上 下
12 / 18
シーズン1

10 生物部

しおりを挟む
 息継ぎ用の穴をあけた小さなプラケースにジェムを入れ、私はプラケースをそっとリュックに入れジェムを学校に連れてきていた。

 寒かったと時用のホッカイロも持参して。

 トレンパーさんがおやつにと用意してくれたパウンドケーキがいつの間にか消えていて、人間だったら鼻歌を歌っているであろうゲコゲコ鳴くジェムを見下ろす。

 プラケースの蓋が外れないようにテープで固定したのに、どうして食べることができたのだろう?

 本当にこいつは魔法使いなのか?

 いまだに仲の良い友達ができないボッチの私が、カエルを学校に連れてきたとなればますます変人扱いだ。それにカエルが苦手な人もいるし。絶対にバレルわけにはいかない。

 こういう時に油断できないのはザックだ!

 私はロッカーに鞄を入れるとき、周囲にザックがいないことをきちんと確認する。

 無事、ロッカーに鞄を入れふぅと安堵する。

 次の瞬間、ザックに「おはよう」と声を掛けられ、私はビクッと体を震わせる。

「何?俺に隠し事?」

「べ…別に、私があなたに何を隠しててもいいでしょ!」

「よくないけど?お前は俺のおもちゃ(笑)でしょ?」

 ザックが私の頭に肘をつき、体重をかけてくる。

 ザックの腕を払い、吠える。

「おもちゃじゃないわ!」

 満足そうに私を見下ろすザックに「何よ?」と睨めば、優しくザックが微笑む。

「元気そうで良かった」

 ザックの表情に呆気にとられた私に、ジェイクが話しかける。

「おはよう、バスケ部残念だったね」

「なんで知ってるの?」

「あ~、君のお姉さんたちが話してた」

 ジェイクの視線の先にいる双子がにやにやと笑っていた。

 きっと、私がチビでトライアウトを受けることができなかったと嬉々として話しているに違いない。

「バスケ部は昔から強豪で、デイビス先生になってから二軍も選抜されるようになったから…」

「それってザックも知ってるの?」

「うん」

 もしかしてザックは私を気遣ってたのかな?

 気遣い方法としては最悪だけど。



 放課後、私は生物部の部室を訪れていた。

 生物部の部室は校舎でも日の当たらない場所にあり、9月だというのに一足先に冬が訪れたみたいだ。

 私は白のTシャツの上に羽織っているラベンダー色のロングカーディガンのボタンを閉める。黒地に小さな白い水玉模様のショートパンツから出るむき出しの足を恨めしく思う。

 もし、生物部に入部したらひざ掛けは絶対に必須だと頭にメモする。

 リュックの中のジェムも寒がっているかもしれない。

 用意していたホッカイロをジャムのプラケースの上に置く。これで、少しは暖が取れるよね?

 生物部のドアをノックすると、消えそうなほど小さな返事が返ってくる。

 入っていいってことだよね?と、不安になりながら生物部の部室を開ける。

 生物室の中には小さな温室があり、様々な植物が育てられていた。残った半分には三つの大きなメタルラックが三個並べられていて、その中にはたくさんの大小さまざまな爬虫類用のゲージが置かれていた。

 温室内には蝶々が放し飼いにされていて、蝶々が逃げださないように温室の扉の開け閉めに苦戦しながら生物部の人が挨拶をする。

「やぁ!ボクはアーロン!君も生物部に入部希望?」

 そう自己紹介したアーロンはややぽっちゃりとした愛嬌のある色白の男の子だった。

 そして、彼の名前を聞いた私はアーロンも立派なドラマのキャラクターであることを思い出す。

 アーロン・リッカーは双子の幼馴染で、双子に片想いしているアーロンは、そのことを知っている双子にいつも都合よく利用されてるという哀れなキャラクターだ。

 アーロンの親は大手ハンバーガーチェーンの経営者で、幼いころのアーロンの似顔絵が看板キャラクターとなっている。

 私がジェイクとランゲージエクスチェンジをしたハンバーガー店もアーロンの親のお店だ。

「私はヤヨイです。まだ、入部するかわからないけど、飼っているカエルについて相談したくて」

 入部希望者ではないと聞いたアーロンは明らかに私から興味を失ったようだ。

 愛想のいい表情は消え去り、面倒に感じていることを隠せないでいる。

 私がリュックからジェムを取り出し、アーロンに見せる。ジャン!

 すると退屈していたアーロンの瞳が驚きに見開かれ、私の手から恭しくジェムを受け取る。

「はわわわわ!これってツノガエルだよね!こんなモルフ見たことないよ!これってなんていうモルフ?どこで買ったの?それとも自家繁殖?他にも同じ個体いるの?いるの?いるの?」

 興奮してしゃべるアーロンの英語は早くて、何を話しているか半分もわからない。

 首を傾げる私を見て、話が通じないと理解したアーロンはコホンと咳を一つしてゆっくりと話しなおす。

 ジェムはもともとアプリコットツノガエルで、クッキーを食べたらこんな色になってしまったことを説明する。それと最近の食欲不振と便秘についても。

 黙って話を聞いていたアーロンの体がプルプルと震え、見る見るうちに顔が真っ赤に変わる。

「信じられない!カエルに人間のクッキー食べさせるなんて!君は飼い主失格だ!食欲不振になるのも当然だろ!カエルにだって嗜好があるだ!便秘なのも君がクッキーを食べさせてたからだろうが!どうせ虫が触るの怖いって言うんだろう?別に人工フードで爬虫類を飼うことは否定しないけど、人工フードを食べなくなったら生餌を与えるくらいの根性は見せてほしいね!餌もまともに上げられないんじゃあ、この子の飼育環境もどうせ適当に飼ってるに決まってる!爬虫類だって立派な生き物なんだ!哺乳類だけが生き物だと思うなよ!」

 唾を飛ばす勢いで話すアーロンは、血管が破れるのではと心配になるほど顔が赤い。

 それに早すぎて、難しい単語過ぎて何を話しているかわからない。でも、アーロンが言ったことだけはわかる。

 要は飼い主失格ということだ。

「私だって、好きでおかしあげたわけじゃないわよ!この子がいつの間にか勝手に食べちゃうの!近くにお菓子を置かないようにだってしてるんだからね!とにかくこの子は普通のカエルじゃないの!虫よりもお菓子が好きな変なカエルなんだから!文句を言う前に、このカエルに虫を食べさせてみなさいよ!」

 どうせできないから!と言い切った私に、アーロンは挑むように睨みつける。

 半そでなのに腕まくりをする動作をしたアーロンは、コオロギ、デュビア、レッドローチ、ピンクマウスなど生餌を次々と試していく。

 その度に私がされたように、ジェムが吐き出した生餌を顔に投げつけられている。

 フフンとほくそ笑む私に、アーロンは再び顔を赤くして怒鳴る。

「僕のせいじゃないからな!きっと飼育されてる温度が低くてご飯を食べないんだ!今度君の家に行って適切な飼育環境になっているか確認しに行くからな!」

 私はアーロンが隣に住んでいるとドラマの知識で知っているので、番地の番号を口にする。

 要領を得ず首を傾げるアーロンに、私の家の番地だと教える。

 アーロンははっとした表情で、私が言いたかったことを理解したのだろう。

「君が新しくできたリサとマミの義妹なのか?」

「そうです」

「妹ちゃん!お兄ちゃんって呼んでいいんだよ!」

 と叫び、急に私に愛想が良くなったアーロンがとても気持ち悪かった。

 ちなみにアーロンは私と同い年だ。お兄ちゃんなんて、絶対言わないんだから!フン!
しおりを挟む

処理中です...