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episode.7 帰還②
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地下室から出たカリーナは、カルロに次の仕事を任せると自分は先に休むと言った。三週間近くも留置所の粗末なベッドで寝ていたから仕方ないだろう。だがどうして、ロレンツォまで部屋に呼び、挙句の果てに一緒に寝ろなどという命令までしてきたのか。
「どういう状況だよ、これ……」
カリーナの部屋にポツンと立ちながら頭を抱える。部屋の主と言えば、隣のシャワールームにいた。もれてくる水の音に、年甲斐もなくドギマギとしてしまう。
本当にどういう状況なんだ、これは。
今夜は元々カリーナが帰還した祝いをするはずで、女王様が無事帰ってきたことに構成員は浮かれている。さらに警察と確執の種であった行方意不明事件も、レグッツォーニの娘の所在がわかったことで解決したのだ。
今日はいい酒をあけようと浮かれていたカルロの笑顔は記憶に新しい。その笑顔が一瞬で地獄の番人のごとき冷たさに変わった恐怖は、きっと一生忘れられないだろう。
「待たせたな。お前もシャワーを使うか?」
脳天気な声がかけられ、大仰なほど肩が跳ねる。
振り返れば、髪先から雫をたらし、僅かに火照った顔色のカリーナがいた。いつもと変わらぬネグリジェから覗く手足が、風呂上がりというだけで数倍も扇情的に見える。
この人はどうすれば羞恥心を持ってくれるのかと固まる。そんなロレンツォをからかう瞳で見つめ返された。
「可愛い反応だな、ロレンツォ」
「……わかっててやってるでしょ、貴方」
「お前の心情など知るか。それより私は早く寝たいんだ、さっさと支度しろ」
「本当に俺と寝る気ですか?」
「いつもの抱き枕は仕事で忙しいんだ、仕方ないだろう」
化粧台に向かったカリーナは、化粧水だか何だかを塗りながら言う。カルロならば、その後ろから髪を乾かしてやる優しさを見せたのだろうか。
というか本当は、もっとカリーナに言ってやりたいことがあった。自分にも計画を打ち明けず警察に捕まるなどどういうことかとか、お前がいない三週間が大変だったとか。
ただそれを言ってしまえば、カリーナへの恋慕をほのめかすようで躊躇われた。お前を殺すと誓っている奴が、会えなくて寂しかったとのたまうなど、陳腐な冗談にもならないのだから。
「なんだ、スーツのまま寝るのか」
二十分以上も棒立ちし、あーだこーだと悩み続ければ、至極不思議そうなカリーナが振り返った。自分は支度が終わったのか、いつでも寝るぞという雰囲気である。この温度差がとても腹立たしかった。
「本当に俺と寝る気ですか?」とロレンツォ。二度目の言葉には、カリーナの思惑を探る響きが混じる。下劣な話だが、もしや一線の先を望まれているのではと思ったのだ。
だがカリーナは、「だからそう言っているだろう」と苛立たしげだった。吊り上げた眉から推察するに、言外に忍ばせた欲は気づかれていないらしい。それが残念なようなムカつくような、形にしがたい感情を与えてきた。
無言の攻防を数秒繰り返し、カリーナがなにごとか納得した顔をする。
「お前は優しいな」
「は?」
「ロレンツォに寝首をかかれないかと、私が不安で眠れないことを心配しているんだろう」
駄目だ、通じてない。
いや、確かに無防備なカリーナを殺そうと画策したこともあるが、今不安に思って欲しいのはそういうことではないのだ。自分は気心の知れた幼馴染みでも、兄のような存在でも、頼りになるアンダーボスでもないのだぞ。殺されるかの前に、男女が同じベッドで眠る意味を心配して欲しい!
