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物語のはじまり
8 男装
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ルルリアナが目を覚ますと、見慣れた天井が目に入る。
白いコンクリートむき出しの天井には、人の顔に見えるシミが三つあり、幼いころのルルリアナはその「顔」がとても怖かった。
怖くて、怖くて眠れないと泣きながら訴えたルルリアナに、あの「顔」はいつまでたっても寝ないルルリアナに憑りつこうとしている悪魔だと話したのは当時の侍女長だった。彼女も意地悪な人だったけれど、カルロに比べたら私を厳しくしつけていただけなのだと今ならわかる。
彼女は神よりも悪魔を信仰していたのではないかと、ルルリアナは思う時があった。いつも悪魔、悪魔と囁く彼女は、神に祈るよりも悪魔の名をつぶやいていた。
重い頭をゆっくり動かしたルルリアナは、主治医が自分の腕で脈を確認していることに気が付く。
「お気づきになられましたか?」
主治医の優しい声に、ルルリアナは視界がぼやけるのを感じる。
この主治医は王族お抱えの医師で、ルルリアナが子供の頃からずっと変わらなかった。ルルリアナが体調を悪くすると大きな黒い鞄を二つ抱えて往診へとやってくる。時々、キャンディをこっそりとくれるこの年取った医師をルルリアナは好きだった。この医師に懐いているとバレると変えられるのではないかと怖くて、表情に出さないようにしていたけれど。
返事を声に出すことができず、頷くことで返事をすれば急な動きで頭痛を感じ思わず顔を顰める。
「ご無理なさらないでください」
主治医の優しい声に、レオザルトの切迫した声が張り込む。
「彼女は…ルルリアナは大丈夫なのか?まだ、こんなに顔色が悪いではないか!」
「お静かになさってください。今は静養が一番の薬です。雪の華様が失神なされたのは、睡眠不足と過労、ストレスによるものですからね。今日は、働かせずゆっくり眠らせてあげて下さい。では、また明日伺います。」
そう宣言し一礼すると、主治医はルルリアナの部屋を後にした。
部屋に残されたのはルルリアナとレオザルトだけだった。
ルルリアナの味気ない部屋を気まずい沈黙が満たす。
ルルリアナはたた目を開けているもの辛く目をぎゅっと閉じていただけだったが、先ほどルルリアナに怒鳴ってしまったことに罪悪感を抱いていたレオザルトは違う風に受け取ってしまう。
ルルリアナは自分の存在を締め出したのだと、自分を見るのも嫌なのだと受け取ってしまったのだ。
「医師は働きすぎだと言ったが、これを見る限り他のことに夢中になっていたようだな」
咎めるようなレオザルトの視線の先には、ルルリアナの机の上に貯まるに貯まった山のような書類があった。
「…申し訳ございません」
ルルリアナの声は本当に辛そうで、レオザルトは今更ながらルルリアナを責めたことを後悔する。
不貞をほのめかされたことで、ルルリアナの体はますます冷えていった。
シバリングのように体が震え、ルルリアナはその震えを止めることができない。
ただでさえ血の気を失っていたルルリアナの顔色がさらに悪くなり、唇の周りや目の下が青白く変色していく。
まるで水が凍っていくかのように、ゆっくりと。
その様子にレオザルトも異変を感じ、ルルリアナの名を呼ぶ。
「ルルリアナ?」
ルルリアナの手を握ろうとしていたレオザルトの手は、扉の外から聞こえる言い争う声に邪魔をされる。
「どうして私はルルリアナ様にお会いすることができないんですか?友達なのに!それに、あいつとルルリアナ様を二人きりにするなんて!ルルリアナ様がまた、いじめられてたらどう責任を取るんですか?」
「殿下が雪の華様をいじめるわけがないだろうが!不敬罪でお前を逮捕することだってできるんだぞ!」
「殿下は許してくださいましたけど?」
「一度許されたからと言って、調子にのるな!平民のくせに!」
