白の贄女と四人の魔女

レオパのレ

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女達のはじまり

28 魔物

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 ヘルバーヘウスが山のように大きな巨体を動かし、洞穴の外へと一歩踏み出す。足が地面に付くたびドシンと地面が揺れ、しっかり踏ん張っていないとこけそうなほどだ。

「ねぇ…あのヘルバーヘウスっていう魔物の足を貫いている矢って、もしかしてツヴァイが放った雷の矢に見えるんだけど」

「もちろん!あたしの矢だよ!あたしの矢はロクストシティリから奪った弓だからね。実物になるんだよ。しかも相手が死ぬまで苦しませるステキな矢なんだ!」

 バチバチィっと雷鳴轟かせ再びヘルバーヘウスが咆哮をあげる。しかし、先ほどの威嚇のための咆哮ではなく、攻撃のために放たれた咆哮で、その突風によりそこにいた人間の体は吹き飛ばされそうなほど強い。

「最悪だわ。獣臭い息を全身に浴びるだなんて」

「アインスはいつもぶれないね。ルルリアナとフィーアは安全なところまで退避して!」

「でも…」

「大丈夫、ルルリアナ!私には最強の魔女二人が付いてるから」

「それはそうですけど…。でも…」

「フィーアのこと頼んだよ」

 ルルリアナ達が離れたことを確認すると、リースは腰に差してあったレイピアを抜く。

「何、戦おうとしてるんだよ!ここは俺たち「鈍の狼」に任せとけ!」

「さっきからうるさいわね!この二人の方がここにいる誰よりも強いって言ってるでしょ!」

「んなわけあるか!ここいる最強はケイントに決まってるだろう!ケイントはS級だぞ!それも世界にたったの三人しかいないんだからなっ!」

「ケイントさんがすごいのは知ってるけど、そういうお前は等級なんなのよ?」

 ヘルバーヘウスが水に濡れた犬のようにブルブルと体を震わせ、木と同じくらいの大きくて針のように鋭い毛が辺り一杯に飛び散る。それを避けながら私はロックと言い争いをしていた。

「オレはもうすぐA級だ!」

「なら、B級ってことでしょ?変に見栄を張るな!」

「うるせぇ!お前こそどうなんだよ!」

「うるさいわね!私たちは全員駆け出しなんだからF級に決まってるでよ!」

「はぁ?それでケイントよりもあの二人が強いって言うのかよ!」

「だって、事実だもん!」

 ヘルバーヘウスが鋭い爪を振り下ろし、リースとロックははそれを避けるために後ろへと下がる。

再び襲ってきた針を、アインスは欠伸をしながら防御魔法で防ぎ、ツヴァイは「ウへへ、ウへへへへ」と気持ち悪く笑いながら魔法ではじき返している。しかもツヴァイが弾き飛ばした毛は四方八方飛び散り、後ろから冒険者たちを奇襲していた。

「あの赤毛の魔法辞めさせろよ!」

「ツヴァイ!その魔法皆に迷惑だからやめて!」

「どうして?こんなに楽しいのに!」

 リースが冒険者たちを見るとそれぞれヘルバーヘウスの毛をよけるのに精いっぱいで、誰も反撃していない。

ケイントだけは涼しい顔で顎髭を手でなぞりながら、ヘルバーヘウスの様子を観察していた。ケイントは巨大な剣を、盾のようにしてヘルバーヘウスの毛を防いでいた。もしかしたら防御魔法も使用しているのかもしれない。

そんな中アインスが魔法陣を展開し、ヘルバーヘウスの頭上から雷が襲い掛かる。

 しかしアインスが放った雷のほとんどが撫でるようにヘルバーヘウスの毛を放電しただけで、ヘルバーヘウスにダメージを与えたようには見えない。

 それを見てツヴァイが得意げにアインスを挑発する。

「やっぱり!あんたの魔法はあたしの魔法の足元にもおよばないんだよ!」

「あなたが凄いんじゃなくて、ロクストシティリの矢が凄いだけでしてよ?自分の実力を勘違いなさらないで」

 フン!とツヴァイが鼻を鳴らし、今度はツヴァイがヘルバーヘウスの真下にヘルバーヘウスがすっぽり入るほどの大きな魔法陣を展開する。ゆっくりと紡がれたその魔法陣は、綺麗な丸になると魔法陣から鋭い岩がいくつもヘルバーヘウスに向かっていく。

 だが、ヘルバーヘウスはその巨体には見合わない素早い動きで襲い掛かる岩を避けていく。

 ロックはヘルバーヘウスの体下に潜り、ケイントの剣よりも二回りほど小さいクレイモアをヘルバーヘウスの体へと突き刺す。しかし、ヘルバーヘウスの毛は相当硬いらしくロックの剣をはじき返している。

