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episode.12 破滅①
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*
カルロ達が死んでから、カリーナの飲む薬が増えた。薬が増えるにつれ、突然取り乱すことも増えていった。
特に酷いのが夜と、それから雨が降る日だ。
まずロレンツォが一緒にいないと寝てくれなくなった。彼女は寝つくまで、どうでもいい話を聞きたがる。
ロレンツォが子供の頃の話、イルマーレの話、アルベルトとの話、カルロやベルナルド達と過ごした日々の話。
それを子守唄代わりにして、いつも何かに怯えるようにして眠りにつく。
だがようやく眠ってくれたかと思えば、夜中に叫び声をあげて起きることが多かった。半狂乱で「やめろ、私に触るなッ!」「助けて、誰かっ! カルロ!」と泣き叫びながら暴れ出す。
その度に殴られても引っかかられても臆することなく、カリーナを抱きしめた。
「大丈夫です、カポ! 落ち着いてください!」
「やだっ、やだ! 私に触るな!」
「カポ、俺です! 貴方の前にいるのはロレンツォ・ゴッティです! 俺は絶対に貴方を傷つけませんから!」
「ッあ……ろれん、つぉ……!」
「大丈夫です、カポ。俺がついてますから」
そう言ってカリーナの頭を胸に抱える。優しく背中を撫でれば、カリーナは泣きじゃくりながらすがりついてきた。
「ごめっ、ロレンツォ……! 私のせいで、ごめん!」
「大丈夫です、カポ。大丈夫だから」
「ごめん、カルロ、ベルナルド……! アルベルトも、ロレンツォも、全部私のせいだ……! ごめんなさいっ、本当にごめんなさいッ……!」
声が枯れるまで泣き続けたカリーナは、疲れて眠りに落ちる。
ロレンツォはいつも、「大丈夫です」と言いながら、カリーナが寝つくまで付き合った。
いつも、いつも、思うのだ。
カリーナは何に謝っているのか。
自分はいったい、何に対して大丈夫だと言っているのか。
答えはわからないまま、二人の依存は強まり、この日常の破滅だけが近づいてくる。
*
カリーナの気まぐれはいつだって突然だ。
仕事をしていたと思ったカリーナが言う。「最近のお前はずいぶんとやつれたな」と。自分のことは棚にあげた言い方だ。
それから続けた。
「そうだ、海にでも行くか」と。あまりにも前後の脈絡ない提案に、持って来たばかりのコーヒーを落としかける。
思いついたカリーナの行動は早かった。急を要する仕事を終えると、「今日は一切仕事はしない」と構成員に告げて屋敷を出た。
クアトロポルテを走らせ、カリーナの希望でイルマーレに向かう。
片道五時間の旅だ。着いた頃には夕方になっていたが、真夏のおかげで陽はまだ高いところにいる。
ビーチなんて気の利いた場所はないので、防波堤の向こうから海を眺めることになった。カリーナはクリスチャン・ルブタンの靴を脱ぎ捨て、防波堤の上に飛び乗る。
「うわっ、あっつい! 本当に熱っ!」
「火傷しますよ、カポ。靴はちゃんと履いてください」
「忠告が遅いんだよ、馬鹿!」
「俺が何か言う前にはしゃぎだしたんでしょう」
「あーもう! ちゃんと受け止めろよ、ロレンツォ!」
「は?」
防波堤の下でカリーナを眺めていたロレンツォは、意味がわからないと眉をひそめる。次の瞬間、カリーナが空を飛んだ。
わざわざこの為に着替えた白いワンピースの裾が広がる。
「海には白のワンピースだろう」という、彼女のよく分からないこだわりだ。広がるスカートは、空を飛ぶ海鳥に見えた。
自由に空を舞いながら、カリーナが楽しそうに笑っている。
その顔に、ただただ見惚れてしまった。
つかの間の感嘆は、肩を打つ衝撃で消え去る。勢いよく胸に飛び込んできたカリーナを慌てて抱きとめたのだ。
転倒は免れたが、衝撃で足元がぐらついた。首にぶら下がるカリーナの腰を抱く。そのままカリーナは無邪気に笑い転げた。