「あれ~あれあれ?王立学院内では確か、平民や貴族関係なく平等だったはずですけど?僕の気のせいだったのかな~?」
「…くッ。確かに平等だが、分をわきまえろ!」
「フン!僕はルルリアナ様の親友なんだから、絶対に会うまで帰らないし!」
「いつの間に親友になったんだ!私だって会いたいのに会えないんだぞ!我慢しろ!」
「なんで、お前が我慢しているからって僕まで我慢しなきゃいけないのさ?さっき、自分と僕を一緒にするなよ、みたいなこと言ってたのに!僕は絶対にルルリアナ様に会うまで帰らないからね!」
大声で怒鳴りあう二人にレオザルトは、扉を開けて注意する。
「ルルリアナが休めないだろう、静かにしろ!」
魔法のカギでしっかり閉じられていたルルリアナの部屋の扉が開いたのを、リースは見逃さなかった。
レオザルトを押しのけ、ルルリアナの部屋に侵入することに成功する。
「おい、貴様!殿下を押しのけ、雪の華様の寝室に押し入るな!変態野郎!」
リースを連れ戻そうと、騎士科の制服に身を包んだハンサムな男子生徒がリースの後を追うようにルルリアナの部屋へと入る。
「お前だって、ルルリアナ様の部屋に入ってるじゃないか!僕が変態なら、お前も変態だ!」
「俺はルルリアナの兄だ!お前と一緒にするな!」
「へ?兄弟?」
リースの言葉に、青年は襟を正し答える。
リースとのもみ合いで制服はよれよれになっていたからだ。
「そうだ!私はディラン・マル・フィア・ソルティキアだ。フィア侯爵でもあり、雪の…、ルルリアナ様の三番目の兄だ!」
「はああああああああ?ふざけんなよ!お前みたいなえげつない奴が、兄弟なわけないだろうが!却下!絶対に却下!」
リースがいくら否定してもディランと言う男はルルリアナによく似た色のホワイトサファイアの髪に、青みの濃いペールホワイトの瞳持ったディランはルルリアナによく似ていた。
「お前の許可なんぞ知らんわ!」
「いい加減にしろ!ルルリアナが休めないだろうが!」
布団の中で震えるルルリアナに目にして、言い争っていたリースとディランはピッタと言い争うのを止める。
心配したリースが当然のようにルルリアナのベッドに腰掛ける。
「ごめん、ルルリアナ様」
躊躇しなかなか触ることのできなかったルルリアナの手に、リースは何のためらいもなく握りしめる様子をレオザルトは苦々しく見つめる。
具合の悪いルルリアナに優しくしたいのに、レオザルトの口から出た言葉はまたしてもルルリアナを責める言葉だった。
「ずいぶん仲がいいんだな」
ルルリアナだったら否定するか黙って耐え忍んだと思われるが、リースはレオザルトに食ってかかる。
「それってどういう意味ですか?」
リースの存在はレオザルトにとっても、ディランにとっても大変異質な存在であった。
絶対王政に近いエギザベリア神国において、平等を謳っているいる王立学院など形だけのものにすぎず、学院内でもレオザルト皇太子や最上級貴族であるフィア侯爵のディランに口答えするものなどまず存在しないはずなのだ。
それなのに、騎士科の制服に身を包んだ小柄なリースは、当たり前のように二人に食ってかかる。
規格外すぎて、二人の頭は追いついていなかった。
不敬罪で訴えてもいいのだが、高貴すぎる二人はここが王立学院と言うこともあり、罪に問うことはできなかった。
「もしかして、私とルルリアナ様の不貞をお疑いですか?」
リースは責めるようにじりじりとレオザルトに近寄り、小さな背を一生懸命伸ばしレオザルトを睨みつける。
その様子があまりにも可愛らしく映り、レオザルトはある事実にたどりつく。華奢な方に、声変りをしていない高い声、咽喉ぼとけもない。
「お前……、もしかして女か?」
「こんなガサツな女いるわけないではありませんか、殿下!」
ディランがレオザルトの発言をきっぱりと否定する。
リースはおどおどと二人の視線を逸らす。
「はぁ?お前、何かいったらどうだ?………お前、本当に女なのか?」
疑いの眼差しでディランはルースに手を伸ばし、リースの平たい胸をまさぐる。ディランの手に伝わった感触は間違いなく女の存在を示すもの。
