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女達のはじまり
31 約束
しおりを挟むリースたちは教会に一晩お世話になることにした。
悪いからと断ったにも関わらずサラはルルリアナとフィーアにベッドを譲ってくれたのだった。
リースは蒼と赫の魔女たちが喧嘩しないように二人と一緒に寝ることにしたのだった。
残りのリースたちはというとリアーナがもう一人のルームメイトと使っている部屋を与えられたのだった。
部屋を譲ったサラたちはというと、年少の子供たちが使っている部屋で寝るとのことだった。サラたちと寝られると知った子供たちは大騒ぎし、リアーナが寝る前に三冊絵本を読むと約束したため、遊んでいたトランプを放り出し我先にと寝室へ走っていってしまった。
嵐のような教会の日常にルルリアナがクスクスと笑う。
「大家族というのはこんな感じなのでしょうね」
「そうだね」
リースは子供たちが片付けずに残していったトランプを片付ける。リースがトランプを整えてケースへと終う。このトランプは代え買えた方がいい。子供たちはカードの汚れなどを覚えていてババ抜きには不向きなのだ。
「ねぇ…リース。私も兄弟と育っていたら、あんな風に先を争って布団に入った記憶があるのでしょうか?」
子どもたちの姿が消えたドアを寂しそうにルルリアナが見つめていた。
「どうかしらね?ソルティキア公爵家は貴族だから、育てられたとしてもそんな思いでできなかったかもしれないよ。きっと、しずしずと廊下を歩く子供たちばっかりだと思うし。あんな子供らしくはしゃぐ貴族の子供も、子供に絵本を読む貴族の両親も想像できないけどね」
「…そうですよね」
それでもルルリアナの目からは寂しさは消えていない。
「もしよかったら、私がルルリアナに絵本を三冊、ううん、五冊読んであげようか?」
「リースは私のお姉ちゃん?」
ズキンとリースの、ううん里紗の心が痛む。もしも、ルルリアナに私があなたの、前世での姉だと伝えたらルルリアナは信じるのだろうか?
「ルルリアナはどう思う?」
「私はリースが本当にお姉さまだったらいいとは思っています。アインスもツヴァイも…。フィーアは妹みたいなものですが」
「私もルルリアナが妹だったらいいのにって思うよ。アインスたちは姉妹っていうには、ちょっと怖いけど。そうだな~、アインスたちは従姉妹って感じかな」
「従姉妹ですか?それを聞いたらあの二人は怒りそうですね」
「そうだね。きっと怒るね。私たちを下賤な人間と一緒にするなっていいそうだよね」
チェスで遊んでいる男たちに「おやすみ」と伝え、リースとルルリアナはサラの寝室へと向かう。
「ねぇ、ルルリアナ?寝る前に少し夜空でも見に行かない?」
「夜空ですか?」
「田舎の空気は綺麗だから星空が良く見えるって言われてるの」
「それはいいですね」
教会の外へ出ると雲一つない満天の星空が広がっていた。地球に似た天の川がキラキラと輝いていて、手を伸ばせば届きそうなほどはっきりと見ることができる。
「うわぁ~、綺麗ですね」
「そうだね、とっても綺麗」
リースたちはしばらく無言で星空を見つめる。
「流れ星見えるかな?」
「流れ星ですか?流れ星が流れると誰かが亡くなった瞬間と言われているのでとても不吉ですよ?」
「えっ、そうなの?私がいたところでは流れ星が消えないうちに三回願い事を言うと願いが叶うって言われているけど?」
「面白いですね…」
「様々な由来があるけど、流れ星は神様が天の扉を開いて漏れ出た光って言われているの。だから、神様が私たちを見ているから願いが叶うって言うことらしい。流れ星が流れている間は神様と繋がってるんだって」
「神様と繋がってる…ですか」
その話を聞いたルルリアナは後ろに転ぶのではないかと心配になるほど頭を反らし、天祖しっかりと観察する。
「そんなに一生懸命に流れ星を探して、ルルリアナは何を願うというの?」
「私はロクストシティリ神様にずっとお尋ねしたいことがありました」
「尋ねたいこと?」
「どうして私をレオザルト殿下の花嫁に選んだのか…。きっとレオザルト殿下には私よりもふさわしい花嫁が、エギザベリア神国には私よりもふさわしい雪の華様がいたはずなのです。こんなちっぽけな私ではなくて」
「私にしたらレオザルトにあんたはもったいないと思うけど。あんな、女たらし。約束の一つも守れない男にはね」
「レオザルト殿下は私を愛そうと努力はなさったと思います。けど、私よりも…私の妹だというベルリアナの方がきっとレオザルト殿下にはふさわしかったのだと思います」
リースは「アイス・エンド・ワールド」のゲームを通してベルリアナを知っているだけだったが、ゲームのルルリアナはあざとカワイイキャラクターだった。そのため里紗はベルリアナのことを好きになれなかった。
「そうかな?」
「レオザルト殿下はベルリアナのことを愛していると思います」
