明日君を殺せるならば、ハッピーエンドで終われるのに

鴇田とき子

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episode.5 事件②

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 早朝の日課としてカリーナの部屋に向かう傍ら、昨日のことを考えていた。
 ロレンツォの人生は常にアルベルトを中心に回っていた。アルベルトを置いて一人で島外へ出ようとは思わなかったし、アルベルトが殺されたからテレジオファミリーを憎んだ。それだけではない。ロレンツォの意思決定には常にアルベルトが関与していた。
 まずここで明確にしておくと、ロレンツォ・ゴッティはまとも・・・ではない。昔から人を傷つけることに躊躇いをもたなかったし、暴力が悪だとは微塵も感じていなかった。
 ただし彼が人を傷つけるのは、アルベルトの為という大義名分がつくときだけだ。彼の考え方の根底には、アルベルト一人が幸せになれるなら、万人は飢え苦しもうが構わないという独善さと狂気がある。
 アルベルトが言うから、アルベルトが望むから。
 依存とも執着とも言える考えでアルベルトを盲信してきたのは、彼がたった一人の家族だからだ。この世で唯一信頼出来る兄だから、その兄の為に生きていれば無条件に安心できた。
 だがもし、アルベルトに盲信するだけの価値がなかったとすれば?
 売人としてドラッグを街に蔓延らせ、挙げ句商売道具に手をつけ、自分の薬を買うためにファミリーの金まで盗んだ。
 ロレンツォの為、という理由があったならば、こうも息が苦しくなるほど心乱れなかっただろう。だがアルベルトがドラッグに手を出したことも、麻薬を盗んだことも、アルベルト自身のためだ。
 相手が【アルベルトである】という色眼鏡を通して見なければ、ロレンツォはこの馬鹿を侮蔑し、他の構成員と一緒に糾弾していただろう。
 だがその馬鹿はアルベルト・ゴッティなのだ。ロレンツォが信頼する、盲信する、依存するたった一人の兄だ。
 アルベルトに盲信するだけの価値がなかったら、なんと言う無粋な疑問は、そもそもロレンツォの中に存在しない。アルベルトが望むならば、カリーナはファミリーのドラッグを全て差し出すべきだったのだ。
 それを理解出来ず、裏切り者などと罵って殺すなどどういうことか! たかだか・・・・数十キロの麻薬がアルベルトの命より重いわけがないだろう!
 兄の復讐というのは、ロレンツォの中で正当性のある行いだ。
 アルベルトが悪いことは認める。だからといってアルベルトを殺してもいい理由にはならない、だからカリーナを殺す。
 だがカリーナばかりが悪いわけでもない、ということは、さすがのロレンツォも理解していた。カリーナだってファミリーのメンツを守る立場にいるのだし、言わば被害者でもある。
 だからこそ、カリーナと心中することは、彼女を理不尽に殺すことへの罪滅ぼし・・・・として成り立つ。
 つまりカリーナとロレンツォの無理心中に特別な感情はない。ロレンツォが彼女と死にたかったのではないと主張できることは、少なからず自分を安心させ、殺人の準備をする覚悟を決めさせた。
 そんなことを考えているうちにカリーナの部屋へとたどり着く。どうしてか浮き足立つ気持ちになった。もし今から彼女を殺せたならば、どれだけ幸せな心持ちとなるだろう。

「カポ、おはようございます」

 平静を装いながらいつもと同じ言葉をかける。少し待てば、中から人の気配がした。身支度を整えたカリーナが出てくるのだと身構える。
 だが現れた予想外の人物に、たまらず間抜けな顔を晒してしまった。

「やあ、おはよう、ロレンツォ。新聞を持ってきてくれたんだよね、ご苦労さま」

 そんなことを言ってにこやかに笑うのはカルロだった。しかも慌ててシャツを羽織り、ズボンをはいただけの格好だ。寸前まで半裸だったことは、はだけた胸元とチャックの締まりきってないズボンですぐにわかった。
 一瞬部屋を間違えたかと戸惑う。だがカルロの奥からネグリジェ姿のカリーナが現れたことで、いよいよわけがわからなくなった。