硬い制服のベストに抑えられた柔らかな双丘。
「いつまで、触ってるんだよ!この、変態!」
いつまでも触り続けるディランを殴りつけたリースは紛れもない男装した女であった。
白いコンクリートむき出しの天井には、人の顔に見えるシミが三つあり、幼いころのルルリアナはその「顔」がとても怖かった。
怖くて、怖くて眠れないと泣きながら訴えたルルリアナに、あの「顔」はいつまでたっても寝ないルルリアナに憑りつこうとしている悪魔だと話したのは当時の侍女長だった。彼女も意地悪な人だったけれど、カルロに比べたら私を厳しくしつけていただけなのだと今ならわかる。
彼女は神よりも悪魔を信仰していたのではないかと、ルルリアナは思う時があった。いつも悪魔、悪魔と囁く彼女は、神に祈るよりも悪魔の名をつぶやいていた。
重い頭をゆっくり動かしたルルリアナは、主治医が自分の腕で脈を確認していることに気が付く。
「お気づきになられましたか?」
主治医の優しい声に、ルルリアナは視界がぼやけるのを感じる。
この主治医は王族お抱えの医師で、ルルリアナが子供の頃からずっと変わらなかった。ルルリアナが体調を悪くすると大きな黒い鞄を二つ抱えて往診へとやってくる。時々、キャンディをこっそりとくれるこの年取った医師をルルリアナは好きだった。この医師に懐いているとバレると変えられるのではないかと怖くて、表情に出さないようにしていたけれど。
返事を声に出すことができず、頷くことで返事をすれば急な動きで頭痛を感じ思わず顔を顰める。
「ご無理なさらないでください」
主治医の優しい声に、レオザルトの切迫した声が張り込む。
「彼女は…ルルリアナは大丈夫なのか?まだ、こんなに顔色が悪いではないか!」
「お静かになさってください。今は静養が一番の薬です。雪の華様が失神なされたのは、睡眠不足と過労、ストレスによるものですからね。今日は、働かせずゆっくり眠らせてあげて下さい。では、また明日伺います。」
そう宣言し一礼すると、主治医はルルリアナの部屋を後にした。
部屋に残されたのはルルリアナとレオザルトだけだった。
ルルリアナの味気ない部屋を気まずい沈黙が満たす。
ルルリアナはたた目を開けているもの辛く目をぎゅっと閉じていただけだったが、先ほどルルリアナに怒鳴ってしまったことに罪悪感を抱いていたレオザルトは違う風に受け取ってしまう。
ルルリアナは自分の存在を締め出したのだと、自分を見るのも嫌なのだと受け取ってしまったのだ。
「医師は働きすぎだと言ったが、これを見る限り他のことに夢中になっていたようだな」
咎めるようなレオザルトの視線の先には、ルルリアナの机の上に貯まるに貯まった山のような書類があった。
「…申し訳ございません」
ルルリアナの声は本当に辛そうで、レオザルトは今更ながらルルリアナを責めたことを後悔する。
不貞をほのめかされたことで、ルルリアナの体はますます冷えていった。
シバリングのように体が震え、ルルリアナはその震えを止めることができない。
ただでさえ血の気を失っていたルルリアナの顔色がさらに悪くなり、唇の周りや目の下が青白く変色していく。
まるで水が凍っていくかのように、ゆっくりと。
その様子にレオザルトも異変を感じ、ルルリアナの名を呼ぶ。
「ルルリアナ?」
ルルリアナの手を握ろうとしていたレオザルトの手は、扉の外から聞こえる言い争う声に邪魔をされる。
「どうして私はルルリアナ様にお会いすることができないんですか?友達なのに!それに、あいつとルルリアナ様を二人きりにするなんて!ルルリアナ様がまた、いじめられてたらどう責任を取るんですか?」
「殿下が雪の華様をいじめるわけがないだろうが!不敬罪でお前を逮捕することだってできるんだぞ!」
「殿下は許してくださいましたけど?」
「一度許されたからと言って、調子にのるな!平民のくせに!」
「あれ~あれあれ?王立学院内では確か、平民や貴族関係なく平等だったはずですけど?僕の気のせいだったのかな~?」
「…くッ。確かに平等だが、分をわきまえろ!」
