白の贄女と四人の魔女

レオパのレ

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IEWⅢ DISC‐1

67 精霊

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 リースは自分がどれくらいの時間、気を失っているかわからなかった。

 洞窟の中にいたはずなのに、外に放り出されたのか山火事で赤く染まる夜空を見上げていた。

 体のあちらこちらに激痛を感じ、思うように動かすことができない。

 ルルリアナ!

 くらくらする頭でリースはルルリアナが爆発直前、自分と一緒にいたことを思い出す。

 体の痛みをおもいっきり無視してリースは頭を動かす。かすむ目を細めて焦点を合わせたリースの目に映し出されたのは、粉々に割れてしまった雪木の上に立つゲオルグの姿だった。

 ゲオルグが爆発から生き延びて、ぴんぴんしていることに怒りが沸き上がる。

「あの野郎!」

 口の中に血の味がして、起き上がろうとしたリースは血を吐き出してしまう。

「リース!動かないで!今、治療しますから」

 力を失い再び倒れた自分に駆け寄ってきたルルリアナの姿に安堵し、リースは安堵する。

 私はもう二度とルルリアナを、月菜を失うなんて耐えられない。ルルリアナが治療するために前に出した手をリースは握りしめ、ルルリアナの体温を感じて短く神に感謝する。ロクシティリア神がどんな神様か知らないが、ルルリアナを愛し守ってくれているとしたらとても素晴らしい神様だ。

「リース…」

 ルルリアナもリースが大けがを負いながらも生きてくれていたことに感謝したのだった。

「ルルリアナ…。無事で良かった」

「フィーアさんが守ってくれました。フィーアさんはリースのことも助けたがっていましたが、間に合わなくて」

「フィーアはどこにいるの?ロークは?……………あと、チャーリーは?」

「ついでの様に心配してくれておおきに。俺は無事や。フィーアはあいつを牽制してる。ロークは今、瓦礫の下から兄貴を助けるのに夢中や」

 リースはルルリアナの回復魔法で体の痛みが徐々に薄れていくのを実感する。鎮痛剤のような回復魔法に、リースはルルリアナの魔法ではすべての傷が癒えるわけではないのだと実感する。でも、体が動かせればいいのだ。動くことが出来なくて、みんなのお荷物になるのだけは再び避けたい。

 起き上がろうとしたリースをルルリアナは両手で地面に押し付ける。

「まだ動かないでください」

 ゲオルグのことはフィア―に任せて、リースは仕方がないので目をキョロキョロ動かしロークの姿を探す。

 ロークは瓦礫の山を包むように魔法陣を展開させる。魔法陣から展開された水はプルプルしたゼリーのような水で、重たい瓦礫もゆっくりと持ち上がり始める。水が器用に動き、魔法陣の外に向かって瓦礫を次々と吐き出していく。大まかな瓦礫が片付くと、ワインズの足が姿を現したのだった。

「兄さん!」

 どろりと水から吐き出されたワインズをロークが支える。ワインズはピクリとも動かず、唇まで真っ暗だった。

「私の事はいいから、ワインズを助けてあげて」

 一瞬ルルリアナは迷うようにリースを見つめるが、ワインズの方が重傷だと瞬時に判断し、リースに短い祈りを捧げてワインズのもとへと駆けていったのだった。

 リースが上体を起こすのをチャーリーが手伝う。

「あいつは、あそこで何を待ってるんや?」

 ゲオルグは何かを待つように目を閉じ、天を仰いでいる。

「火の大精霊が復活するのを待ってるんじゃない?」

「あいつは厄介やで…」

「あいつって誰?」

「あいつのこっちゃあらへん。火の大精霊のことだ。あいつは気性がえげつのう荒うてね。ロクシティリア神も封印するのも苦労しとった。数千年も封印されとったんや。めっちゃ怒ってる思う」

「どうしてあなたがそのことを知ってるの?」

 目を細めて自分を見つめるリースに、チャーリーはしまったという表情を見せる。リースはそのわざとらしさにますますチャーリーに対する疑いを深めていく。

 こいつ、やっぱりただの商人なんかじゃない。でも、ゲームにチャーリーなんていうキャラクターは出てこなかった。見た目もすこぶるいいチャーリーがただのモブとは思えず、しかし主要キャラクターという自信もリースにはない。

「そらあれだ!全部、聖書や物語、伝説にも描かれてることをまとめて考えてん。決して、見たわけやないで?」

 口笛を吹いて誤魔化すチャーリーを問い詰めようとした瞬間、デビルマ山脈の中で一番高いアガー山が轟音を立てながら崩れ落ちていく。割れたアガー山からはマグマが噴き出し、小さな爆発が何回を起こる。

「始まってしまったみたい」

 マグマの中から美しい女性の手が現れ、割れたアガー山を握りしめゆっくりと体を起こし始める。炎でできたクジャクの羽根を頭に付け、ビキニのような鎧を見に纏った女性の巨人が姿を現す。彼女こそがロクシティリア神によって雪木に閉じ込められていた火の大精霊だった。火の大精霊の全身が高温の火でできているようで、太陽に似た色を放っている。

 その姿は神々しく、恐怖なのか崇拝なのかわからないが自分の命を乞うために、リースは祈りを捧げたかった。

 皆が火の大精霊に恐れを抱く中、ゲオルグだけがただ一人、欲しかったプレゼントを貰えた子供様に無邪気にはしゃぎまわっていた。

「すごい!本当にすごい!」

「あのアホはどないして火の大精霊を操る気なんや?とてもあいつに手に負えるような相手に見えへん」

 ゲームの中でワインズは自分の魂を火の大精霊と融合させていた。そうして、自分の中に火の大精霊の力を封じ込め、徐々に取り込むつもりだったのだ。ラストバトルでのワインズの姿は人間とかけ離れていて、本当に火の大精霊を御することができていたのだろうか?

 ゲオルグはゆっくり懐から手のひらに収まるサイズの瓶を取り出す。瓶の中には激しく燃え盛る緋色の炎が入れられていた。

「あれはきっとワインズの心臓や」

「どうしてわかるの?」

「リースは博識なのか無知なのかわからへんな。知識に偏りがありすぎや。火の属性を持つ人の寿命が短いのは知ってるか?…その様子やと知らへんみたいやな。火の属性は心臓が燃えてるんや。心臓を激しゅう燃やし、魔法を使うたびに寿命を縮めていく。…それがロクシティリア神に嫌われた火の使い手に授けられた呪いなんや」

 ゲオルグは瓶の蓋を開け、緋色の炎を右手のひらへと乗せる。遠く離れたリースからもゲオルグの右手が火傷でただれていく様子がはっきりと見えた。しかし、ゲオルグはまるで暑さを感じないかのようにゆっくりと緋の炎を火の大精霊へと差し出す。

 まるで緋の炎に魅かれるように、ゆっくりと火の大精霊は手を伸ばす。

「いいぞ!本当にすごい!これでボクはロクシティリア神に並ぶ神となるんだ!」

 あと少しで火の大精霊の指先が緋の炎に触れるという瞬間、火の大精霊の目から涙のようなマグマが零れ落ちる。ピクリとも動かなくなった火の大精霊にゲオルグは怒り、声を張り上げる。

「おい!どうした!早くこれに触れ!早くしろよ!」

 再び動き出した火の大精霊は噴火した火山の様に、荒々しくマグマを噴き出すと、その魔の手をルルリアナへと伸ばしたのだった。
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