白の贄女と四人の魔女

レオパのレ

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在処のはじまり

46 営繭

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 ルードヴィクが再び長い剣を魔法で展開し、急流の体を薄くスライスしていく。

 リースたちはツヴァイが恐竜の体から自力で脱出するのを待っていたが、ツヴァイはいくら待っても姿を現さない。

 しびれを切らしたアインスが恐竜の体を焼くのを皆で止め、仕方がないのでルードヴィクが恐竜の体を薄くスライスしツヴァイがいると思われる今で切っていくことにしたのだ。

輪切りにした恐竜の肉は後始末のために、アインスが魔法で焼き消す。それをマーカスが少し残念そうに見つめているのだった。

確かに焼かれた恐竜の肉は美味しそうな匂いをしている。そんなに食べたきゃ食べてみればいいのにとリースは思ったが、爬虫類を絶対に食べないと言ってしまった手前、素直に食べたいということができなくなっているのだろう。

 胴体の半分まで切ったところで、ルードヴィクの剣が何か金属のような硬い何かに当たる。

「なんだ、これは?」

 アインスが火加減を少し弱くし、ルードヴィクの剣のあたりを焼き払う。

 炭にならずに残っていたのは、蚕のような糸でできた人ひとりがすっぽり入れるような大きな繭だった。

 ルードヴィクが剣先で眉を叩けば、カキン、カキンと金属同士がぶつかる高い音が森に響く。

「これ、金属なんですかね?」

 若干、怖い物知らずのルルリアナが繭へ触ろうとする。しかし、触ろうとしたルルリアナの手をフィーアが掴む。

「フィーア?」

 フィーアはルルリアナの呼びかけに答えず、まっすぐ繭のようなものを見つめている。その瞳はいつものフィーアらしくなく、焦点がはっきりと繭に向いているのだ。

 もう一度ルルリアナが呼び掛ける。

「フィーア?どうしたの?」

 やはりフィーアはルルリアナの問いに答えない。

「何か知ってる、アインス?」

「私もこれが何か知らないわ」

「フィーアは何か知ってるみたいだけど…。フィーアが止めるってことはきっと碌なものじゃないのね」

 リースは不動産でのことを思い出していた。

「ルルリアナ、危ないからこっちにおいで!フィーアもこっちに来なさい!」

 繭に近かったルルリアナとフィーアにリースが声を掛ける。ルルリアナは素直にリースの言葉に従ったが、フィーアは依然として繭の前から動こうとしなかった。仕方がないので、リースがフィーアを迎えに向かう。

「フィーア、これが何か知ってるの?」

 リースが声を掛けると、フィーアが初めて繭から目を離し、リースの目を真っすぐ見つめる。

「…これは、シェルター」

「えっ、シェルター?」

 初めてフィーアの声を聞いたことにリースは驚きつつも、フィーアの言いたいことがわからずもう一度フィーアに尋ねるが、フィーアは再び繭に集中してしまいリースの問いに答えることはなかった。

 皆が繭に夢中になっていると、まだ切られていない恐竜の体がまるで爆発したみたいにはじけ飛ぶ。

 飛び散った恐竜の肉塊を見るとびりびりとまだ電流が残っていた。

「ツヴァイ!」

 はじけ飛んだ中心を見つめると、緑のスライムのような粘液を体に纏ったツヴァイが地面に手をつき、肩で大きく息をしている。

 やはりツヴァイは生きていたのだ。

 リースたちがツヴァイへ駆けよると、ツヴァイが掠れた声で「死ぬかと思った」とゼーゼー言いながら話しているのが聞こえた。

「あんなトカゲで赫き魔女を殺せるわけがないでしょ?」

 アインスが大きな水の塊を魔法陣で出す。そして、胃液まみれのツヴァイとついでに血まみれのリースをまるで洗濯機で洗うように洗い始める。綺麗になったとアインスは思い、指をパチンと鳴らす。水の塊はシャボン玉が弾けるように割れ、霧状になって消えたのだった。