 リースはというとヘルバーヘウスの攻撃を避けるのに精一杯で、攻撃に転じることができない。攻撃を避けるリースの顔には攻撃できない悔しさが浮かぶ。

 ヘルバーヘウスの口が大きく開けられ、黒い魔法陣が浮んだかと思うと激しく光り輝く。その瞬間ヘルバーヘウスの口から巨大な炎が吐き出される。

 その炎はアインスの防御魔法の壁によって防がれたが、防御壁はヘルバーヘウスの炎の勢いによって徐々に亀裂が入っていく。

 ツヴァイはというと攻撃の魔法陣を展開してしまったようで、防御の魔法陣を展開できそうにない。

「おい!こいつらの魔法は何なんだよ!S級のヘルバーヘウスの魔法にも匹敵するぞ!」

 ロックが今にも壊れそうな魔法陣を前にして叫ぶ。

「ちょっと、今、そんなこと気にする必要ある?」

 アインスの魔法陣の文字がいびつに歪み始め、もうすぐ魔法陣が崩壊する瞬間だった。

 ルルリアナが前に出て、アインスの魔法陣の後ろからアインスにも負けない大きな防御の魔法陣を展開したのだ。

「ルルリアナ!下がってって言ったでしょ!」

「でも、皆さんが傷つくのを黙ってみているわけにはいきません!」

 大きく手を広げ後ろにいるリースたちや冒険者たちを庇うルルリアナを見て、リースはルルリアナが月菜だと改めて確信したのだった。

 月菜が得意だった家事が苦手でも、共通点が一個もなくてもルルリアナは間違いなく月菜の生まれ変わりなのだと。

 里紗と月菜が小学生だったころ、月菜のクラスの同級生がいじめられていた。それを月菜がかばったため、里紗は月菜がいじめの標的になると心配し放っておくように言ったことがあった。しかし、月菜は「誰かが傷つくのを黙ってみているわけにはいかない」と言ったのだ。

 入れ物が違っても月菜の魂は間違いなくルルリアナへと受け継がれているのだ。

 ルルリアナの魔法陣も文字が溶けるように歪み始めたころ、それまで静観していたケイントが地面に突き刺したままだった刀を引き抜く。

「いい練習相手になると思ったんだがな。ロック…それで終わりか?俺が殺してもいいのか?」

「うるせい、ケイント!今、オレがそいつをぶちのめしてやるところだ!」

「女の後ろに隠れてちゃあ、いつまでたっても倒せないぞ?」

 ケイントはロックが悔しがる様子を見て楽しそうに笑う。

 ルルリアナの魔法陣がどろりと溶けだした時、ヘルバーヘウスの炎が消える。

 慌ててリースたちがヘルバーヘウスを見ると、ヘルバーヘウスの顔の周りを大きな水の塊が覆っている。ブクブクと息を吐きながらヘルバーヘウスが苦しんでいる。よく目を凝らしてヘルバーヘウスを見ると、ヘルバーヘウスの首のあたりに魔法陣が展開されていて、ツヴァイが水の塊を両手を動かして操っていた。

 ヘルバーヘウスは水を振り払おうと激しく動かすが、頭にくっついた水の塊はまるでスライムのようにぴったりと張り付いて離れない。しばらくするとヘルバーヘウスは窒息死したのか、その巨体は土砂崩れのように流れるように地面へ倒れたのだった。

 ツヴァイが指を濡らすと、ヘルバーヘウスの顔にあった水が水風船を割ったように地面に大きな水たまりをつくる。

「本当に…本当にお前ら何もんなんだよ!ヘルバーヘウスの魔法をたった一人で防ぐ女魔術師に!」

ロックはアインスとルルリアナを指さす。

「冒険者たちを守るあの剣士!」

ロックが指さす方向を見ると、フィーアの後ろにはブルブルと蹲る冒険者たちの姿があった。フィーアの手には刀が握られていて、フィーアの周囲にはヘルバーヘウスの毛が切り刻まれた残骸が山のように重なっていた。

「それに山のようなヘルバーヘウスを窒息させるほどの水魔法を使う魔術師!一体、お前らは何者なんだ!本当に駆け出しの冒険者なのか?これじゃあ、まるで伝説の古の魔女級の化け物じゃないか!」

ロックの言葉にリースは自分たちが目立ちすぎてしまったことを悟る。

相手はS級の魔物だ。S級の魔物と渡り合うなどS級の冒険者でないと難しいのだ。しかし、リースたちが参加したことにより誰もけがすることなく、ケイントが控えたままでヘルバーヘウスを倒せるなどありえないことだったのだ。

しかもロックはアインスたちと伝説級の魔女を結び付けて考え始めてしまっている。

私たちは目立ちすぎてしまったのだ。



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