「フン!僕はルルリアナ様の親友なんだから、絶対に会うまで帰らないし!」
「いつの間に親友になったんだ!私だって会いたいのに会えないんだぞ!我慢しろ!」
「なんで、お前が我慢しているからって僕まで我慢しなきゃいけないのさ?さっき、自分と僕を一緒にするなよ、みたいなこと言ってたのに!僕は絶対にルルリアナ様に会うまで帰らないからね!」
大声で怒鳴りあう二人にレオザルトは、扉を開けて注意する。
「ルルリアナが休めないだろう、静かにしろ!」
魔法のカギでしっかり閉じられていたルルリアナの部屋の扉が開いたのを、リースは見逃さなかった。
レオザルトを押しのけ、ルルリアナの部屋に侵入することに成功する。
「おい、貴様!殿下を押しのけ、雪の華様の寝室に押し入るな!変態野郎!」
リースを連れ戻そうと、騎士科の制服に身を包んだハンサムな男子生徒がリースの後を追うようにルルリアナの部屋へと入る。
「お前だって、ルルリアナ様の部屋に入ってるじゃないか!僕が変態なら、お前も変態だ!」
「俺はルルリアナの兄だ!お前と一緒にするな!」
「へ?兄弟?」
リースの言葉に、青年は襟を正し答える。
リースとのもみ合いで制服はよれよれになっていたからだ。
「そうだ!私はディラン・マル・フィア・ソルティキアだ。フィア侯爵でもあり、雪の…、ルルリアナ様の三番目の兄だ!」
「はああああああああ?ふざけんなよ!お前みたいなえげつない奴が、兄弟なわけないだろうが!却下!絶対に却下!」
リースがいくら否定してもディランと言う男はルルリアナによく似た色のホワイトサファイアの髪に、青みの濃いペールホワイトの瞳持ったディランはルルリアナによく似ていた。
「お前の許可なんぞ知らんわ!」
「いい加減にしろ!ルルリアナが休めないだろうが!」
布団の中で震えるルルリアナに目にして、言い争っていたリースとディランはピッタと言い争うのを止める。
心配したリースが当然のようにルルリアナのベッドに腰掛ける。
「ごめん、ルルリアナ様」
躊躇しなかなか触ることのできなかったルルリアナの手に、リースは何のためらいもなく握りしめる様子をレオザルトは苦々しく見つめる。
具合の悪いルルリアナに優しくしたいのに、レオザルトの口から出た言葉はまたしてもルルリアナを責める言葉だった。
「ずいぶん仲がいいんだな」
ルルリアナだったら否定するか黙って耐え忍んだと思われるが、リースはレオザルトに食ってかかる。
「それってどういう意味ですか?」
リースの存在はレオザルトにとっても、ディランにとっても大変異質な存在であった。
絶対王政に近いエギザベリア神国において、平等を謳っているいる王立学院など形だけのものにすぎず、学院内でもレオザルト皇太子や最上級貴族であるフィア侯爵のディランに口答えするものなどまず存在しないはずなのだ。
それなのに、騎士科の制服に身を包んだ小柄なリースは、当たり前のように二人に食ってかかる。
規格外すぎて、二人の頭は追いついていなかった。
不敬罪で訴えてもいいのだが、高貴すぎる二人はここが王立学院と言うこともあり、罪に問うことはできなかった。
「もしかして、私とルルリアナ様の不貞をお疑いですか?」
リースは責めるようにじりじりとレオザルトに近寄り、小さな背を一生懸命伸ばしレオザルトを睨みつける。
その様子があまりにも可愛らしく映り、レオザルトはある事実にたどりつく。華奢な方に、声変りをしていない高い声、咽喉ぼとけもない。
「お前……、もしかして女か?」
「こんなガサツな女いるわけないではありませんか、殿下!」
ディランがレオザルトの発言をきっぱりと否定する。
リースはおどおどと二人の視線を逸らす。
「はぁ?お前、何かいったらどうだ?………お前、本当に女なのか?」
疑いの眼差しでディランはルースに手を伸ばし、リースの平たい胸をまさぐる。ディランの手に伝わった感触は間違いなく女の存在を示すもの。
硬い制服のベストに抑えられた柔らかな双丘。
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