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在処のはじまり
51 視察
しおりを挟むリースは初めにカフェの顔となるコーヒーと紅茶を厳選することにした。
伝手は商人をしているというチャーリーだ。本当に商人をしているかは甚だ疑わしいけれど。
チャーリーはアインスのゲートを使い、王都でも一番大きなルベルト商会へとリース達を案内する。
ルベルト商会の門の前には「王族ご用達」の印が刻まれており、本当にチャーリーがこのルベルト商会に伝手があるのだろうか?門前払いさえないかとリースは疑いの眼差しでチャーリーを見る。
チャーリーは観念したように両手を上げる。
「そないな目で俺を見んといてや。ほんまにいけるさかい、安心してや」
そうリースに言い放つと、チャーリーは一人でルベルト商会の中へと入っていく。
ルベルト商会には有能そうな受付嬢が三人もいて、それぞれ忙しそうに来客の対応をしていた。三人も受付嬢がいるというのに、受付の前にはかなりの列ができていた。
「まぁ、見とってや」
チャーリーは列を無視して、ズカズカと受付まで進んでいく。列に並ぶ人に文句を言われてもどこ吹く風だ。
「俺はチャーリーやけど、会長さんおるか?」
メガネをかけて髪をひっ詰めている受付嬢は、メガネを少しずらしチャーリーを裸眼で確認する。
「会長の優先人物の欄にチャーリーなんていませんけど。御用があるなら列にお並びください。順番に対応させていただいておりますので」
「そらおかしいな?しばらくここに来てへんかったさかい、あいつ忘れてもうたんかいな?よう確認してや」
チャーリーと受付嬢がしばらく睨みあいを続ける。
そして急に受付嬢が再びリストを確認したかと思うと、チャーリーへの素っ気ない態度を一変させる。
「大変申し訳ございませんでした。チャーリー様ですね。会長はいつでもお会いになられます。奥へお進みください」
急な展開にリースが驚いていると、チャーリーは優雅な仕草でBow and scrapeを披露し、リースに先へと進むように促したんだった。
会長室は受付のすぐそばにあり、リース達は待たされることなく会長の部屋へと通される。
立派な顎髭を生やした壮齢の会長は大きな机に座り書類の確認を丹念にしている。ドアが開いても書類から目を上げることもない。
「おい、マーシー。書類仕事が終わるまで誰も通すなと言っただろうが」
「やぁ、ルベルト。久しぶりやなあ。元気やったかい?」
パッと視線を上げたルベルトと呼ばれた会長はチャーリーを見て、顔を顰めている。
「…君は誰だ?私にき…」
チャーリーがしばらく会長の顔を見つめていると、会長は机の上に置いてあったメガネをかける。
「もしかして、チャーリーか?しばらく見なかったから死んだのかと思ってたよ。いやぁ、急に訪ねてくるものだから、驚いたよ。そっちっこそ元気だったかい?」
「俺はいつも元気やで」
チャーリーと会長は互いにがしっりと握手を交わしたまま、肩を抱き合う。
本当にルベルト商会の会長と仲が良いと知ったリースは、チャーリーをほんの少し見直したのだった。
「それで今日はどんな御用かな?」
「ちょっと、この人の願いをかなえてやりとうなって。この人はリース、新しゅうカフェを開く店長さんや」
「初めましてよろしくお願いします。リースです」
「ルベルトです。初めまして。いや~、ずいぶんお若い店長さんですね。わが商会を選ぶとは見る目がある。それで何をご所望ですか?チャーリーの紹介なら割引せざるを得ないですね」
こうしてリースはルベルト商会から極上のコーヒー豆を安く仕入れることができたのだった。しかし、紅茶の茶葉だけはリースが納得した品が残念ながらなく、王室御用達の紅茶の茶葉は量が少なくてお店で出すことができない。