そんなことを考えて怒る自分が間違っていて、カリーナの方が正しいということは薄らとわかっていた。それでもやはり、好きな女との一夜くらい夢見てもいいではないか。だってロレンツォには、死体を犯すなんて性癖はないのだから。
「そうだな、ではこうするか」
カリーナはおもむろに立ち上がると、軽い様子でベッドに近づく。ついでとばかりに手招かれ、迷いながらも彼女へと歩み寄る。命令されてしまえば、ロレンツォに選択肢はないのだから仕方ない。
そうすると、何を考えているのか、「横になれ」と短く言われる。これも大人しく従えば、慣れた手つきでベルトを外された。ふしだらな考えが頭をよぎるなか、手際よくロレンツォのベルトで手首を拘束される。さらに念には念をいれ、クローゼットから取り出したショールで、手首とベッドサイドテーブルの足もしっかり縛られる。手首は全く動かせないほどの執念深さでギチギチに縛られた。
なるほど、これは予想外である。
おかげでなされるがままとなり、正気に戻ったときには、満足気なカリーナに見下ろされていた。
「……なにかのプレイでもする気ですか?」
たまらずもれた憎まれ口に、まともな返事など求めていなかった。カリーナもなにを言っているんだと怪訝な顔である。
「これで私もお前も安心して寝れるだろう。ほら、もう少し端に寄れ。カルロは私がよく眠れるよう気を利かせてくれるぞ」
「縛られてる奴に無理言わないでくださいよ。ていうかこれ、俺が寝にくいんですけど」
「私の安眠のためだ、我慢しろ」
横暴な物言いのあと、電気を消していそいそとベッドに潜り込む。ロレンツォの腰に抱きつかれれば、柔らかい感触に意識を持っていかれた。
風呂上がりだからか、シャンプーの甘い匂いがする。これをいつも耐えているカルロは素直に尊敬できた。
「新手の拷問か何かか……」
つい呟きながら、心を無にしろと自分に言い聞かせる。平常心を手に入れなければと、必死に別のことを考えた。
先日の船上で行われていた、胸糞悪い商談を思い出せば僅かに気が紛れる。だがそれも結局その場しのぎにしかならず、カリーナが身動きするたびに意識が現実へと戻ってきた。
「まさかお前をカルロの代わりに扱う日が来るなんてな」
自分のことなどそっとしておいて欲しいのに、楽しげな声が聞こえてくる。
話しかけないでくれと心中で懇願しながら、その言葉は無視することにした。カリーナもろくな返事は期待していなかったのか、独り言のように先を続ける。
「人と一緒に寝るのは好きではないんだ。カルロは特別なんだが、あいつ以外にも特別だと思う奴ができるなんて、昔の私には想像も出来なかったな」
「……カルロを信頼されているんですね」
返事なんてする気はなかった。だが何度も愛おしげに繰り返されるカルロの名前に、とうとう腸が煮えくり返ってしまったのだ。
そんなにカルロがいいならば、あの男をベッドに引きずり込めばいいだろう。誰かの代わりなんて、自分は求めてない。
それなのにカリーナは、ロレンツォの心中など通じていないかのように、穏やかな顔のままである。安心しきった表情に、どうしてそんな顔をできるか本気でわからなかった。
ロレンツォは気心の知れた幼馴染みでも、兄のような存在でも、頼りになるアンダーボスでもない。自分達は殺し殺される誓いをたてた、歪な主従だぞ。
「カルロは特別だ。私を絶対に守ってくれると誓ってくれたからな。同じくらい、いつか私を殺すと誓ってくれたお前も、私にとっては特別な存在だ」
「特別、ですか……」
「そうだ。だから誓いを違えてくれるなよ。私が死ぬときは、絶対にお前の手で殺してくれ」
祈りに似た言葉に、なんと返事をするべきか悩んでしまう。
その間に、カリーナは身を起こすと、枕に肘をついてロレンツォを見下ろしてきた。明かりのない部屋では、ほとんど彼女の表情は見えない。それでも楽しげに歪んだ顔は簡単に想像できた。
「ところで私とカルロは賭けをしてたんだ。まあ、当然私の方が勝ったがな」
「どんな賭けをしたか聞いた方がいいんですか?」
「お前には特別に教えてやろう。賭けの内容は、私が捕まっている間のロレンツォの行動だ。カルロはテレジオファミリーを出て行くと言ったが、私は忠犬のごとき誠実さで私を待っていることに賭けた。ただカルロには突っかかると思っていたから、それだけは予想外だったな」
お前はあいつを裏切り者と罵らなかったそうじゃないか、と不思議そうに続けられた。