「あはは! ロレンツォは力持ちだし体幹もいいんだな!」
「ちょっ……! 危ないでしょうが!」
そう言って怒るが、クスクス笑うカリーナは聞いているかどうか怪しい。ロレンツォの腕から逃れると、地面を飛び跳ねながら靴を履いた。
「ここはお前の出身地だろ? 観光地を案内しろ」
「観光地なんてここにはないですよ」
「じゃあロレンツォの気に入っていた場所だ」
瞳を細められ、適当に「貴方が立っている場所です」と答える。これにカリーナが不機嫌な顔をしたが、気にせず言葉を続けた。
「俺が生まれ育った場所に貴方がいる。俺が毛嫌いしている場所に貴方がいる。それだけで、この町への印象が変わりました」
「……臭いセリフだ」
「イタリア男らしいでしょう?」
冗談めかして肩をすくめれば、カリーナが片手を差し出す。やっぱり子供みたいな表情だ。
「それじゃあもっと、イタリア男らしいところを見せてくれ」
「……それは、その……誘ってると?」
「馬鹿ッ! エスコートしろって言ってるんだよ!」
履きかけていた靴が飛んでくる。それからすぐに熱い! この馬鹿! と叫んで飛び跳ねるカリーナに声を出して笑った。
海が見たいなんて言い始めたのはカリーナの癖に、数分で飽きると車に乗り込んだ。潮風は肌に良くないからという理由だ。
そう言った割に車は出させず、開け放った窓際に腕を置いている。助手席でぼんやりと海を眺める後ろ姿からは、何を考えているか全くわからなかった。
カリーナが毛嫌いする潮風に攫われ、柔らかい髪が揺れている。その度に覗く彼女の細い首筋を、そこにはないものを見つけるつもりでじっと見つめた。
「生き物の死は、いつも唐突に訪れる」
それが誰のことを言っているか分からない程、ロレンツォも無神経ではない。
フロントガラスの向こうを見つめたまま、適当な相槌を打つ。あいつらは殺しても死ななそうな奴らだったのにとか、そんなことを言った気がした。
喉の奥で笑ったカリーナは、体を起こすと片手を差し出す。またエスコートの誘いかと思っていれば、「煙草」と短く言われた。
「一本寄越せ」
「……今、わかりました。カポは誰かを悼む時、煙草をねだるんだと」
「そんなの知るか。お前の好きに解釈しろ」
不機嫌に言うカリーナに煙草を渡す。ライターを向ければ、この前よりも上手に火をつけた。伏せられた瞳の前を、薄い煙が揺蕩っていく。
ふう、と。深く吸い込んだ煙が吐き出される。その煙には、溜め込まれたカリーナの感情が滲んでいる気がした。
「ベルナルドがどうして、カルロを殺したか知ってるか?」
「……さあ、どうでしょう」
「カルロがどうして、抵抗もせず、わざわざこの場所まで来て、ベルナルドに殺されたか知ってるか?」
「……さあ。俺は、何も知りませんから」
「そうだな、そうだ。お前だけが、知らないんだ。お前と同じで、私も無知だった」
ぼんやりとしたカリーナが言う。
会話など、求めていない横顔だった。
「ここでロレンツォもカルロも生まれ育ったんだな。お前らが同郷なんておかしな感じだ」
「柄の悪いあいつがイルマーレ出身だと言われても、俺は不思議には思いませんよ」
「はは、カルロを柄が悪いなんて言うのはロレンツォだけだ」
おかしそうに笑うカリーナは、手のひらで目元を覆う。その下でどんな表情をしているか気になった。泣いているならば、慰めてやらなければ。
深く考えずにカリーナの手首を掴む。そうすれば想像通り、ぐちゃぐちゃに歪められた顔が現れた。
カリーナの指先から煙草を抜き取り、乱暴に灰皿へ捨てる。吸口についた口紅すら寂寥感をかきたてた。
「……見るな」とカリーナ。だがロレンツォは、「嫌です」とはっきり答える。
「カルロの代わりに、貴方が泣いていたら慰めると約束しましたから」
「……私はお前との誓いを破ったんだぞ」
「いいんです。貴方の最期を看取らせてくれたら、それで十分です」
間髪おかずに言えば、また泣きそうな顔をされる。そんな顔をさせたいわけじゃないのにと思った。
「じゃあ、カルロの代わりなら」