ルベルト会長の提案で、リースは紅茶の産地として有名な北西のリーネア陸地の茶畑へ視察へ行くことにしたのだった。
―❅❅❅―・❅―・❅――❅・―
日を改めて茶畑に行ってみたいというルルリアナを引きつれ、リース、チャーリー
ルードヴィクはアインスのゲートでリーネア陸地を訪れていた。
目の前に広がるまるで新緑の海のような風景にルルリアナが感激し、嬉しそうに笑う。
「リース!見て!なんて綺麗なんでしょう!風に揺られて本当に海みたいですね」
「ルルリアナは海に行ったことあるの?」
「ありません!でも物語で茶畑はまるで海の様に生きていると読んだことがあります。きっと海もこんな風に風に揺れているのでしょうね」
「じゃあ、今度一緒に海に行こう」
「ぜひ!」
「どうせ私の魔法で行くつもりでしょう?私は都合のいい馬車代わりなんだわ」
「アインスも海に行くときにステキな水着買ってあげるから。海に行かないとなると水着は必要なくなるけど」
「水着!最先端の水着がいいわ!」
「カフェが成功したら水着ぐらい買ってあげるからね」
アインスの機嫌が直ったところで、ルベルト商会を通じてアポを取った茶畑のオーナーへと会いに向かう。
オーナーの家に行くまで、リース達は茶畑の海を進んでいく。茶畑を真っ二つに割った道を進むと、モーゼが海を割ってできた道にも見えてくるから不思議だ。
茶畑には幼い子供たちが真っ黒に日焼けして汗をかきながら一生懸命茶摘みをしている。首には奴隷の証である鎖でできた首輪が嵌められており、子供たちの体はガリガリにやせ細っていた。
その姿にはしゃいでいたルルリアナのテンションが急激に下がる。
「あの子供たちは奴隷でしょうか?」
「そうだね。首輪に描かれている紋章を見る限り、奴隷だね」
ルルリアナの質問にルードヴィクが静かに答える。
「茶畑に子供の奴隷は珍しくないよ。それにリーネア陸地は陸地の半分が青海に沈んでしまいましたからね。六つある陸地のなかでも一番貧しい陸地なんです。食うに困った平民が食い扶持を減らすためだったり、冬を越すためのお金の代わりに自分の子供を奴隷商に売ることも少なくありませんからね。彼らはまだ奴隷として働けて、死なない程度に食わせてもらっているだけ幸せですよ」
ガリガリに骨浮かび、栄養失調のためにお腹だけがぽっこり出た彼らはルードヴィクの言うような幸せな環境に置かれているとはとても思えず、ルルリアナは心を痛める。
「彼らがとても幸せとは思えません」
「じゃあ、雪の華として立派な跡継ぎを産むことですね。リーネア陸地の大半が水に沈んだのは、エギザベリア神国の王族の力が弱まったせいなんですから」
ルルリアナは目の前に広がる子供たちの様子とルードヴィクの指摘に自分の知らなかった厳しい現実を心に刻む。私は本当にレオザルト殿下から離れて正解なのだろうかという、心の片隅に沸き上がった疑問とともに。
そしてリースも目の前の奴隷たちを見て、「アイス・エンド・ワールド」のシリーズフォーに出てくる主人公のことを思い出していた。なぜならシリーズフォーの主人公は共和国から誘拐され、茶畑の奴隷として働かされていたという過去を持つ少女なのだから。
結局、ここの茶畑はまるごとルードヴィクが買い取った。そして、極秘にアモミカ王国から茶畑の経営者が派遣されることとなった。きっとルードヴィクの事だから茶畑の奴隷となった子供たちに適切な環境を与えることだろう。
そのことにリースとルルリアナは安堵した。
そして、奴隷の扱いを知ってしまったリースはシリーズフォーの主人と友人二人を探すべく、ギルドへ依頼をする。リースは主人公たちの名前を知っていたため、すぐに見つかると思っていた主人公たちだが、ギルドからの連絡が来るのはずいぶん後になってのことだった。
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