カルロが裏切った真実は、カポ・レジームにだけは伝えられていたらしい。当然ベルナルドも知っていたが、彼らはパネッタに裏切りを信じ込ませるため、カルロを糾弾するフリをしていた。
事実、ロレンツォも最初こそカルロが裏切り者だと思っていた。その考えを改めたのは、カリーナの言葉があったからだ。
「カモッラとの会合の前に、カポが言っていたでしょう。カルロには怪しい奴の動きを監視させているから、俺はベルナルドの動向に目を光らせろと。構成員ではなくペットでしかない俺個人に、そんな指示をする必要性がわかりませんでした。例えば俺からカルロが怪しいという証言が出ても、復讐者の言葉なんて誰も信じるはずがありませんから。だから元々カポが警察に捕まることは計画のうちで、先の言葉はカポ不在の間ベルナルドの行動に従い、カルロが目をつけた奴に警戒しろという意味だと解釈したんです。実際カルロは不自然なほどパネッタとベッタリでしたし、ベルナルドはホテルにいる間は、警察が来てからもあいつの肩を持ってました」
「それだけか?」
「疑問を持つには十分です。それにまずは三週間、と思っていました。カポの起訴が遅れていることは俺だけじゃなく、パネッタもイラついていましたから、この期間になにかがあるのかもしれないと思って。もしこのままカポが起訴されて、カルロが動かなかったときは、あいつを殺したあと留置所に乗り込み、カポを殺すつもりでいましたから」
この答えに満足したのか、ニンマリと笑われる。「ロレンツォは可愛いうえに賢いな」と撫でる手つきは、飼い犬を褒める仕草同然だった。これが少しずつ嬉しくなってきているからタチが悪い。
「三週間、寂しかった。留置所の汚い部屋も、愛想のない警官も、仕事のない退屈な日々も、大して気にはならなかった。ただロレンツォの悪態を聞けないのだけは、とても寂しかったなあ」
寂寥感に満ちた声だ。肩を抱きしめてやりたい衝動に駆られるほどに。彼女の手によって縛られた両腕が憎らしかった。
いや、いっそ良かったのかもしれない。縛られていなければ、復讐者としてあるまじき行動をとっていただろうから。
俺も寂しかったです、と言えば、どんな反応をされるだろうか。
貴方が捕まったと聞いて、頭の中が沸騰しそうになりました。もう二度と会えないことまで想像して、カリーナが犯罪者である現実を思い知らされて、正しすぎる世界を恨めしく思いました。
「……俺は、貴方に嘘もつかないし、裏切りもしない。誓いに違えることなく、絶対にカポを殺してみせます」
それは本音だった。紛れもない本音で、ロレンツォが言えるギリギリの言葉だ。
カリーナは小さな笑い声をあげ、おやすみ、と言った。三週間ぶりに会うカリーナとの、初めての夜は、ゆっくりと過ぎていく。
地下室から出たカリーナは、カルロに次の仕事を任せると自分は先に休むと言った。三週間近くも留置所の粗末なベッドで寝ていたから仕方ないだろう。だがどうして、ロレンツォまで部屋に呼び、挙句の果てに一緒に寝ろなどという命令までしてきたのか。
「どういう状況だよ、これ……」
カリーナの部屋にポツンと立ちながら頭を抱える。部屋の主と言えば、隣のシャワールームにいた。もれてくる水の音に、年甲斐もなくドギマギとしてしまう。
本当にどういう状況なんだ、これは。
今夜は元々カリーナが帰還した祝いをするはずで、女王様が無事帰ってきたことに構成員は浮かれている。さらに警察と確執の種であった行方意不明事件も、レグッツォーニの娘の所在がわかったことで解決したのだ。
今日はいい酒をあけようと浮かれていたカルロの笑顔は記憶に新しい。その笑顔が一瞬で地獄の番人のごとき冷たさに変わった恐怖は、きっと一生忘れられないだろう。
「待たせたな。お前もシャワーを使うか?」
脳天気な声がかけられ、大仰なほど肩が跳ねる。
振り返れば、髪先から雫をたらし、僅かに火照った顔色のカリーナがいた。いつもと変わらぬネグリジェから覗く手足が、風呂上がりというだけで数倍も扇情的に見える。
この人はどうすれば羞恥心を持ってくれるのかと固まる。そんなロレンツォをからかう瞳で見つめ返された。
「可愛い反応だな、ロレンツォ」
「……わかっててやってるでしょ、貴方」
「お前の心情など知るか。それより私は早く寝たいんだ、さっさと支度しろ」
「本当に俺と寝る気ですか?」
「いつもの抱き枕は仕事で忙しいんだ、仕方ないだろう」
化粧台に向かったカリーナは、化粧水だか何だかを塗りながら言う。カルロならば、その後ろから髪を乾かしてやる優しさを見せたのだろうか。