カリーナが言う。その言葉は震えていた。涙を含んだ瞳が、赤く染まって揺れている。
「抱きしめて、背中を撫でて、ずっと、ずっと、側にいると誓ってくれ」
「……シィ、カポ」
「お前は私を置いて死なないと、そう誓ってくれ」
心の底から嘆願され、頷きながら腕を伸ばす。強く抱き締めれば、カリーナの腕もロレンツォの背中に回された。肩に埋められる額に感情がかき乱される。
カリーナの肩にはいつかロレンツォがつけた噛み痕も、首を絞めた痕も残ってはいない。それが嫌だった。あの傷跡と同じように、いつか自分の存在も、カリーナの中から消えてしまうのか。
そうなる前に殺してしまいたい。
カリーナがロレンツォを何より求めるうちに殺してしまいたい。
二人にとっての依存と執着と、幸せの絶頂で終わらせることが出来ればどれだけ幸せか。
だがそれだけはどうしても出来ないのだ。
頭の中では相も変わらずアルベルトがその女を殺せと囁いている。アルベルトを思えば思う程、カリーナへの憎しみが増していく。
だが、でも、殺せないのだ。
憎しみと相反する愚かな感情が、ロレンツォを邪魔してくる。それがとても苦痛だった。
「明日、貴方が死ねばいいのに」
ロレンツォが言う。カリーナは黙って聞いていた。
睦言代わりの殺意を、愛の告白を聞くのと同じ顔で受け入れる。
「俺が、それを、看取って。それから、貴方を追って死ねたら、幸せなまま終われるのに」
この言葉にカリーナが短く返事をした。
「生き物はいつも、唐突に死ぬんだ」と。
さっきと同じ言葉だ。
それを、もっとずっと、哀れみ深く言う。
「だから、不安にならなくていい。お前は何も考えずに、私を恨んでいればいい」
「……」
「好きだよ、ロレンツォ。明日も、明後日も、私を思い続けてくれ。それだけで、私は幸せに終われるんだ」
その言葉を最後に、二人の間から会話が消える。代わりに感情を殺した息遣いだけが響いた。
ある、晴れた夏の日のことだ。
マフィアの島が終わりを迎えようとしていた。
カルロ達が死んでから、カリーナの飲む薬が増えた。薬が増えるにつれ、突然取り乱すことも増えていった。
特に酷いのが夜と、それから雨が降る日だ。
まずロレンツォが一緒にいないと寝てくれなくなった。彼女は寝つくまで、どうでもいい話を聞きたがる。
ロレンツォが子供の頃の話、イルマーレの話、アルベルトとの話、カルロやベルナルド達と過ごした日々の話。
それを子守唄代わりにして、いつも何かに怯えるようにして眠りにつく。
だがようやく眠ってくれたかと思えば、夜中に叫び声をあげて起きることが多かった。半狂乱で「やめろ、私に触るなッ!」「助けて、誰かっ! カルロ!」と泣き叫びながら暴れ出す。
その度に殴られても引っかかられても臆することなく、カリーナを抱きしめた。
「大丈夫です、カポ! 落ち着いてください!」
「やだっ、やだ! 私に触るな!」
「カポ、俺です! 貴方の前にいるのはロレンツォ・ゴッティです! 俺は絶対に貴方を傷つけませんから!」
「ッあ……ろれん、つぉ……!」
「大丈夫です、カポ。俺がついてますから」
そう言ってカリーナの頭を胸に抱える。優しく背中を撫でれば、カリーナは泣きじゃくりながらすがりついてきた。
「ごめっ、ロレンツォ……! 私のせいで、ごめん!」
「大丈夫です、カポ。大丈夫だから」
「ごめん、カルロ、ベルナルド……! アルベルトも、ロレンツォも、全部私のせいだ……! ごめんなさいっ、本当にごめんなさいッ……!」
声が枯れるまで泣き続けたカリーナは、疲れて眠りに落ちる。
ロレンツォはいつも、「大丈夫です」と言いながら、カリーナが寝つくまで付き合った。
いつも、いつも、思うのだ。
カリーナは何に謝っているのか。
自分はいったい、何に対して大丈夫だと言っているのか。
答えはわからないまま、二人の依存は強まり、この日常の破滅だけが近づいてくる。
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カリーナの気まぐれはいつだって突然だ。
