40 / 81
IEWⅡ DISC‐1
37 牢屋
しおりを挟むアモミカ王国王城の地下牢は決して過ごしやすい場所ではなかった。
石畳で作られたその牢屋はジメジメしていて、地面を見たこともない虫が這いまわっている。そして、狭くリースが三歩あるくと反対の壁にぶつかってしまうのだ。
用意された寝床も寝具は湿っており少しかび臭く、差し出されたご飯は水に野菜のカスを浮かべたようなスープにカビ駆けのパンだ。
リースはアモミカ王国中の人を揺さぶって、罪人にも人権があると教えてやりたかった。
リースたちは同じ牢屋に入れられなかったが、地下牢の廊下は声が良く響くため会話に困ることはなかった。
「どうしてあたしに魔法を使わせなかったんだよ!」
一番端の牢屋に閉じ込められているツヴァイが怒鳴る。別に怒鳴らなくてもはっきり聞こえるのにと、イライラしてリースは靴でカツカツと音を立てる。自分が思った以上に音が響いたため、リースは止めたのだった。
「これ以上、ほかの国で指名手配されたくないでしょ?」
エギザベリア神国で指名手配されているリースが怒鳴る。ツヴァイに怒っていたことを忘れて。
「お言葉ですけど、指名手配されているのはリース、あなただけだよ」
アインスの突っ込みにリースは鼻息荒く答える。
地下牢には窓も時計もないため、自分たちがどれくらい閉じ込められているか、今がいつなのかもわからない。こうしている間にも皇太子であるルードヴィクが暗殺されているかもしれないのだ。
まぁ、いざとなったらアインスのゲートで逃げればいいのだろうけれど、それではアモミカ王国でも指名手配されることになり自由に動くことはできなくなるだろう。まぁ、時間の感覚からまだ夜の九時くらいだろうとはわかるのだが…。
そう言えば、グニスタいある大聖堂は正午に鐘を鳴らすと街で貰った観光ガイドに書いてあった気がする。
ルードヴィクが国王となった際のパレードは正午から始まる。最悪、鐘の音を頼りにしてもいい。大聖堂は王城と眼の鼻の先だから、この地下牢でも聞こえるに違いない。
地下牢の階段を降りる足音が聞こえ、リース達は一斉に黙る。
心細い一本の蝋燭の火を頼りに階段を降りてきたのは、リース達を逮捕したマーカスだった。
マーカスは蝋燭の火を頼りにリースたちの牢屋を一つ一つ覗いていく。
「女性の暗殺者というのは美人だと聞いたが、五人全員がここまで美人…」リースの牢屋でわざとらしく押し黙る。そして、リースの牢屋を通り過ぎると再び会話を始める。「美人だとは思わなかったよ」
むぅっと不機嫌に口を突き出し、リースはマーカスの失礼さに腹を立てる。行っとくけど、私の一卵性双生児の月菜は超絶美少女だったんだからね!つまり、私も超絶美少女というポテンシャルを持っているのだ!ただ…月菜みたいに綺麗に髪を整えられないし、正しく化粧水を濡れないだけなんだから!