「…どうしてそう思うの?ルルリアナの勘違いかもしれないでしょ?」
「いいえ、私にはわかります。週に一度の食事会の時、レオザルト殿下のことを必死で見ていましたから。あの時、リースと初めて会った時に見たベルリアナに向けたレオザルト殿下の笑顔は愛する女性に向ける笑顔でした。私が渇望していた笑顔そのものだったのです」
「女を見る目がないんだね」
「ベルリアナは私の目から見てもとても魅力的な女性です。可愛らしい笑顔に愛くるしい表情…。すべて私にはないものです」
「ルルリアナ?」
リースはそっとルルリアナに声をかける。
「下を向いたままじゃあ、流れ星は一生見つからないよ?」
リースの言葉に自然と俯いてしまったベルリアナは顔を上げる。ベルリアナの目に映ったのは侘しい笑顔を浮かべるリースの姿だった。
「ルルリアナは自分のことちっぽけだって言ったけど、空に浮かぶ星だってちっぽけだよ。でも、一生懸命輝いてる。ルルリアナも今、少しずつ輝こうとしているのを忘れないで。私たちが出会った頃よりもたくさん笑うようになったし、いろんな表情を私に見せてくれるようになった。ルルリアナがどう思おうと、ルルリアナはとても魅力的な女性だよ?でも、俯いていたらその魅力は誰にも伝わらない。だから、どんなに自分がちっぽけだって思っても、夜の星のようにきちんと輝けるのを忘れないで」
「星のように輝く…」
「空にはいっぱいの星があって、全体を見ればちっぽけでも一つの星に魅入られればその輝きは特別になる。ルルリアナの輝きを特別だって思ってくれる人は必ずこの世界にいる。だって、世界はこの空のように広いんだから!それにルルリアナの輝きを私は見つけたよ?」
ルルリアナの目を一粒の涙がこぼれる。それ以上涙をこぼさないようにルルリアナはそっと瞳を閉じる。
「あっ!ルルリアナ!流れ星!早く願いを言わないと」
「えっ?」
ルルリアナは目を開くが涙で曇った目では星一つ見えない。
「早く願いを言わないと!」
とっくに流れ星は消えてしまっただろうに、リースはルルリアナに願いを言うように急かす。
「世界が平和でありますように。みんなが幸せになれますように。リースたちと一生一緒にいられますように!」
「…フフ。ルルリアナ、同じ願い事を三回言うんだよ」
リースがお腹を抱えて笑い、目に貯まった涙を拭きながらルルリアナも一緒になって笑う。
「私、間違えてしまいましたね。これでは願いごとが叶いませんね」
「大丈夫、ルルリアナの願いはすべて私が叶えるから」
――――――――――――――――
リースは最初、ルルリアナさえ助けられれば他の人物が亡くなろうが、殺されようがどうでも良かった。
リースにとってはゲームに出てくる人物は所詮、キャラクターに過ぎなかったからだ。
しかし、先ほどのルルリアナの願いを聞いてリースの心は静かに揺らいでいた。
世界平和に、人々の幸せ、リースたちとの暮らし。
この三つを守るためには、ゲームのストーリーを大幅に変える必要がある。
そうすればきっとこの世界はリースのしった「アイス・エンド・ワールド」の世界とはどんどんかけ離れていくだろう。それはリースがこの世界の命運を手放すことを意味する。
無慈悲にアインスとツヴァイという課金アイテムを使用し、ルルリアナを助けるつもりだったリースにとってルルリアナを救うという計画を大幅に変える必要があるのだ。
私はもう、アインスとツヴァイを道具のように使うことができないだろう。
アインス、ツヴァイ、フィーアを知ってしまったリースにとって、三人の魔女はルルリアナに話した通り従姉妹みたいな存在になってしまっている。もう、三人の魔女はルルリアナを助ける道具ではなくなったのだ。
アインスはお洒落が好きな女の子。
ツヴァイは口が悪いけどとても優しい女の子。
フィーアは大人しくて甘えん坊な女の子。
三人の魔女は紛れもない血肉の通った人間なのだ。
リースは大きくため息を吐く。
失われる命を必死に救う必要も出てくるだろう。
報われない努力も受け入れる必要も出てくるだろう。
ルルリアナが傷つけられることも受け入れる必要もでてくるだろう。
でも、それがルルリアナの願いなのだ。
「大丈夫、ルルリアナ。あなたの願いは私が叶えてあげる」
リースはそっと眠っているルルリアナの髪を撫でる。
ルルリアナに抱き着くように寝ていたフィーアがぱちりと目を開ける。
「フィーアも手伝ってくれるよね?」
フィーアはすべてわかっているようにリースを見つめ、ニコリと笑うと再び眠ってしまったのだった。
リースは二人の上掛けを直すと、そっと部屋を出る。
アインスとツヴァイはきっと喧嘩しているだろうから、教会が破壊される前に戻らないと。
静かに揺らいでいたアインスの心は、凪のように穏やかになっていたのだった。
まずはアモミカ王国の皇太子を救わないと。
そして、ケイントも絶対に死なせたりはしない。
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