白の贄女と四人の魔女

レオパのレ

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IEWⅡ DISC‐1

37 牢屋

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 アモミカ王国王城の地下牢は決して過ごしやすい場所ではなかった。

 石畳で作られたその牢屋はジメジメしていて、地面を見たこともない虫が這いまわっている。そして、狭くリースが三歩あるくと反対の壁にぶつかってしまうのだ。

 用意された寝床も寝具は湿っており少しかび臭く、差し出されたご飯は水に野菜のカスを浮かべたようなスープにカビ駆けのパンだ。

 リースはアモミカ王国中の人を揺さぶって、罪人にも人権があると教えてやりたかった。

 リースたちは同じ牢屋に入れられなかったが、地下牢の廊下は声が良く響くため会話に困ることはなかった。

「どうしてあたしに魔法を使わせなかったんだよ!」

 一番端の牢屋に閉じ込められているツヴァイが怒鳴る。別に怒鳴らなくてもはっきり聞こえるのにと、イライラしてリースは靴でカツカツと音を立てる。自分が思った以上に音が響いたため、リースは止めたのだった。

「これ以上、ほかの国で指名手配されたくないでしょ?」

 エギザベリア神国で指名手配されているリースが怒鳴る。ツヴァイに怒っていたことを忘れて。

「お言葉ですけど、指名手配されているのはリース、あなただけだよ」

 アインスの突っ込みにリースは鼻息荒く答える。

 地下牢には窓も時計もないため、自分たちがどれくらい閉じ込められているか、今がいつなのかもわからない。こうしている間にも皇太子であるルードヴィクが暗殺されているかもしれないのだ。

 まぁ、いざとなったらアインスのゲートで逃げればいいのだろうけれど、それではアモミカ王国でも指名手配されることになり自由に動くことはできなくなるだろう。まぁ、時間の感覚からまだ夜の九時くらいだろうとはわかるのだが…。


 そう言えば、グニスタいある大聖堂は正午に鐘を鳴らすと街で貰った観光ガイドに書いてあった気がする。

 ルードヴィクが国王となった際のパレードは正午から始まる。最悪、鐘の音を頼りにしてもいい。大聖堂は王城と眼の鼻の先だから、この地下牢でも聞こえるに違いない。

 地下牢の階段を降りる足音が聞こえ、リース達は一斉に黙る。

 心細い一本の蝋燭の火を頼りに階段を降りてきたのは、リース達を逮捕したマーカスだった。

 マーカスは蝋燭の火を頼りにリースたちの牢屋を一つ一つ覗いていく。

「女性の暗殺者というのは美人だと聞いたが、五人全員がここまで美人…」リースの牢屋でわざとらしく押し黙る。そして、リースの牢屋を通り過ぎると再び会話を始める。「美人だとは思わなかったよ」

 むぅっと不機嫌に口を突き出し、リースはマーカスの失礼さに腹を立てる。行っとくけど、私の一卵性双生児の月菜は超絶美少女だったんだからね!つまり、私も超絶美少女というポテンシャルを持っているのだ!ただ…月菜みたいに綺麗に髪を整えられないし、正しく化粧水を濡れないだけなんだから!