というか本当は、もっとカリーナに言ってやりたいことがあった。自分にも計画を打ち明けず警察に捕まるなどどういうことかとか、お前がいない三週間が大変だったとか。
ただそれを言ってしまえば、カリーナへの恋慕をほのめかすようで躊躇われた。お前を殺すと誓っている奴が、会えなくて寂しかったとのたまうなど、陳腐な冗談にもならないのだから。
「なんだ、スーツのまま寝るのか」
二十分以上も棒立ちし、あーだこーだと悩み続ければ、至極不思議そうなカリーナが振り返った。自分は支度が終わったのか、いつでも寝るぞという雰囲気である。この温度差がとても腹立たしかった。
「本当に俺と寝る気ですか?」とロレンツォ。二度目の言葉には、カリーナの思惑を探る響きが混じる。下劣な話だが、もしや一線の先を望まれているのではと思ったのだ。
だがカリーナは、「だからそう言っているだろう」と苛立たしげだった。吊り上げた眉から推察するに、言外に忍ばせた欲は気づかれていないらしい。それが残念なようなムカつくような、形にしがたい感情を与えてきた。
無言の攻防を数秒繰り返し、カリーナがなにごとか納得した顔をする。
「お前は優しいな」
「は?」
「ロレンツォに寝首をかかれないかと、私が不安で眠れないことを心配しているんだろう」
駄目だ、通じてない。
いや、確かに無防備なカリーナを殺そうと画策したこともあるが、今不安に思って欲しいのはそういうことではないのだ。自分は気心の知れた幼馴染みでも、兄のような存在でも、頼りになるアンダーボスでもないのだぞ。殺されるかの前に、男女が同じベッドで眠る意味を心配して欲しい!
そんなことを考えて怒る自分が間違っていて、カリーナの方が正しいということは薄らとわかっていた。それでもやはり、好きな女との一夜くらい夢見てもいいではないか。だってロレンツォには、死体を犯すなんて性癖はないのだから。
「そうだな、ではこうするか」
カリーナはおもむろに立ち上がると、軽い様子でベッドに近づく。ついでとばかりに手招かれ、迷いながらも彼女へと歩み寄る。命令されてしまえば、ロレンツォに選択肢はないのだから仕方ない。
そうすると、何を考えているのか、「横になれ」と短く言われる。これも大人しく従えば、慣れた手つきでベルトを外された。ふしだらな考えが頭をよぎるなか、手際よくロレンツォのベルトで手首を拘束される。さらに念には念をいれ、クローゼットから取り出したショールで、手首とベッドサイドテーブルの足もしっかり縛られる。手首は全く動かせないほどの執念深さでギチギチに縛られた。
なるほど、これは予想外である。
おかげでなされるがままとなり、正気に戻ったときには、満足気なカリーナに見下ろされていた。
「……なにかのプレイでもする気ですか?」
たまらずもれた憎まれ口に、まともな返事など求めていなかった。カリーナもなにを言っているんだと怪訝な顔である。
「これで私もお前も安心して寝れるだろう。ほら、もう少し端に寄れ。カルロは私がよく眠れるよう気を利かせてくれるぞ」
「縛られてる奴に無理言わないでくださいよ。ていうかこれ、俺が寝にくいんですけど」
「私の安眠のためだ、我慢しろ」
横暴な物言いのあと、電気を消していそいそとベッドに潜り込む。ロレンツォの腰に抱きつかれれば、柔らかい感触に意識を持っていかれた。
風呂上がりだからか、シャンプーの甘い匂いがする。これをいつも耐えているカルロは素直に尊敬できた。
「新手の拷問か何かか……」
つい呟きながら、心を無にしろと自分に言い聞かせる。平常心を手に入れなければと、必死に別のことを考えた。
先日の船上で行われていた、胸糞悪い商談を思い出せば僅かに気が紛れる。だがそれも結局その場しのぎにしかならず、カリーナが身動きするたびに意識が現実へと戻ってきた。
「まさかお前をカルロの代わりに扱う日が来るなんてな」
自分のことなどそっとしておいて欲しいのに、楽しげな声が聞こえてくる。
話しかけないでくれと心中で懇願しながら、その言葉は無視することにした。カリーナもろくな返事は期待していなかったのか、独り言のように先を続ける。
「人と一緒に寝るのは好きではないんだ。カルロは特別なんだが、あいつ以外にも特別だと思う奴ができるなんて、昔の私には想像も出来なかったな」
「……カルロを信頼されているんですね」
返事なんてする気はなかった。だが何度も愛おしげに繰り返されるカルロの名前に、とうとう腸が煮えくり返ってしまったのだ。