仕事をしていたと思ったカリーナが言う。「最近のお前はずいぶんとやつれたな」と。自分のことは棚にあげた言い方だ。
それから続けた。
「そうだ、海にでも行くか」と。あまりにも前後の脈絡ない提案に、持って来たばかりのコーヒーを落としかける。
思いついたカリーナの行動は早かった。急を要する仕事を終えると、「今日は一切仕事はしない」と構成員に告げて屋敷を出た。
クアトロポルテを走らせ、カリーナの希望でイルマーレに向かう。
片道五時間の旅だ。着いた頃には夕方になっていたが、真夏のおかげで陽はまだ高いところにいる。
ビーチなんて気の利いた場所はないので、防波堤の向こうから海を眺めることになった。カリーナはクリスチャン・ルブタンの靴を脱ぎ捨て、防波堤の上に飛び乗る。
「うわっ、あっつい! 本当に熱っ!」
「火傷しますよ、カポ。靴はちゃんと履いてください」
「忠告が遅いんだよ、馬鹿!」
「俺が何か言う前にはしゃぎだしたんでしょう」
「あーもう! ちゃんと受け止めろよ、ロレンツォ!」
「は?」
防波堤の下でカリーナを眺めていたロレンツォは、意味がわからないと眉をひそめる。次の瞬間、カリーナが空を飛んだ。
わざわざこの為に着替えた白いワンピースの裾が広がる。
「海には白のワンピースだろう」という、彼女のよく分からないこだわりだ。広がるスカートは、空を飛ぶ海鳥に見えた。
自由に空を舞いながら、カリーナが楽しそうに笑っている。
その顔に、ただただ見惚れてしまった。
つかの間の感嘆は、肩を打つ衝撃で消え去る。勢いよく胸に飛び込んできたカリーナを慌てて抱きとめたのだ。
転倒は免れたが、衝撃で足元がぐらついた。首にぶら下がるカリーナの腰を抱く。そのままカリーナは無邪気に笑い転げた。
「あはは! ロレンツォは力持ちだし体幹もいいんだな!」
「ちょっ……! 危ないでしょうが!」
そう言って怒るが、クスクス笑うカリーナは聞いているかどうか怪しい。ロレンツォの腕から逃れると、地面を飛び跳ねながら靴を履いた。
「ここはお前の出身地だろ? 観光地を案内しろ」
「観光地なんてここにはないですよ」
「じゃあロレンツォの気に入っていた場所だ」
瞳を細められ、適当に「貴方が立っている場所です」と答える。これにカリーナが不機嫌な顔をしたが、気にせず言葉を続けた。
「俺が生まれ育った場所に貴方がいる。俺が毛嫌いしている場所に貴方がいる。それだけで、この町への印象が変わりました」
「……臭いセリフだ」
「イタリア男らしいでしょう?」
冗談めかして肩をすくめれば、カリーナが片手を差し出す。やっぱり子供みたいな表情だ。
「それじゃあもっと、イタリア男らしいところを見せてくれ」
「……それは、その……誘ってると?」
「馬鹿ッ! エスコートしろって言ってるんだよ!」
履きかけていた靴が飛んでくる。それからすぐに熱い! この馬鹿! と叫んで飛び跳ねるカリーナに声を出して笑った。
海が見たいなんて言い始めたのはカリーナの癖に、数分で飽きると車に乗り込んだ。潮風は肌に良くないからという理由だ。
そう言った割に車は出させず、開け放った窓際に腕を置いている。助手席でぼんやりと海を眺める後ろ姿からは、何を考えているか全くわからなかった。
カリーナが毛嫌いする潮風に攫われ、柔らかい髪が揺れている。その度に覗く彼女の細い首筋を、そこにはないものを見つけるつもりでじっと見つめた。
「生き物の死は、いつも唐突に訪れる」
それが誰のことを言っているか分からない程、ロレンツォも無神経ではない。
フロントガラスの向こうを見つめたまま、適当な相槌を打つ。あいつらは殺しても死ななそうな奴らだったのにとか、そんなことを言った気がした。
喉の奥で笑ったカリーナは、体を起こすと片手を差し出す。またエスコートの誘いかと思っていれば、「煙草」と短く言われた。
「一本寄越せ」
「……今、わかりました。カポは誰かを悼む時、煙草をねだるんだと」