「それはセクハラだと思いますぅ」
「セクハラ?」
蝋燭の火に照らされたせいか、マーカスの不機嫌な顔がますます不機嫌に見える。
「セクハラっていうのは性的嫌がらせという意味です」
「俺が?君に?」
ジロジロと全身を見つめられ、リースは牢の隙間からマーカスを蹴りつける。
「狂暴な女だな!性的な嫌がらせをするならお前みたいなガサツな子は選ばない」
「それもセクハラって言うんだよ!」
ガチャガチャと牢の棒を揺すれば、「まるでゴリスラ」だとマーカスが呟く。
ゴリスラというのは蜘蛛みたいに八本の手足を持っているゴリラのような魔物で、狂暴なことで知られている。
「それで、私たちを逮捕したあなたが私たちになんの用なのかしら?」
アインスがゴリスラと言われ落ち込むリースの代わりに、マーカスへ問う。
「君たちに聞きたいことがあってね。あn…ルードヴィク皇太子殿下を暗殺しろと命じた人物は誰だ?」
立ち直ったリースがマーカスに怒鳴るように答える。
「私たちは暗殺者なんかじゃないわ!暗殺者があんなお洒落なカフェで堂々と暗殺計画を話すわけがないでしょ!ちゃんと考えなさいよ!」
「考えたさ。この指名手配君だろう?」
マーカスが四つ折りの紙をポケットから取り出し、ばさりと開きリースに見せつける。
その紙はリースの指名手配だった。
「君は何をしたんだ?エギザベリア神国は躍起になって君を探している。君が誘拐したという重鎮は雪の華様だという噂もあるくらいだぞ?もしかして本当に雪の華様を誘拐したのか?」
「雪の華なんて誘拐してない」
「じゃあ、何をしたんだ?」
「妹を取り戻しただけよ」
マーカスの乾燥したローリエ色の瞳をまっすぐ見つめ、リースの黒い透き通った瞳が嘘をついていないことを告げる。
「お前の妹は雪の華様なのか?」
「雪の華じゃない。彼女はただの少女よ。神に選ばれてしまったただの少女」
マーカスがちらりとルルリアナが閉じ込められている牢屋の方を向く。
「君は、それでいいのか?」
マーカスの問いにルルリアナは答えることができなかった。
神殿を抜け出し、レオザルトから逃げ出したが、ルルリアナはまだ自分のなすべきことがわかっていなかった。ルルリアナはただ逃げ出したかっただけなのだ。今はまだ。
「ちょっと、ルルリアナをいじめないで!彼女は今、自分を取り戻している最中なの。優秀な兄から目を反らして自分のなすべきことから逃げ回ってるあなたにルルリアナを責める資格なんてないのは、貴方が一番わかってるでしょ?」
マーカスは蝋燭を下に下げ、リース達から自分の表情を読まれないように隠す。
確かにリースの言うとおりだった。自分に役割を放棄したルルリアナを責める資格はない。
「それで、ルルリアナのことをエギザベリア神国に突き出すの?」
「取引をしないか?兄の暗殺を君たちに依頼した人物を話してくれたら、俺も雪の華様のことはエギザベリア神国に突き出さない」
「暗殺を依頼された暗殺者ではないけれど、ルードヴィク皇太子の暗殺を企てた黒幕なら私は知っているわ」
「誰だ?」
「あなたは今、言っても信じないと思う」
「そうやって誤魔化すつもりなんだろう?」
リースとマーカスの瞳がぶつかり合う。
地下牢には地下水が一滴、一滴、地面に落ちる音しか聞こえない。
ルルリアナは高まる緊張感に息苦しさを感じ、口の中に貯まった唾さえ飲み込めない。口もカサカサに乾燥しているようだ。
その時、リースがポツリと話す。
「ルッペンツェルト公爵よ」
その言葉を聞いたマーカスの顔が怒りで醜く歪み、こめかみには脈が脈打っている。
「とんだ大ウソつきだな!」
「本当よ!マーカス!私の言うことを信じて!今なら内密にルッペンツェルト公爵の野望を打ち砕いて、あなたのお兄さんとクリアを結婚させることができる!あなたは…あなたは彼女の幸せを何よりも願っているのでしょ?だったら、私を信じて」
リースは檻の中からできるだけマーカスに向かって腕を伸ばす。
差し出された手をマーカスは汚いものを見るかのように嫌悪の表情を浮かべる。
「クリアは…彼女は兄が幸せにする。俺には関係ない」
そう言い残すとマーカスはもう二度と五人の方を見ず、階段を登り姿を消してしまったのだった。
地下牢を気まずい沈黙が満たす。
「それで?私のゲートの出番かしら?」
アインスが沈黙を破り、リースへ声をかける。
「それは明日にしよう。温かいご飯も清潔なベッドもタダなのだから」
それに、マーカスの気ももしかしたら変わるかもしれない。だって、彼はアモミカ王国にはびこる闇を聞いているのだから。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ephemeral house -エフェメラルハウス-
れあちあ
恋愛
あの夏、私はあなたに出会って時はそのまま止まったまま。
あの夏、あなたに会えたおかげで平凡な人生が変わり始めた。
あの夏、君に会えたおかげでおれは本当の優しさを学んだ。
次の夏も、おれみんなで花火やりたいな。
人にはみんな知られたくない過去がある
それを癒してくれるのは
1番知られたくないはずの存在なのかもしれない
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる