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プロローグ

5 ピカニャン

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 七月になっても、私は週末ザックのおもちゃとして働かされていた。

 そのため、私はあの雑木林に入り私が失くしてしまったボールを探していた。

 ボールを見つけたら、晴れて私は自由も身だろう。

 蛇がでそうなその雑木林に私は蛍光黄緑色のジャージを着用し、這うようにボールを探している。

 通りすがりの人が不審者を見るように見つめ、犬の散歩をしていた人にわざわざ遠回りされたときは傷ついた。

 だが、このままザックにいいようにいつまでもおもちゃとして、こき使われるわけにはいかないのである。

 言語学校のニール先生が、日本の学校が夏休みになれば私と年が近い子も留学してくれるので年の近い友達ができるだろうと教えてくれたのだ。

 なので、絶対に土日はその子たちと遊ぶために開けておきたい。

 それにはザックから解放されなければいけないのだ。

 雑木林はそんなに大きくないというのに、いくら探せどボールは見つからなかった。

 私が低木に八つ当たりしていると、自転車に乗った美少年に話しかけられる。

「何してるの?」

 うわ!イケメンに変なところを見られた。

 私は顔を真っ赤にし、もじもじとボールを探していると告げる。恥ずかしくて、男の子の顔を直視することができない。

 目を見て話すことがルールみたいなアメリカにおいて、私の態度はさぞかし失礼だろう。

 それがわかっていても、美少年の顔を恥ずかしくて見ることができなかった。

 きっと変人と思われているに違いない。

 私が、視線を合わせられず目を泳がせていると、男の子のリュックに「ピカニャン」のキーホルダーがぶら下がっていることに気が付く。

 ピカニャンとは日本の超人気漫画のキャラクターで、アニメ化もされた全身黄色の愛らしい猫のキャラクターなのだ。

 日本では大人気だが、まだアメリカではアニメが放送されておらず、さらに言語学校の日本人もスペンサー家もそのアニメに興味がなく、私はピカニャンの話題に飢えていた。

 まぁ、日本の女友達でもピカニャンを見ている子はいなかったが。

 そのため、食い気味に男の子に尋ねる。

「ピカニャン、好きなの?」

 男の子は私の勢いに押されたのか、最初何を言っているのかわからないといった表情を浮かべる。

 私はコホンと咳払い押し、落ち着いて同じ質問を繰り返す。

 男の子は「あぁ、うん」とやや引き気味に返事をする。

 しかし、男の子が好きだと知った私の勢いを誰も止める人はいなかった。

「ピカニャンのどこが好き?」

「ピカニャンの変身形態でどれが一番好き?」

「ヒロトと再会したときは涙が止まらなかったよね」

 などなど、私は初対面の男の子に拙い英語で、時には思いっきり日本語でマシンガントークを繰り広げる。

 男の子はただ頷くが、会話がかみ合わなかった。

 私はこいつ、本当はピカニャンを知らないのではないかと疑う。

「ピカニャン知らないでしょ?」

 男の子は優しく私に笑いかける。

 これだからイケメンは嫌いなのだ。笑えば誤魔化せると思いやがって。

 私が睨み続けると、男の子は困ったように肩をすくめた。

「ピカニャンのコミックが英語に翻訳されるの遅いから、キミが話したところまで僕は読んでないんだよ」

 なるほど!

 それは失礼しましたと、頭を下げると男の子は少し後ろめたそうに笑った。

「キミが僕に日本語を教えてよ」

 教科書はもちろん、ピカニャンのコミックだよと男の子が甘く囁く。

 ピカニャンのコミックが教科書?素晴らしい!

 私は目を輝かせて、二つ返事で頷いた。

「あとさ、この林は人食いバクテリアが出るって有名だよ?」

 首を傾げた私に男の子は翻訳アプリを使う。

 スマホ画面を見た私は悲鳴を上げて慌てて家に帰り、肌が擦り切れるほど体を洗ったのだった。

 私のスマホに男の子から「Gotcha!(ひっかかった)」とメッセージが来ており、私は日に焼けた上に洗いすぎてヒリヒリする肌にたっぷりとボディクリームを塗ったのだった。

 う~ん、ローズの香りはやっぱりいいね!






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