「私ってなんて優しいのかしら」

 アインスが自分の行った善行にうっとりとっしているが、洗濯された二人は目が回り襲ってくる吐き気を堪えるので精一杯でアインスに突っ込む元気はない。

「ツヴァイならもっと早く脱出できたでしょ?どうして自力で脱出しなかったの?」

 眩暈と吐き気が収まり、リースがまだ目を瞑って項垂れているツヴァイに声を掛ける。ツヴァイはなぜか胸の上で手を組んでいる。

「だって、男の人ってか弱い女性が好きなんだろう?恐竜を簡単に吹き飛ばせるってヴィク様に知られたら、幻滅されちゃうじゃないか」

「でも、ツヴァイ…吹き飛ばしたよね?」

「えっ?何のことだ?」

 いまだに目を瞑っているツヴァイ越しに、呆れたようにツヴァイを見るアインスとリースの目が合う。

「それで、まだ気持ち悪いの?」

「こうしていたら、ステキな王子様が起こしてくれるかと思って」

 みんなの目が、面白そうに事の成り行きを見守っているルードヴィクへと集中する。

「仕方のないお姫様だね」

 そういうとルードヴィクは優雅になれた仕草でツヴァイの形の良い唇にキスをしたのではなく、額にそっと自分の唇を合わせたのだった。

 ツヴァイは額に触れたルードヴィクの唇の感触にパッと目を開き、顔を真っ赤にして慌ててルードヴィクから離れる。

「な…な…な、ななな」

 声にならない悲鳴を上げながら、ツヴァイがリースの後ろへと隠れる。右手はしっかりとルードヴィクがキスをした額を隠している。

 その反応が意外だったのか気に入らなかったのか、珍しいことにルードヴィクが少し不機嫌な様子でツヴァイに話しかける。

「これを期待していたのではないのか?火傷をしたくないのなら、あまり大人をからかわないことだ」

 言い方が自分でも少しきついと思ったのか、「次は額ではすまなからね」と上目遣いで色っぽく笑ったのだった。

 言うまでもなくツヴァイの全身赤くなり、髪も赤いこともあり金魚にしか見えなくなってしまった。

「いや~、ええもの見してもろうたわ」

 艶のあるテノールの声に、リース達は一斉に後ろを振り返る。

 恐竜の胃のから出てきた繭らしきものは突き破られたようにぽっかり穴が開いていて、そこからブロンズゴールドに空を切り取った瞳の色男が満足げに笑いながらリース達を見ていたのだった。

 その男の頭をフィーアがガシリと鷲掴みにすると、まるで繭の中に再び閉じ込めようとグググっと力を入れる。

「何するねん!もう、こないなところに戻らへんぞ!せっかく、外に出られたんやさかい」

 男性がフィーアの手を掴み、自分から引き離そうと力を入れる。しかし、手を掴まれたフィーアのまるで蛆虫を見るようなまなざしにやられ、「かんにんな」とシュンとして手を離す。男性が抵抗しないのをいいことに、フィーアによって男性の顔はすっかり繭の中に隠されてしまったのだった。

「お前は誰だ?どうして恐竜の胃の中にいた?」

 ルードヴィクの問いかけに、繭の中から木霊してくぐもった声が聞こえる。

「わしん名前はチャーリーや。以後、よろしゅう。なんで恐竜の胃の中におったかちゅうと、食べられてもうたさかい」

「それは見ればわかる。私はどうして食べられたのかと聞いているんだ」

「それ、ここにある宝箱を取りに来た時に恐竜に食べられてもうてん。うかっりしとったわ」

 ゲームの知識の通りにここに宝箱があったことにリースはホッとする。金の魔女であるフィーア、アインスのゲート魔法、ツヴァイの砂時計などの特殊魔法はゲームに存在しなかった。そのためリースは、自分の知識が現実であるこの世界でどこまで通用するか不安だったのだ。

「宝箱を取りに来たのはわかった。私たちもそうだからな。しかし、この繭のようなものは何だ?なぜ、恐竜の胃の中で溶けずに残っていた?まるで金属のようなものだったぞ?」

「そら、わしの特殊魔法の糸で、誰にも溶かすことはでけへんもんや。それより、今日はいつでっか?」

「今日は六月の二十三日よ」

「そないなこっちゃあらへん。何年ちゅう話や」

 ブツブツとチャーリーが卵の中で呟くが、繭に反響され呟いた声がはっきりと聴くことができた。

「えっ?何年?そんなに閉じ込められてたの?」

 リースが驚いてチャーリーに問うと、チャーリーは慌てたように否定する。

「ちゃう、ちゃう。恐竜に食べられたのは3日前のことで、そやけど、めっちゃ長い時間に感じられて、もしかしたら何百年、何千年と閉じ込められとったのかと思って、聞いたんや。自分もいつまで押さえつけてるんや!」

 チャーリーがフィーアに文句を言うと、フィーアはじっと冷たくチャーリーを睨みつける。フィーアの背中にブリザードが見えるのは決して気のせいではないだろう。

 最初は悔しそうにうぅっと唇を噛んでいたチャーリーだったが、フィーアを説得するのを諦め、優しそうなルルリアナへと説得する相手を変える。

「約束する!けったいなことこいつらにせえへんって!そやさかい、外に出して!お願いします。それに、わし宝箱の在処知ってるさかい!役にたちまっせ!」

「どうしますか?リース?」

「まぁ、何かあったらこっちにはフィーアがいるし…。連れていこうか」

「おおきに!」

 こうしてリースたちの宝物探しにチャーリーが加わったのだった。






   ―❅❅―・❅ー・❅――・―


大阪旅行前だったので、チャーリーを大阪弁という設定にしたのですが…。
大阪旅行が終わってしまった今は…。
チャーリーの大阪弁は変換ソフトを使って、大阪弁にしています。
不自然なところがありましたら教えてください。



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