「そんなの知るか。お前の好きに解釈しろ」
不機嫌に言うカリーナに煙草を渡す。ライターを向ければ、この前よりも上手に火をつけた。伏せられた瞳の前を、薄い煙が揺蕩っていく。
ふう、と。深く吸い込んだ煙が吐き出される。その煙には、溜め込まれたカリーナの感情が滲んでいる気がした。
「ベルナルドがどうして、カルロを殺したか知ってるか?」
「……さあ、どうでしょう」
「カルロがどうして、抵抗もせず、わざわざこの場所まで来て、ベルナルドに殺されたか知ってるか?」
「……さあ。俺は、何も知りませんから」
「そうだな、そうだ。お前だけが、知らないんだ。お前と同じで、私も無知だった」
ぼんやりとしたカリーナが言う。
会話など、求めていない横顔だった。
「ここでロレンツォもカルロも生まれ育ったんだな。お前らが同郷なんておかしな感じだ」
「柄の悪いあいつがイルマーレ出身だと言われても、俺は不思議には思いませんよ」
「はは、カルロを柄が悪いなんて言うのはロレンツォだけだ」
おかしそうに笑うカリーナは、手のひらで目元を覆う。その下でどんな表情をしているか気になった。泣いているならば、慰めてやらなければ。
深く考えずにカリーナの手首を掴む。そうすれば想像通り、ぐちゃぐちゃに歪められた顔が現れた。
カリーナの指先から煙草を抜き取り、乱暴に灰皿へ捨てる。吸口についた口紅すら寂寥感をかきたてた。
「……見るな」とカリーナ。だがロレンツォは、「嫌です」とはっきり答える。
「カルロの代わりに、貴方が泣いていたら慰めると約束しましたから」
「……私はお前との誓いを破ったんだぞ」
「いいんです。貴方の最期を看取らせてくれたら、それで十分です」
間髪おかずに言えば、また泣きそうな顔をされる。そんな顔をさせたいわけじゃないのにと思った。
「じゃあ、カルロの代わりなら」
カリーナが言う。その言葉は震えていた。涙を含んだ瞳が、赤く染まって揺れている。
「抱きしめて、背中を撫でて、ずっと、ずっと、側にいると誓ってくれ」
「……シィ、カポ」
「お前は私を置いて死なないと、そう誓ってくれ」
心の底から嘆願され、頷きながら腕を伸ばす。強く抱き締めれば、カリーナの腕もロレンツォの背中に回された。肩に埋められる額に感情がかき乱される。
カリーナの肩にはいつかロレンツォがつけた噛み痕も、首を絞めた痕も残ってはいない。それが嫌だった。あの傷跡と同じように、いつか自分の存在も、カリーナの中から消えてしまうのか。
そうなる前に殺してしまいたい。
カリーナがロレンツォを何より求めるうちに殺してしまいたい。
二人にとっての依存と執着と、幸せの絶頂で終わらせることが出来ればどれだけ幸せか。
だがそれだけはどうしても出来ないのだ。
頭の中では相も変わらずアルベルトがその女を殺せと囁いている。アルベルトを思えば思う程、カリーナへの憎しみが増していく。
だが、でも、殺せないのだ。
憎しみと相反する愚かな感情が、ロレンツォを邪魔してくる。それがとても苦痛だった。
「明日、貴方が死ねばいいのに」
ロレンツォが言う。カリーナは黙って聞いていた。
睦言代わりの殺意を、愛の告白を聞くのと同じ顔で受け入れる。
「俺が、それを、看取って。それから、貴方を追って死ねたら、幸せなまま終われるのに」
この言葉にカリーナが短く返事をした。
「生き物はいつも、唐突に死ぬんだ」と。
さっきと同じ言葉だ。
それを、もっとずっと、哀れみ深く言う。
「だから、不安にならなくていい。お前は何も考えずに、私を恨んでいればいい」
「……」
「好きだよ、ロレンツォ。明日も、明後日も、私を思い続けてくれ。それだけで、私は幸せに終われるんだ」
その言葉を最後に、二人の間から会話が消える。代わりに感情を殺した息遣いだけが響いた。
ある、晴れた夏の日のことだ。
マフィアの島が終わりを迎えようとしていた。
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