「それはセクハラだと思いますぅ」

「セクハラ?」

 蝋燭の火に照らされたせいか、マーカスの不機嫌な顔がますます不機嫌に見える。

「セクハラっていうのは性的嫌がらせという意味です」

「俺が?君に?」

 ジロジロと全身を見つめられ、リースは牢の隙間からマーカスを蹴りつける。

「狂暴な女だな!性的な嫌がらせをするならお前みたいなガサツな子は選ばない」

「それもセクハラって言うんだよ!」

 ガチャガチャと牢の棒を揺すれば、「まるでゴリスラ」だとマーカスが呟く。

 ゴリスラというのは蜘蛛みたいに八本の手足を持っているゴリラのような魔物で、狂暴なことで知られている。

「それで、私たちを逮捕したあなたが私たちになんの用なのかしら?」

 アインスがゴリスラと言われ落ち込むリースの代わりに、マーカスへ問う。

「君たちに聞きたいことがあってね。あn…ルードヴィク皇太子殿下を暗殺しろと命じた人物は誰だ?」

 立ち直ったリースがマーカスに怒鳴るように答える。

「私たちは暗殺者なんかじゃないわ!暗殺者があんなお洒落なカフェで堂々と暗殺計画を話すわけがないでしょ!ちゃんと考えなさいよ!」

「考えたさ。この指名手配君だろう?」

 マーカスが四つ折りの紙をポケットから取り出し、ばさりと開きリースに見せつける。
その紙はリースの指名手配だった。

「君は何をしたんだ?エギザベリア神国は躍起になって君を探している。君が誘拐したという重鎮は雪の華様だという噂もあるくらいだぞ?もしかして本当に雪の華様を誘拐したのか?」

「雪の華なんて誘拐してない」

「じゃあ、何をしたんだ?」

「妹を取り戻しただけよ」

 マーカスの乾燥したローリエ色の瞳をまっすぐ見つめ、リースの黒い透き通った瞳が嘘をついていないことを告げる。

「お前の妹は雪の華様なのか?」

「雪の華じゃない。彼女はただの少女よ。神に選ばれてしまったただの少女」

 マーカスがちらりとルルリアナが閉じ込められている牢屋の方を向く。

「君は、それでいいのか?」

 マーカスの問いにルルリアナは答えることができなかった。

 神殿を抜け出し、レオザルトから逃げ出したが、ルルリアナはまだ自分のなすべきことがわかっていなかった。ルルリアナはただ逃げ出したかっただけなのだ。今はまだ。

「ちょっと、ルルリアナをいじめないで!彼女は今、自分を取り戻している最中なの。優秀な兄から目を反らして自分のなすべきことから逃げ回ってるあなたにルルリアナを責める資格なんてないのは、貴方が一番わかってるでしょ?」

 マーカスは蝋燭を下に下げ、リース達から自分の表情を読まれないように隠す。

 確かにリースの言うとおりだった。自分に役割を放棄したルルリアナを責める資格はない。

「それで、ルルリアナのことをエギザベリア神国に突き出すの?」

「取引をしないか?兄の暗殺を君たちに依頼した人物を話してくれたら、俺も雪の華様のことはエギザベリア神国に突き出さない」

「暗殺を依頼された暗殺者ではないけれど、ルードヴィク皇太子の暗殺を企てた黒幕なら私は知っているわ」

「誰だ?」

「あなたは今、言っても信じないと思う」

「そうやって誤魔化すつもりなんだろう?」

 リースとマーカスの瞳がぶつかり合う。

 地下牢には地下水が一滴、一滴、地面に落ちる音しか聞こえない。

 ルルリアナは高まる緊張感に息苦しさを感じ、口の中に貯まった唾さえ飲み込めない。口もカサカサに乾燥しているようだ。

 その時、リースがポツリと話す。

「ルッペンツェルト公爵よ」

 その言葉を聞いたマーカスの顔が怒りで醜く歪み、こめかみには脈が脈打っている。

「とんだ大ウソつきだな!」

「本当よ!マーカス!私の言うことを信じて!今なら内密にルッペンツェルト公爵の野望を打ち砕いて、あなたのお兄さんとクリアを結婚させることができる!あなたは…あなたは彼女の幸せを何よりも願っているのでしょ?だったら、私を信じて」

 リースは檻の中からできるだけマーカスに向かって腕を伸ばす。

 差し出された手をマーカスは汚いものを見るかのように嫌悪の表情を浮かべる。

「クリアは…彼女は兄が幸せにする。俺には関係ない」

 そう言い残すとマーカスはもう二度と五人の方を見ず、階段を登り姿を消してしまったのだった。

 地下牢を気まずい沈黙が満たす。

「それで?私のゲートの出番かしら?」

 アインスが沈黙を破り、リースへ声をかける。

「それは明日にしよう。温かいご飯も清潔なベッドもタダなのだから」

 それに、マーカスの気ももしかしたら変わるかもしれない。だって、彼はアモミカ王国にはびこる闇を聞いているのだから。


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