「ふあっ……おはよう、ロレンツォ」
「……おはようございます」

 あくびをもらしたカリーナは、乱暴な仕草で新聞を受け取る。ざっと目を走らせると、面倒くさそうに眉をひそめた。

「昨日の事件が載っているな」
「レグッツォーニの情報は止めてるけど、事件自体はさすがにね」
「というかこの文章、絶対にお前の差し金だろう。なにが【ほまれある親愛なる友人が、一日も早く事件を解決に導いてくれるに違いない】だ。こんなわざとらしい内容、いっそ気持ちが悪いぞ」
「ある意味ファミリーの名誉を回復するいい機会だと思ってね。これで島民が安心するのはいいことだろう」

 ロレンツォの存在など忘れたかのように、二人は仲睦まじく会話を続ける。カリーナの肩に触れ、顔を覗き込むカルロには、異様で粘着質な熱が垣間見えていた。
 まさか二人で一夜をあかしたんですか、などと聞けるわけがない。そんなこと聞かずとも一目瞭然ではないか。
 このとき咄嗟にロレンツォの頭によぎった空想は、カリーナを殺す自分の姿だった。その空想だけが醜い嫉妬を心の奥底に隠してくれる。
 カリーナを組み敷くことが許されなくとも、カリーナを殺す唯一の男となるのは自分だ。しかもその大役には、彼女自身がロレンツォを指名してくれたのだ。
 そうして彼女の隣で同じように自分も死ぬとき、カルロは今の自分と同じ感情を覚えるはずだ。カルロは決して決断できないその未来が、こんな状況でも優越感に浸らせてくれた。

「そうだ、ロレンツォ。昨日のことでお前に話しておかなければいけないことがある」

 そう言ったとき、カリーナが痛ましそうに瞳を歪めた。
 急に冷めきったカルロから視線をそらし、真っ直ぐにカリーナを見つめる。カルロの手は、相変わらずカリーナの肩に置かれたままだ。彼女を守るようでいながら、これは俺のものだと主張する彼が幼く見える。

「今から少しいいか?」
「構いませんが……カポの身支度が整うまでお待ちしますよ」

 そのときにようやく、自分の姿を思い出したらしい。「ああ」と視線を下げたカリーナは、すぐさまどうでもいいと眉をつりあげる。

「いや、この後二人きりで話す時間は作れないからな。すぐに終わる話だし私は構わん」
「いやいや、構いなよ。カリーナも女の子なんだからさ」
「うるさい、お前はさっさと出て行け」

 カルロを蹴飛ばして追い出すと、早く入れと言わんばかりに睨まれた。しばらくだけどうするか悩んだが、大人しく一歩踏み込む。その背中をカルロが呼び止めた。

「カリーナは寝起きが悪いからさ。くれぐれも怒らせないよう気をつけてね」

 そう言ったときのカルロは、嫉妬と警戒にまみれた笑顔を浮かべていた。
 表面こそ好青年と称するに相応しい爽やかな笑顔でありながら、腹のうちでのたまう怒りがロレンツォの肌を焼くほど伝わってくる。それがわかるのは、ロレンツォもこの男と同属だからだろうか。
 ロレンツォは小さく笑うと、扉を締めながら首だけで振り返る。
 カリーナに触れることも、必要以上に近づくこともしない。これがロレンツォとカリーナの──いつか殺し合うもの同士の距離感だ。だがそれが、幼馴染みだか情夫だかに劣るとは、決して思っていなかった。

いい一日をブォナ・ジョルナータ

 この言葉に、カルロの笑顔が崩れさる。
 浅ましい男達のその戦いに、女王様は気づいているのかいないのか、眠たげなあくびをもらすばかりだった。
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