そんなにカルロがいいならば、あの男をベッドに引きずり込めばいいだろう。誰かの代わりなんて、自分は求めてない。
それなのにカリーナは、ロレンツォの心中など通じていないかのように、穏やかな顔のままである。安心しきった表情に、どうしてそんな顔をできるか本気でわからなかった。
ロレンツォは気心の知れた幼馴染みでも、兄のような存在でも、頼りになるアンダーボスでもない。自分達は殺し殺される誓いをたてた、歪な主従だぞ。
「カルロは特別だ。私を絶対に守ってくれると誓ってくれたからな。同じくらい、いつか私を殺すと誓ってくれたお前も、私にとっては特別な存在だ」
「特別、ですか……」
「そうだ。だから誓いを違えてくれるなよ。私が死ぬときは、絶対にお前の手で殺してくれ」
祈りに似た言葉に、なんと返事をするべきか悩んでしまう。
その間に、カリーナは身を起こすと、枕に肘をついてロレンツォを見下ろしてきた。明かりのない部屋では、ほとんど彼女の表情は見えない。それでも楽しげに歪んだ顔は簡単に想像できた。
「ところで私とカルロは賭けをしてたんだ。まあ、当然私の方が勝ったがな」
「どんな賭けをしたか聞いた方がいいんですか?」
「お前には特別に教えてやろう。賭けの内容は、私が捕まっている間のロレンツォの行動だ。カルロはテレジオファミリーを出て行くと言ったが、私は忠犬のごとき誠実さで私を待っていることに賭けた。ただカルロには突っかかると思っていたから、それだけは予想外だったな」
お前はあいつを裏切り者と罵らなかったそうじゃないか、と不思議そうに続けられた。
カルロが裏切った真実は、カポ・レジームにだけは伝えられていたらしい。当然ベルナルドも知っていたが、彼らはパネッタに裏切りを信じ込ませるため、カルロを糾弾するフリをしていた。
事実、ロレンツォも最初こそカルロが裏切り者だと思っていた。その考えを改めたのは、カリーナの言葉があったからだ。
「カモッラとの会合の前に、カポが言っていたでしょう。カルロには怪しい奴の動きを監視させているから、俺はベルナルドの動向に目を光らせろと。構成員ではなくペットでしかない俺個人に、そんな指示をする必要性がわかりませんでした。例えば俺からカルロが怪しいという証言が出ても、復讐者の言葉なんて誰も信じるはずがありませんから。だから元々カポが警察に捕まることは計画のうちで、先の言葉はカポ不在の間ベルナルドの行動に従い、カルロが目をつけた奴に警戒しろという意味だと解釈したんです。実際カルロは不自然なほどパネッタとベッタリでしたし、ベルナルドはホテルにいる間は、警察が来てからもあいつの肩を持ってました」
「それだけか?」
「疑問を持つには十分です。それにまずは三週間、と思っていました。カポの起訴が遅れていることは俺だけじゃなく、パネッタもイラついていましたから、この期間になにかがあるのかもしれないと思って。もしこのままカポが起訴されて、カルロが動かなかったときは、あいつを殺したあと留置所に乗り込み、カポを殺すつもりでいましたから」
この答えに満足したのか、ニンマリと笑われる。「ロレンツォは可愛いうえに賢いな」と撫でる手つきは、飼い犬を褒める仕草同然だった。これが少しずつ嬉しくなってきているからタチが悪い。
「三週間、寂しかった。留置所の汚い部屋も、愛想のない警官も、仕事のない退屈な日々も、大して気にはならなかった。ただロレンツォの悪態を聞けないのだけは、とても寂しかったなあ」
寂寥感に満ちた声だ。肩を抱きしめてやりたい衝動に駆られるほどに。彼女の手によって縛られた両腕が憎らしかった。
いや、いっそ良かったのかもしれない。縛られていなければ、復讐者としてあるまじき行動をとっていただろうから。
俺も寂しかったです、と言えば、どんな反応をされるだろうか。
貴方が捕まったと聞いて、頭の中が沸騰しそうになりました。もう二度と会えないことまで想像して、カリーナが犯罪者である現実を思い知らされて、正しすぎる世界を恨めしく思いました。
「……俺は、貴方に嘘もつかないし、裏切りもしない。誓いに違えることなく、絶対にカポを殺してみせます」
それは本音だった。紛れもない本音で、ロレンツォが言えるギリギリの言葉だ。
カリーナは小さな笑い声をあげ、おやすみ、と言った。三週間ぶりに会うカリーナとの、初めての夜は、ゆっくりと過ぎていく。
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