白の贄女と四人の魔女

レオパのレ

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IEWⅢ DISC‐1

58 火消

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 「魔女のいとこ」が開店してからすでに二週間経とうとしている。

 春の終わりが近づき、日に日に暑さが増すとともに日が暮れるのが長くなる。

 客入りもまずまずで連日忙しい日々を過ごしているが、「アイス・エンド・ワールド」の有力な情報を持つ客の訪れはなく、リースは少しイライラした日々を過ごしていた。

 それは平和な日々に慣れていないアインスとツヴァイも同じようで、二人は何もすることがないためか毎日の様に「魔女のいとこ」に来ては、リースに聞こえるように大声で文句を言うのだった。

「あ~、退屈!これじゃ、封印されていたころと同じ気分」

 動けるのだから文句は言わないでほしいし、ツヴァイの魂は蝋燭によって火あぶりにされていないのだから一緒にしないでほしい。

「こればかりはあなたに同意するわ。買い物にも行けないなんて」

 あなたが作った借金を私たちはまだ返済できていません!

 声に出して言い返すと蒼と赫の魔女と口論になってしまうので、テーブルの上の皿を黙々と片付けながら心の中で二人に反論する。

「それにここのデザート、味はいいけど見た目が少し田舎くさいのよね。もっと大きさも小さくした方が高級感が増すと思うし、おしゃれな飾りを付けた方がいいわ」

 アインスはスプーンで丸くくり抜いたメロンが載ったショートケーキを食べながら、文句に近い感想を口にする。

「お酒も出せばいいのにな。ただのソフトドリンクしか出さないのも何と言うか…澄ましすぎ?」

 ツヴァイは勝手にショーケースからオレンジが隠し味のタンドリーチキンを三本も取り出し、かぶりついている。

 営業妨害で訴えてやろうかとリースは思うが、二人の魔女を睨みつけるだけに済ませ、レジに並ぶ客を裁くためにレジへと向かう。

「とても美味しかったです。あんなに新鮮な魚が食べられると思ってもいませんでした」

「えぇ、鱸なんて滅多に手に入らない珍しいお魚ですものね」

 乾燥地帯であるペンタゴーヌム陸地から来た主婦たちが「鱸のソテー~オクラのソース添え~」についての感想を述べ、店の入り口に付いた鈴を鳴らして立ち去っていく。

 海の近くから来たヘクサゴーヌム陸地から貴婦人たちは、リース達の話が聞こえたのか怪訝な表情を浮かべている。

「鱸なんてどこでも買えるのに、何を言っているのかしら?」

 フィーアの魔法で客の認識能力を下げているとは言え、こういった会話が「魔女のいとこ」で繰り広げられることは少なくない。しかし、フィーアの魔法のおかげか客たちはそれ以上深く考えることをいないのか、大きな問題になることはなかった。

 もちろんそれは「雪の華」であるルルリアナにも言えることで、フィーアの魔法を用いてもルルリアナの容姿を見て「雪の華」と結びつける客は少なくなかった。さすがに本物の雪の華だとは思わないみたいで、客たちはルルリアナの美しい銀髪と灰色の瞳を見てとても羨ましがるだけだった。

 しかし、念には念をとルルリアナの銀髪はベルフラワー、いわゆる桔梗色に染められていた。

 それとともになぜかチャーリーも、綺麗な金髪を鮮やかなマンダリンオレンジに染めたのだ。

 美容室から帰ってきた二人を見て、リースは「ハロウィンかよっ!」と思わず突っ込んでしまったがもちろんハロウィンがないこの世界で、リースの突っ込みを理解するものは誰もいなかった。

 入口の鈴がカラカラと鳴り、入ってきた客に挨拶しようと振り返ったリースは言葉を失う。

 なぜなら全身煤で真っ黒に汚れた男たちの集団が、入るのを躊躇っているのか入り口を占拠しているのだ。

顔まで真っ黒に汚れているが辛うじて水色の髪色だとわかる男性が、仲間を代表してリースに問いかける。

「迷惑かな?」

 リースはその男性を知っていた。男性の名前は「ローク」。「アイス・エンド・ワールド」のシリーズスリーの主人公であり、山火事と戦う火消しでもあるのだ。

 情報を持っているかもしれないロークを逃がすかとばかりに、リースは満面の笑顔で答える。

「いえ、全く迷惑ではございません。どうぞ、ごゆっくりしていってください」

 リースの言葉が意外だったのか、ロークは目を丸くする。

「こんなに汚れているのに?」

「煤の汚れでしたら、モップで拭けばすぐに綺麗になりますから」

 壁にかけていたモップを笑いをこらえ切れていないチャーリーへ押し付ける。押し付けられたチャーリーは男たちの全身を一人一人眺めて大げさに肩を落としている。

 リースは戸惑うルルリアナにチラリと視線を向け、素早く指示を伝える。ルルリアナもリースの意図を瞬時に理解し、行動を開始する。

 幸いなことに「花の小部屋」がまるまる空いていたので、二十人近い筋肉隆々な男たちを可愛らしい部屋へと追いやる。

 チャーリーは地球のドナドナに似た悲しそうな歌を口ずさみながら、モップで男たちが残した黒い靴跡を綺麗に拭き上げていく。リースの目が笑っていないことに気が付いたチャーリーはぴたりと歌うのを止める。

