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epilogue. ゆめ
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風が凪いだ。潮と魚の匂いが混じった風だ。懐かしいその匂いにつられ、微睡んでいた意識がゆっくりと浮上する。
瞼を開ければ、あまりの眩しさにすぐ瞳を閉じてしまった。数秒かけ、ようやく目が慣れる。
傾きかけたオレンジ色の太陽光の中では、一人の女が踊っていた。防波堤の上に飛び乗り、白いスカートを翻しながら、音の外れた鼻歌まで歌っている。
その光景に瞳を細めた。
彼女が生きて、目の前にいて、心の底からの笑顔を浮かべている。
それだけで涙が出そうになった。
「ようやく起きたのか、ロレンツォ」
ロレンツォが起きたことに気づいたカリーナが、いたずらっぽく瞳を細める。
その顔を見て、長距離運転に疲れて寝てしまったことを思い出した。運転席から外に出れば、海鳥が頭上高くで鳴いている。
この鳴き声も、匂いも、さざ波の音も本当に嫌いだった。
だというのにカリーナがこの場所にいるだけで、不思議と嫌いな気持ちが消えていく。それがとにかくロレンツォを奇妙な心持ちにさせた。
「気持ちよさそうに眠っていたが、どんな夢を見てたんだ?」
「……あんまり、覚えてませんが。カポにフラれて、その腹いせに貴方を撃ち殺す夢だった気がします」
「最低な夢だな」
途端に眉をひそめるカリーナに苦笑する。
手を差し出せば、カリーナは防波堤の上から飛び降り、優雅にロレンツォのもとへ向かってきた。
ロレンツォの手に、小さな手が添えられる。彼女の手を握りしめれば、照れくさそうに笑われた。
「心配しなくても、私がお前をフルなんてことは一生ないよ」
「そもそも両思いじゃないですしね」
「私にフラれる夢を見ておきながらか?」
拗ねるカリーナをエスコートして、後部座席ではなく助手席に乗せる。
スカートの端を丁寧に整えながら、カリーナは穏やかに笑った。
「夢の中の私は幸せ者だな。殺される程、ロレンツォに愛されてるんだから」
「……俺に殺されてはくれないと言ったのはカポじゃないですか」
「だから幸せ者だと言っている」
意味深に言うカリーナは、運転席に乗り込んだロレンツォをからかう目で見てきた。
その視線に気づかないフリをしてシートベルトをはめる。エンジンをかけるのと同じタイミングで、カリーナが言った。
「お前が信じなくても、私が好きなのはロレンツォだけだ。世界が嘘に塗れていても、この感情が世間一般の恋の定義から外れていても、それだけは揺るがない」
俺も、と言いかけて口を噤む。
それからすぐに、露悪的な笑みでカリーナを見た。
「貴方を殺したい程憎んでる男を好きになるなんて、酔狂にも程がありますね」
「なんだ、その言い方は。まさか私の言葉を信じてないのか?」
「信じるのはきっと、貴方が大人しく俺に殺されてくれる時だけですよ」
それだけ言って、「帰りましょう」と車を走らせる。
静かに、ゆっくりと。
二人は終わりに向かって進んで行った。
風が凪いだ。潮と魚の匂いが混じった風だ。懐かしいその匂いにつられ、微睡んでいた意識がゆっくりと浮上する。
瞼を開ければ、あまりの眩しさにすぐ瞳を閉じてしまった。数秒かけ、ようやく目が慣れる。
傾きかけたオレンジ色の太陽光の中では、一人の女が踊っていた。防波堤の上に飛び乗り、白いスカートを翻しながら、音の外れた鼻歌まで歌っている。
その光景に瞳を細めた。
彼女が生きて、目の前にいて、心の底からの笑顔を浮かべている。
それだけで涙が出そうになった。
「ようやく起きたのか、ロレンツォ」
ロレンツォが起きたことに気づいたカリーナが、いたずらっぽく瞳を細める。
その顔を見て、長距離運転に疲れて寝てしまったことを思い出した。運転席から外に出れば、海鳥が頭上高くで鳴いている。
この鳴き声も、匂いも、さざ波の音も本当に嫌いだった。
だというのにカリーナがこの場所にいるだけで、不思議と嫌いな気持ちが消えていく。それがとにかくロレンツォを奇妙な心持ちにさせた。
「気持ちよさそうに眠っていたが、どんな夢を見てたんだ?」
「……あんまり、覚えてませんが。カポにフラれて、その腹いせに貴方を撃ち殺す夢だった気がします」
「最低な夢だな」
途端に眉をひそめるカリーナに苦笑する。
手を差し出せば、カリーナは防波堤の上から飛び降り、優雅にロレンツォのもとへ向かってきた。
ロレンツォの手に、小さな手が添えられる。彼女の手を握りしめれば、照れくさそうに笑われた。
「心配しなくても、私がお前をフルなんてことは一生ないよ」
「そもそも両思いじゃないですしね」
「私にフラれる夢を見ておきながらか?」
拗ねるカリーナをエスコートして、後部座席ではなく助手席に乗せる。
スカートの端を丁寧に整えながら、カリーナは穏やかに笑った。
「夢の中の私は幸せ者だな。殺される程、ロレンツォに愛されてるんだから」
「……俺に殺されてはくれないと言ったのはカポじゃないですか」
「だから幸せ者だと言っている」
意味深に言うカリーナは、運転席に乗り込んだロレンツォをからかう目で見てきた。
その視線に気づかないフリをしてシートベルトをはめる。エンジンをかけるのと同じタイミングで、カリーナが言った。
「お前が信じなくても、私が好きなのはロレンツォだけだ。世界が嘘に塗れていても、この感情が世間一般の恋の定義から外れていても、それだけは揺るがない」
俺も、と言いかけて口を噤む。
それからすぐに、露悪的な笑みでカリーナを見た。
「貴方を殺したい程憎んでる男を好きになるなんて、酔狂にも程がありますね」
「なんだ、その言い方は。まさか私の言葉を信じてないのか?」
「信じるのはきっと、貴方が大人しく俺に殺されてくれる時だけですよ」
それだけ言って、「帰りましょう」と車を走らせる。
静かに、ゆっくりと。
二人は終わりに向かって進んで行った。
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