温めてはくれないのね」
当然だ!と言わんばかりに火の大精霊は可愛らしく舌を出す。
「なんだ、寒いのか?確かに舌で熱せられているかもしれないけど、上空は風が吹いて寒いからな。もっと、しっかり俺に掴まればいい」
ルルリアナはロークに促されて、ロークの広い背中に頬を預ける。ロークの背中の温もりが頬から伝わり、ルルリアナの顔は耳まで真っ赤に染まったのだった。
その様子を火の大精霊が「ニシシシ」と悪い顔で笑ったのだった。
ルルリアナの指先はいつの間にか体温を取り戻していた。
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