 色鮮やかなロイヤルブルーの壁に花と蝶で溢れた「花の小部屋」を見て、この部屋にまるで似つかわしくない火消したちは言葉を失ったように呆然と部屋を見渡している。中にはリースが知っているゲームのキャラクターも含まれていた。

「誰ですか?こんなお洒落な店に来ようって言った人は…」

 ロークが大声で文句を言うと、男たちはそれを皮切りに話始める。

「この椅子、俺が座った壊れそうなくらい繊細なんだけど」

 ロークが属するホットショット隊の隊長であるドミニクが、可愛らしい彫刻が施された椅子を見て心配そうに眉を下げている。

「壊したらちゃんと弁償しろよ」

 副隊長でありみんなの相談役であるコナンが、ドミニクの肩を叩きながら慰める。

「俺たち…場違いすぎると思うんだけど」

 一番の新人で弱虫にして泣き虫であるゼオルグは「花の小部屋」に入るのを嫌がり、入り口でオロオロとしている。

「こんなお洒落な店で何を食べたらいいんだよ!」

 見た目はいいのに女に全くモテないキューリーが、いらいらしたように煤で汚れたピンクリトの髪を掻きむしっている。そのせいで煤の粉が床を汚し、チャーリーはわざとらしくモップで床を掃除し始めたため、キューリーとチャーリーは激しく睨みあっている。

「俺のかみさん、こんな感じのカワイイ店好きなんだよな。今度連れて来てやろうかな」

 ロークの隊で唯一の所帯持ちであるタイランが「花の小部屋」隅から隅まで歩き回り、嬉しそうに顔をほころばせている。

 本来ならショーケースを見て、料理を選んでもらうのだがこれ以上店が汚れるとチャーリーが可愛そうなので、リースは火消したちに常備メニューである「カレーライス」を出すことにした。

 カレーライスなら男たちも気兼ねなく空っぽの胃袋を満たすことができるだろう。男たちに次々とカレーライスを運ぶ。男たちは初めて食べるカレーライスを競うように食い散らかす。男たちが満足したころには、カレーライスは売り切れとなりリースは入り口の黒板に「カレーライス売り切れ」と赤のチョークで書き込むのだった。

 女の子のような可愛らしい風貌のゼオルグがワインズが一面に載った新聞を読み終わり、盛大にため息と吐く。

「おいおい、若者が溜息なんてつくなよ」

 口の中にたっぷりのカレーを詰め込んだままタイランがゼオルグを励ます。

「同じ、火の使い手なのにボクの火はカルマにまるっきり太刀打ちでいませんでした。迎え火で消すことすら叶わなかった」

「…今回のカルマは本当にすごい女だったな。お前はまだ若い。訓練をつめばいつかお前はワインズと並ぶ、火の使い手になれるさ」

「そうですね!ボクはいつかきっとワインズさんを超えます」

 先ほどまでしょぼくれていたゼオルグだったが、タイランに励まされただけで自信満々に答えるゼオルグにホットショットたちは言葉を失う。

「その粋だ!お前は変な山火事しか体験してないからな。やる気を失ってなくて良かったよ」

 場を取りなすようにコナンが声を掛け、花の小部屋は再び騒音に包まれるのだった。
 
 腹を満たした男たちは「魔女のいとこ」にアルコール類がないとわかると明らかにがっかりした様子を見せたが、リースがサービスとして出した濃いめの珈琲を口にすると、満足そうに唸り声を漏らす。

「くぅう…。生き返るぜ」

「ホットショット本部の珈琲と比べるのも失礼だけど、本部の珈琲はただの泥水だな」

 シリーズスリーに登場するキャラクターの中でもお気に入りだったドミニクとコナン尾言葉にリースはつい嬉しくなり、飲み物のテイクアウトができると口にしてしまったのだった。

「それは助かります。この珈琲を飲んだらとてもあの泥水を飲もうとは思わないだろうから」

 コナンが優しくリースにお礼を述べる。

 これで「アイス・エンド・ワールド」のシリーズスリーのメインキャラクターたちは「魔女のいとこ」の常連となったのだった。


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